天上は低く縦にも横にもこぢんまりとした一室、窓は当たり前のようになく、上から電球が一つぶら下がっているだけ。質素な部屋だった。褒めることがあるとすれば湿気があり乾燥とは無縁という事。太陽光が入る隙間も無いのだから肌荒れの心配は皆無と言っていいだろう。と言っても、この一室を寝くらとする蠍に乾燥する肌も無ければ焼ける皮膚もないのだが。彼曰く、狭い空間というのは集中力を極限まで高め、細かい作業に向いているとのことだ。傀儡遊びにはもってこいなのだろう。


「随分とデイダラと仲がいいんだな」
「まぁそれなりにね。彼、意外と素直で話しやすいわよ」
「アレが素直だと…?」
「えぇ、素直じゃない?」

蠍が鼻で笑った。

「小生意気な餓鬼だろ」
「きっと蠍が捻くれてるからデイダラも同じように接し返してるだけよ」
「あぁ"?」
「わっ、じょ、冗談冗談」


整備中の尾っぽが向かってくるのをギリギリで避ける。作業中にも関わらず、こちらに目も向けずに攻撃をピンポイントに定めてくるとは。視野の広さはどうなっているのか。急いで天上に立ち場所を移動したため下の方で砂ぼこりがあがる。蠍が大きく舌打ちをした。


「避けてんじゃねぇよ、散らかしやがって」
「避けるでしょ、埃なら数時間もすればまた元通りになるわよ。私はそうはいかないけどね」


数時間といった単語が余程気に入らなかったのだろう。何度も人差し指で作業台をトントンと叩き一定のリズムを繰り返す。明らかに機嫌を損ねた蠍と暫し距離を取る。こうなると例え仲間内だろうと本気で殺しかねないのが暁という組織だ。埃から自らの芸術を守るべく手元にあった布を作りかけの器材の上に被せた。相変わらず危ない男だ。チャクラ糸を操作しているかどうか逐一指先の動きに注意を払っていないとまともに話せやしない。この狭い部屋だ。仮にも相手の自室でもある。緊張を走らせチャクラを全身に回し戦闘準備を整える。


「まぁ、そうかっかするなよデミニー」
「今殺されかけたんだからこうなるのも仕方ない話だと思わない?」


そう言えば、ニヤリと不敵な笑みが初めて此方を振り返った。人形の体故ぴったり180度曲がる首が異質で仕方ない。目を細め指の動きを監視する。特に変わった動きが見当たらないが、それが余計に釈然としない。これでは不機嫌だった蠍の突然な笑みに説明が付かないではないか。−すると、体内に満遍なく巡らせていた筈のチャクラが途端に上手く働かず、天上に立っていた体が地面に叩きつけられた。瞬時に体勢を立て直し、一つしかない出入り口付近に立つ。天上から落ちる最中も指の動きにだけは注目していた為、蠍が何もしていない事だけは私がよく分かっていた。

「…な、なにをしたの…」

声が上手く喉から出て行かない。

「クク…指の動きに逐一注意を払っていることは褒めるが、此処は俺の城そのものだ」
「なにをしたの…ッ」

「毒ガスだぜ、といっても。痺れ薬の方だ。安心しろ殺しやしねェよ」
「なるほど、それなら傀儡の蠍は……吸わずに済むって話ね…ハァ、」

私が全く動けないのを察した蠍はゆっくりと立ち上がり、目前に立っては髪を掴んで己の高さまで私を持ち上げる。頭皮が剥がれそうな程痛いだろうに、痺れ薬のせいでなにも感じはしなかった。柔らかみも、温かみも無い作られた赤髪の顔が目前まで迫ってくる。作り物のような、いや、作り物の瞳が私を物欲しそうに見つめる。


「なァ、デミニー。テメェの下の穴に今となっちゃ飾りでしかねェ俺のブツを突っ込んで奥歯ガタガタいわせてやろうか?あんな餓鬼ばかり構ってねェで俺に構われてみるといい。違った世界を見せてやるぜ」

喉奥を押し潰したかのような、掠れた笑いが部屋に充満する。下卑た笑みだ。まさかこの男がそのような目線で私の事を見ているとは思っていなかった。いや、ただの気まぐれだろうか。特に欲しくも無いがなんとなく、手にしてみたくなる。他人に気に入ってる物を別段理由も無いが与えたくない。そのような子供じみた欲求をこの男が持っていたとしても、なんの違和感もなかった。デイダラに私を取られるのが癪なだけだろう。



