引かれる腕が痛い。更には冷えた風に打たれる顔面が痛い。でもそれは、私の腕を引くデイダラ君も同じだろう。むしろ向かい風が直撃してくる先行を歩く彼の顔の方が、寒さに表情筋を引きつらせている事だろう。金髪の横からちらりと顔を出す白い吐息が、蛍光灯によって一層白く照らされ寒さを助長させる。息を吸うのにも攻撃的な寒夜の空気だった。長い後ろ髪が冷えた風に吹かれ、私の顔にかかりそうになるのを片手で振り払った。

そして数時間前に降りた駅に着く。風除けとして、閉まったホームのシャッターに身を寄せ一時的に非難する事になる。この寒さに学生服と上着だけでは太刀打ちできない。


「言われた通り閉まってたね」
「都会でもねーからな、そもそも学校終わりの油売った後だからな。来るのが遅かったのを忘れてたぜ、うん」
「…流石に、野宿したら凍死するかな?」
「オイラの家、この駅から徒歩5分」
「え」
「泊まるしかねーだろうな」
「…」
「…何か言えよ」
「え、あ、…!!お邪魔させていただきます!」


その後、私達の間に会話は存在しなかった。互いに押し黙る。横目でデイダラ君の整った横顔を盗み見ながら、規則的に漏れる息の白さをただ眺めた。風が大きく吹き、口元に長い金髪が数本引っかかる。不自然な箇所に痒みを覚えたデイダラ君は、赤くなり悴んだ指先で金髪を掻き分けた。太陽を反射する金髪も綺麗だと思っていたが、暗闇の中蛍光灯で照らされる金髪は、もっと綺麗だと、私の瞳孔が大きく開く。その時に悟った、あぁ、この人ならなんでも美しいのだな、と。

幾分か吹く風の強さも治まれば、無言で差し出されるデイダラ君の手を取り駅を後にした。5分となれば直ぐだと足取りも軽くなる。

デイダラ君が口を開き沈黙を破る。


「オイラの家は代々陶芸家でな、家の裏に工場がある。蠍の旦那とはどっかの展覧会でバッタリあった。ありゃガチギレだったし今後あの場を使わせてくれるかは危ういな、うん。まぁ、なんとかなるだろ」

「…ご、ごめん?」

「陶芸の仕事は好きだし将来は継ぐつもりだが、今は色々なモンに触れてぇ。オイラは芸術に貪欲だ。新しいものがあるなら全部取り込みてぇと思ってる。最終的に全部俺の為になると思ってるし、固定観念は進化の邪魔をするからな。若いうちは色々なモンに手を出すつもりだ。それが造形家としてもオイラを大きくするって信じてる」

「うん」

「だから芸術以外に興味を持った試しが今までに無い」


そこまで話せば、「ここが俺の家だ」と一戸建てのよくある一軒家を指さす。門の取っ手を下げ庭を通り過ぎ玄関ドアの前に立つ。空いてる方の手でポッケから取り出す鍵が、中々鍵穴に入らず舌打ちをするデイダラ君。暗闇のせいで手元が上手く見えないようだった。学バンからスマホを取り出し明かりを灯す。礼を言われた。

「正直、くだらねェと思ってたんだよ。偶に旦那が舐め回すように女の裸体見ては人形を同じように作ったりしてさ、ダッチワイフかつーの。…期待はしてなかったんだ。デミニーをヌード作品にしても新しい扉が見つかるとは思ってなかった、うん」
「…また失礼なこと言ってる」

「ちげーよ、最後まで聞け。お前を選んでよかったつー話だ!…オイラは、大抵の技術は直ぐ身に付くし割と器用な方だ。だからこそ暇してたんだよ、目引くものが、熱中するなにかが欲しかった」

「…天才肌はこれだからな…人の気持ちをもっと考慮してくれても…」

「黙って聞けよ!お前の作品見た時面食らった、お前の見るオイラがオイラの知ってるオイラじゃなかった。俺にとってデミニーは新しい扉に居た先、いや扉そのものだな。…勝手だろうが傍に居て欲しいと思ってる、うん」

ガチャっと扉が開く。

「…う、新しいおもちゃ見つかりました。みたいな感覚じゃない…よね」

「女はデミニーにしか興味が無い、デミニーの事をもっと知りたいしかいまのところ頭にねェな。全く芸術としても興味が無かった女に、興味を持たせたお前が気になる。って言えば伝わるか?…正直どうしてここまで興味があるのか、自分でもよく分かってねぇ」


ガタンっ!とドアが閉まると同時に玄関ドアに背中を勢いよく押し付けた。ほぼ後ろにドアが無ければ転けていただろう勢いで。デイダラ君に壁ドンをされていた。顔の近さに、普段は見えない左目の奥が髪越しに見える。碧かった。金色の奥に見える碧はよく目立つ。何度至近距離でデイダラ君と見つめ合おうと、慣れる事はなかった。
背中が冷えてしまう、と顔の直ぐ横にある両手から逃れようとしゃがむも、同じ高さまでデイダラ君も腰を落とす。腕の中から逃す気はないようだ。



「この気持ちがなんなのか、色々分かるまで離したり逃がす気ねェから」


真っ直ぐにデイダラ君の碧が私を射抜く。夜の寒さにあてられた体が再び熱を灯す。男の人にこんな事を言われたのは初めてだった。顔から脚の指先へ、本当の所は違うかもしれないが感覚として火照ったのはこの順番。両足の間に一度逃れようとしたからか片足を入れられる。冷たく悴む指先が、火照る私の頬を冷ますようにゆっくりとなぞった。


「それと、さっき途中でやめたせいで結構キツいんだが…なぁ、デミニー。ヤっていいか?両親居ねーんだよ、うん」


目が離せなかった。彼はずるいと思う。毎度毎度、あまりの美しさに私は拒否という言葉を忘れる。ゆっくりと近づく顔に思わずギュッと目を瞑れば、唇が柔らかさと温もりで体全体を温めた。そしてセックスの誘いへの返事はしなかった。どうせ彼は、満足するまで手を止めないのだから、と。