小さい頃は手を繋いでいればなんの問題も無かった。デミニーが虐められていようと、小石に躓こうと、傘を忘れ途方に暮れていようと、繋がった手を引き寄せればオイラがいつでも助けてやれた。そのせいか、デミニーもオイラの手を掴んで離さなかったし、よく隣で百合の花のように笑っていた。子供なのに、元気な笑顔ではなかった。何処か儚げで、守ってやらねーと死んじまいそうだな。と、加護欲を煽る笑い方だった。幼いながら、触り方を誤れば傷付けてしまいそうな柔肌に触れる時だけは硝子を扱うようにしていた。

例えオイラに恋人が出来ようと、デミニーに好きな奴が現れようと、オイラ達の関係だけは崩れないし、爺さん婆さんになろうとも不変の結び付きだと疑わなかった。

高校に上がり立ての頃だ。
流石に恥ずかしいし、もうこれ以上囃し立てられて、デイとの関係にヒビでも入ったら嫌だ。と言われた。とうとう口に出したかというのがその時の感想だった。中学時代は過敏な奴が多い。女らしいデミニーと手を繋いでいるだけで、しつこいくらいの視線の数に刺された。ムキになって無理に手を繋いでいた節もあった。そう言った日は、つい怒りから力を込めデミニーは腕を引かれるのを痛がっていたように思う。上手く、大事に出来ていなかった。思い返せばやっちまったな、という点が山程ある。手を繋ぐのを断られて良かったと思う所もあれば、オイラの全てをどこかで受け止めてくれるという、胡坐を掻いたような自信にも満ちていた。

それ程に近く、気の置ける関係だった。



だからこそ。運命的な出会いに見えて仕方が無いと思った。対照的で、違いなどそもそもオイラはあの男じゃないのだから数えたって仕方がない。もしもの話をするのは好きじゃないし、些かオイラのポリシーに反するが。デミニーの願いを断って隣に居座り続けていれば、この時も、隣に立っていたのはオイラだっただろう。そう脳裏に浮かびあがるやいなや、キツく下唇を噛み締めた。



階段を踏み外した足の先には能面の様な顔をした男がいた。オイラの伸ばした手は、デミニーの髪を掠りサラリとかわされる。デイ!!と助けを呼ぶ声も虚しく、段々と離れていく姿を見送ることしか出来なかった。その姿が能面の胸に落ちた際に、安堵と腹の底から湧き出るドロっとした気持ちに思わず階段を急いで駆け下りる。


「あ、あの、ありがとうございます」
「構わん。次から気を付けるといい」


その時いくらオイラが助けようと、変わることのなかった顔色が赤く染まるのを見た。だから、運命だと思ったのだ。恋というのは時間や日数も、触れた数も交わした言葉の数も関係ない。何食わぬ顔でオイラとの関係を超えていける。その関係性を、ひどく嫌っていた。故に、この能面ヅラの堅苦しい口調の男を、俺は嫌った。


「離せよ、怪我ないかオイラが保健室につれていく」


奪うようにデミニーを抱えた。背中と膝の裏を確り持って、今度は離さないように。他の男が触れる隙が無いように。

もうオイラは、怒りから強く柔肌を掴むという失態を繰り返すほど、子供でもなくなっていた。