「旦那ァ、入るぜ。蜘蛛形のオイラの芸術がな。後ろ見てみろよ、旦那の人形に今仕込んどいてやったからよ。壊されたくなけりゃ、さっさとデミニーを渡せ」


ドサリと掴まれていた髪が、地面に前触れもなく落とされる。力の入らない体は死体の様に簡単に地面に倒れた。力を込め立ち上がろうとするも全身の感覚が無い。唯一動くのは眼球のみ。必死に声が聞こえた先に目をやった。すると、薄っすらと開けられたドアの先に見える金髪と光を目にする。それはこの薄暗い部屋で、唯一見つけた私を安堵させる柔らかな明かりだった。ぼやぼやと近くで蠍が文句を言う声が段々と遠のいて聞こえる中、同じように目に映していた金髪もぼやけ、太陽の光なのか髪なのか区別が付かなくなった。そして私は、意識を手放した。

















「―――っ!!オイ!!!デミニー!!…デミニーッ!!!」

その声に反応して目を開けると、突然勢いよく抱きしめられた。体温がある温かい体だ、蠍ではない。ということは、先ほどの貞操の危機が迫っていた状況からデイダラが救い出してくれた、ということなのだろう。抱き着いてくる金色の頭をよしよしとあやすように撫でる。右肩に乗る顎が、ほんの、ほんの少しばかり震えてるのを感じ、あまりの愛しさに言葉が詰まる。喉がキュっと締まった。普段デイダラから私を抱きしめることなど有り得ないのだが今回は特別なのだろう。猫の様に人の体温を嫌がるところが、デイダラには少なからずあった。


「勝手に他所の男に抱かれるなんざ許した覚えねぇからな、うん。もう他の男の部屋に単身で乗り込むな。分かったか?デミニーの為に言ってんだぜ」


あははは、と愛想笑いを返し抱きしめられたまま上半身を起こした。どうやら此処はデイダラの部屋らしい。粘土の匂いがそこら中から香ってくる。が、この匂いは嫌いじゃなかった。蠍の部屋と違い天上の高さが人並みで安堵した。部屋も全く窮屈さを感じない広々とした作りになっている。


「もう大丈夫、体も動くし。ありがとうデイダラ。助かった。言う通り次から気を付けるわね。もう他の男の部屋に入ったりしない。…って、私の彼氏みたいなこと言わないでよ…」


そう突っ込んだものの、完全にスルーされた。どうやら色恋の話はする気が無いらしい。この男の独占欲は無自覚ときているから質が悪い。饒舌な私を見て胸を撫でおろすデイダラはそっと首に回していた腕を退け、通常通りの生意気そうな表情に戻っていた。焦った声色など何処にも存在していなかったかのような平静ぶりだ。私は、不謹慎にも少し残念に思う。


「それならそうと、蠍にもう貴方の部屋にはいけませんって伝えてこないとね」
「は!?!?お前、今どんな目に遭ったか覚えてねェのかよ!?」
「私も暁の一員よ、大丈夫。体も動く。もうあんなヘマはしないわ。デイダラとした約束も守る。…蠍とは任務の情報交換もあるのよ」
「……」


不満そうな面だったが、最終的にデミニーの勝手だ、好きにしろ。と、デイダラは折れてくれた。なんだかんだと私の実力は認めてくれているのだろう、私が彼にそうするように。
早く事を済ませてしまおうと蠍の部屋に向かった。背を向ける私の後姿を不服気に眉を顰め眺めていたデイダラだったが、部屋の戸を閉め視線を遮断した。蠍とデイダラは相方同士。部屋もそう遠くはなかった。振り返らずに足を進める。





「――――という話なのよ、もう私は蠍と一対一で話せないわ。残念だけど私の事は諦めてちょうだい」

「デイダラに言われたからそうするってのか。テメェはアイツの所有物かなんかか?」

そう言われ、暫し言葉を失った。


「…っ、はは」
「なに笑ってやがる」

その時、確かに私は笑った。デイダラは言った、お前は俺の内側に居ると。何故その時に気付かなかったのだろうか、既に私はデイダラの一部で。彼の芸術に加担をすると決めたあの日から、私は彼の所有物(モノ)なのである。蠍の存在も、いきなり今日迫られ犯されそうになったことも忘れ、頭は先日目にしたデイダラの子供の様な笑みで占領された。



「蠍、私死ぬ日が決まったわ」
「は?ついに俺の薬で頭がイカれたか?」


芸術とはなんなのか、幾度と止まらない口振りに説明された事か。蠍の怪訝そうな声が何一つと気にならない程に、私は清々しい気分で満たされていた。大事な事に気づかせてくれてありがとう、と礼を目の前の部屋の中に籠る男に告げれば、皮肉と思ったのか本日一番と言っていいほどの不機嫌な声色で「死ね」と返された。