理由はなかった。馴れ初めはなんとなくだったように思う。幾ら煩悩につきまとわれようと、静かではない小波を聞いていれば彼方まで振り払えた。強めの潮風に当たれば清々しい気持ちになるし、たまに流れる磯の香に眉を顰め、遠くに見える海と空の境目を追うようにして世界を眺めた。それが心地よかったのだ。自分が犯罪者ということを忘れるたった一つの居場所だったように思う。いつものように身を乗り出し手元の海面を覗き込んだ。頬に血がついていた。すぐに波紋によって、赤は歪み青に掻き消された。

次第に、理由をつけたくなるというのが人間だ。五感で感じていたものを、形や言葉に当て嵌めてみたくなる。なんとなく此処に来るではダメな気がした。強く明確で名のある接点が欲しかった。例えば、友達、恋人、親友、家族。私と海に関係性をつけて欲しかったのだ。任務に出向く必要が無いくらいに、この景色に縛られてしまいたいと望んでいた。小波の心地よさに逃げ込む数だけより一層愛した。存在理由に海が浮かび上がる程、次第に私の全てになっていった。

人間ではないものにのめり込むくらいには、人殺しと任務内容に目を背けていた。赤い色を嫌って、青い色を必要とした。私は善良でいたかった。

ある任務終わりの日、いつものように空と海を隣に置いて座った。目を開いていると輝く青に魅了されてしまって触覚が疎かになってしまうと気づく。潮風の心地よさが半減しているのだ。視覚も触覚も同時に最大限まで引き出せないかと、更によく通うようになった。結果から言えば無理だった。やはりどちらか一方を優先させなければ、持ち前の良さを引き出せないのだ。こうして私は、どんどんと内に入り込んでいった。海に構うばかりで人とのコミュニケーションが不足していった。海が物事の中心になっていった。


「オイ…オイッ!聞いてんのかお前!」

「…誰?」
「……さっきから言ってんだが…デイダラだ。リーダーとやらが、ここにデミニーって女がいるから挨拶してこいだとよ!!!つか、大人しくアジトに居ろよ、うん。ここまで来させやがって。組む訳でもねェんだし面識なくても構わねェだろうが…」

「ここにいつもいる事、バレてたのか…新入りだよね?大蛇丸の穴に入ったの?」
「大蛇丸?誰だそりゃ?」

「元のメンバーよ。青の指輪を貴方の前に持っていた人。暁を裏切って逃げ出したのよ」
「ふーん、殺すメンバーに一人追加だな。糞うぜー」

「物騒な独り言だね。他にも居るの?」
「うちはイタチ」
「…難儀な話、無理に組織に入れられたんだもの。仕方ない話でもあるわね…頑張って」

まだ若い、金髪に碧い瞳をした男の子だった。瞳の色が、海に少し似ているというのが第一印象だった。それに加え青の指輪を継がされるなんて、皮肉めいたなにかを感じてくすりと笑う。デイダラが眉を顰めた。悪気はないと謝る。

最愛に似ているせいか、出会ってすぐの人間相手に、口を滑らせたように思う。


「アンタはなんでこんな辺境の地に毎度毎度通ってんだ?うん」
「リーダーがそんなにペラペラ話す人だとは思ってなかったな」
「今話してんのはオイラだからオイラの質問に答えろよ」
「……私の…存在理由だから?」

「?」
「兎に角、猛々しくて、でもおおらかで。悩みなんて全部吹き飛ばしてくれるほど広大で、包容力もあって、心地がいい。そんな所を愛してるから、かな」
「一応聞くが、それは海の話だよな?」
「そうよ」


お前面白いな。の一言をつけて彼は隣に腰掛けた。今まで聞いたことも無い話に興味を引かれたとの事だ。確かに、私程海と一緒に居て、色々な物をそっちのけにしているのは珍しいのだろう。

その後、海の良さについて語れば彼は黙って話を聞いた。お互いに目の前の広がる青を見ながら、強い潮風に掻き消されてしまいそうな程小声でポツリポツリ言葉を紡ぐ。突然海が凪いで、静かに話していた筈の声が鮮明に聞こえた。私はそれを嫌う。


「凪いだ海は嫌い」
「なんでだよ?」
「要らないことを考え出してしまうから。可笑しいわよね、愛してるのに嫌いな所があるなんて」

なにか言いたそうな顔を少年がするが、口を開かずに脚の両脇にあるチャック付きのカバンへと手を突っ込んだ。引き上げた掌に一つ、口がついていた。驚いたことに小さく嗚咽を漏らしながら小鳥が中から姿を現した。ボンッと煙と一緒に一瞬にして人間よりも大きくなった鳥が、青空を舞う。落ちずに真っ直ぐに飛んだ。恐らく、彼の忍術なのだろう。


「芸術は爆発なのだ――!!!!」


ドンッ!!


そう海に叫びながら盛大に爆発した鳥型の起爆粘土に、凪いでいた海が騒いだ。周りを爽快に飛んでいた鳥達も、群れを崩して一斉に逃げ出す。景色が一変した。平行していた世界が、こんな簡単に、一瞬で、変わってしまう物なのか。淀んでいた視界が彩りを持った。好いていた海が、デイダラの手によって戻ってきたのだ。それどころか激しさを増す飛沫により一層食い入るように眺めた。一時的に雨が降る。


「すごいのね、とても、綺麗だわ」

「!!!!おまえ…、…っ」


喜びを隠せないといった表情で掌を握っては私の体の向きを変えてくる。全く身長差の無い私達はバチリと目線が合った。やはり浅瀬の海を連想させるような、青色をしていた。何か月も、しつこい程に見続けた物が、あんなに小さい瞳に納まっていた。


「オイラの芸術が分かるのか!!」
「…今の爆発と鳥の話し?」
「そうだ、うん」


それからはデイダラの芸術論について、海を隣ではなくデイダラを置いて聞いた。掌で粘土を捏ねては芸術を生み出し、得意げにフォルムについて語りあかす。その際のデイダラはコロコロと表情が変わり、時には怒りを、喜びを、凄烈に静穏に熱く語る。

海みたいな人だと思った。静かで、だけれども激しくて。私の力では手が付けられない程に猛々しい。

私はデイダラと出逢ってから、段々この海に来る回数が減っていた。彼の瞳を見れば、海を見に行く必要が無くなったからだった。燃えるような、青をしている瞳に、次第に惹かれていった。




爆弾を口に咥え、チャクラを練った瞬間にそんなことを思い出し。

私は笑った。