ナマエと出会って初めて思ったことは、彼女が瞳があまりにも物寂しく、そして不相応だということだった。
少女と呼ぶには些か中性的で、子どもと呼ぶには無邪気さがない。それらを助長するように身に纏うのはパオパオカフェのタキシードの制服。十代半ばのナマエは、完全に大人の世界へ溶け込んでいたのだ。
テリー・ボガードはビールを飲み、店主のリチャード・マイヤと談笑しながらも視界の端で忙しなく動くナマエを無意識に追う。突如として贔屓の店に新顔が現れれば、気にも留めよう。
すると話に上の空なのに悟られてしまったらしい、リチャードが小さく笑った。
「新顔が気になるか? 横目で見ていたろう」
「ああ、悪い。見慣れないもんでさ……」
「ナマエはつい一週間前に入ってな、働き者のいい子だよ。感情の起伏は乏しいが、腕っ節はある」
「へえ、そりゃあ興味が湧いてきたな」
パオパオカフェで働く者たちは全員何かしらの格闘技に秀でており、それは幼いナマエも例外ではなかったようだ。タキシードの袖に隠れたか細い腕はまるで暗器のように強力な一撃を繰り出すことが可能なのだろう。
一目見た時は変わった子ども程度にしか見ていなかったテリーも、リチャードの言葉を聞いて口角を上げた。曲がりなりにも格闘家である以上、知らぬ力を前にしては沸き立つものがある。
「よーし、じゃあ今日の飯代は彼女に奢ってもらおうかな」
テリーはビールグラスを置いて意気揚々と立ち上がると、接客中のナマエに向かった。本心はさておき、彼女とのファイトマネーで一杯やるらしい。
リチャードの不安交じりの声を背中に感じながらも、淡々と客のテーブルに料理を並べている少女から目が離せない。
短く揃えた髪、真っ直ぐな瞳、必要最低限の言葉しか紡がない口。
冷ややかに全てを拒絶するような雰囲気の中に、どこか悲しさがあることをテリーは見逃さなかった。
……ひとつ、小さく咳払いを挟む。
「……今、カフェのリングは空いてるかい?」
テリーはぎこちなくナマエに向かって問いかけた。すると皿を厨房に下げようとした少女の体は、自身のひとまわりほど大きい男に向く。
遠くから眺めていた時とは違い、
「リングは予約制ではないので、お手数ですが都度ご確認ください。今はちょうど空いております」
「そりゃあいい! ……それじゃ、あんたの予約は埋まってるかな?」
気になる女性をデートに誘うような口振りで、テリーはナマエに対戦を申し込む。それも丁寧に帽子を取って、極めて穏やかに。
ナマエは思ってもみない言葉に、そこでようやく表情を驚愕の色で僅かに染めた。だが、それも一瞬のことですぐに平生の様子に戻る。
そして考える素振りもなく、ただ一言続けた。
「私ではお客様の相手に不足かと存じますので、どうか他の者にお声がけ下さい」
「いやいや、俺は他でもないあんたと闘ってみたいんだ。駄目かい?」
「まだ不慣れなもので、今は接客で手一杯でございます。申し訳ございません」
ナマエは彼から二の句が紡がれる前に、足早にその場を後にする。その口調からはとても急いでいるように見えず、単に相手をするのが面倒臭いという様子がひしひしと感じられた。
一人取り残されたテリーは何とも言えぬ心持ちに帽子を被り直して、リチャードのいるカウンターへと戻り、座り直す。
リチャードは苦笑いした。決してテリーが彼女に対戦を断られたからではなく、瞳の奥にある好奇心を察してのことだった。
「あまり深追いしないであげてほしい。ナマエは人と必要以上に接するのが得意ではないんだ。同じ年頃の友だちも作ろうとしない」
「そんな感じだな。……でも、友だちが同じ年頃である必要はないだろ? それで、いつ頃サウスタウンに越してきたんだ?」
「……おっと、越してきたとは?」
「この辺じゃ見慣れない顔だし、最近こっちに越してきたとかそんなんだろう。任せてくれよ、リチャード!」
何を、とリチャードが嫌な予感に、彼に問いかけようとするも、珍しくツケでなく金が目の前に置かれたとこによって一瞬言葉が詰まる。
そのために意気揚々と店を出ていくテリーの後ろ姿をただただ呆気に取られたように眺めることしかできない。
「リチャードさん。私もグラス、磨きます」
客足も疎らになってきた店内。接客を一通り終えたナマエがリチャードの横に立ち、水滴の付いたグラスを手に取った。
働いて一週間、酔った客も節操のない客も見事躱してきた彼女は果たして、テリーすらもいなすことができるのだろうか。
「頑張れよ」
「はい……? ありがとうございます」
突然の激励にナマエは若干の困惑を浮かべたが、小さく頷いた。
先程の冷ややかさが嘘のように、花のような笑みをたずさえて。