「で、何処に向かう気なの」
「話さんでも構わんだろ」
「これから一緒に行動することになるんだから確り答えなさいよ。それにしてもいきなり話がつまらなくなって困るわ、トビの癖に」
「俺の手を取らなかったお前に答える謂れなどない。勝手に困っていろ」
「拗ねてるの?生憎さま、私はデイダラのお願い事くらいしか聞いたりしないのよ」
「冗談も程々にしておけ。お前に会わせたいやつがいる」
「もしかして例のデイダラに会わせてやるって話の延長線上なのかしら」
「関連がある人物ではあるな」
「世迷言を、死んだ人間は生き返らないのよ」
傷の負った右頬を見上げながら、少し離れた箇所で横を歩く。私の言葉を聞くやいなや横顔はこちらを向き、眉根を釣りあげては「お前は何もわかっていない」と、怒りを見せた。光の無い、虚構を見据えるような、どこか焦点の合っていない真っ赤な眼差しだった。私の嫌いな血の色で、デイダラを殺した写輪眼だった。赤の中にある黒点が、私に怒りを伝えてくる。当たり前の事を言われ、何を憤っているのだと、目を逸らし無視をした。
結局オビトからデイダラの衣服を奪う事に失敗した私は、彼の後をついていく事に決めた。隙があれば盗んで燃やすつもりだ。約束を果たせていない私は、まだ芸術作品としてこの世を旅立つことを許されていない。今一度どうするべきか、頭の中で考えを巡らせていた。あの体をすり抜ける能力は厄介だ。私の欲っしている衣服を取り返そうにも、手品の様に触れる直前で目前から消えるのだ。勿論触れた感触も無かった。
「ついてこい」
オビトが私の掌を掴む。ドンドンと触れてくる指先から私の体が視界から消えていく。デイダラの衣服もこうして姿を消したのか、と冷静に分析していた。消えた指の先から血は出ていない。見当のつかない能力だ。逃れようと、数歩下がり腕を振り払うも進行は止まらなかった。残存する反対側の掌で消えた腕がある箇所を掴もうとするも、空気を握るのみ。そのうち、全身が黒い影に乗っ取られ、元居た綺麗な海の見える陸地から、私の体は消えた。
その先は薄暗く、コンクリートで出来た世界だった。足元も暗く、無数に柱が聳え立っていた。おおよそ地面を踏んでいるのかどうかすら覚束ない程に実感が無い。此処は何処なのだろうか、生きているのかどうかもあやふやになりそうな空間である。
「…ここは何処」
「時空間忍術で作り上げた俺の異空間だ。ついてこい。死にたくなければな」
皮肉のつもりだろうか。彼は私がどれほどデイダラという男を大事に思っているか知らないため、ただの自殺願望者だと思っているのだろう。また突拍子もなく命を絶つ可能性があると見られている。そう感じた。私がデイダラの芸術の一部だという事を、知らない。
「今のお前では使い物にならん。文字通りデイダラに喝でも入れてもらうんだな」
下を見れば消えた筈の手が生えていた。グーパーグーパーを繰り返し、存在を確かめていればそれをもう一度掴まれ、強引に黒い穴へと押し込まれた。海を眺めていた筈が、暗闇を見詰め、又もや視界は瞬時に変わった。目を薄め、何度も瞬きを繰り返し、四方八方を確かめる。光が、溢れていた。
「やぁ、こうして対面するのは初めましてだったかな?待っていたよ…って、来るのは1人だと思っていたけど。君は確か…デミニーだったかな?」
掌に触れたのは岩だった。地面が無数の砂にまみれている。薄暗い洞窟の中、天井から光の入る造りをしている。スっと不安が取り除かれた。一瞬ではあったが、真っ暗闇にいるよりも生きている感覚が味わえる神秘的な洞窟だった。触れる岩を、砂ごと撫でる。上から入る光によって、夜から朝に変わったのだと気づいた。眩しさに片手を眉に当て、光を遮った。
話しかけられた先に顔をやると、見覚えのある人物が立っていた。僅かに出で立ちに変化はあるが、薬師カブトだ。今は亡き蠍の元部下だったと聞いている。
「コイツを暫くお前に預ける。使い物にならん足で纏いなど要らんからな。デイダラに殺されたままのお前等必要ない」
オビトが私の後ろから薬師カブトと私にそう投げかける。振り返り仮面を外した傷だらけの素顔を、罵倒でもしてやろうと思ったが、時すでに遅し。人影一つ存在していなかった。私をこの場に瞬間移動させた、先ほどの時空間忍術とやらを使ったのだろう。あの暗闇を何度も行き来しているなど、オビトの方が精神状態がどうかしているのではないかと、私を哀れみの目で見てきたあの赤い目に心の中で悪態をついた。
「やっと欲しかったものが手に入った。これがデイダラの使っていた衣服か、あぁ…あったあった。君はそこで待っときなよ。デイダラにはもうすぐ会わせてあげるからさ」
いつ手にしたのだろうか、盗まれた衣服を薬師カブトが数秒まさぐっては砂の上に乱雑に落とす。私はすぐさま駆け寄っては拾い上げ胸の中に抱きしめた。またこれを燃やすのには勇気がいる。決めたことだ、やり遂げはするが、そうそう何度も決意出来る行動ではなかった。大切なものを手放し自ら拒否する事は、心が痛む。寿命が縮まるような感覚だった。心臓が動く音が体に響く、何度も何度も脈打つ音だけが執拗に追ってくるのだ。耳にベタリと張り付いて、離してはくれない。
私は暫く、一着のみとなった服を抱きしめながらその場で蹲り丸まった。鼓動のうるさい胸に、きつく握りしめた服を押し付ける。もう片方の掌で地面の砂をキツく握りしめ、嗚咽を漏らす。震えていた。サラサラと振動によって零れ落ちる砂の上に、点々と水が湿っていく。頬も水で濡れていた。次第に唇にまで伝っては口内にまで侵入してくる。
「しょっぱい…なぁ」
もしも、オビトやカブトが言った通り、愛した人物が生き返ったとして。願い事一つ叶える事の出来なかった私を、はたして許してくれるだろうか。幻滅するだろうか。
先ほど目にした映像を思い出す。薬師カブトが衣服に絡んだ長い金髪の毛を見つけ出しては、抜き取りどこかに姿を消してしまったことを。
私は暫くの間、デイダラが死んでしまったショックで睡眠と食事をまともに取っていなかった。カブトの後を追いかけなければいけないにもかかわらず、今更体が思うように動かないのだ。溢れる塩水が止まることはない。重要な水分と塩分を絶え間なく零れ落とす己が、どうしようも無く哀れで可哀想な物に見えてしまい、掴む衣服と砂を一層強く握りしめた。
「デイダラ……」
「ンだよ、久々だなデミニー」
夢だろうか。心地良く聞き覚えのある、私の名を呼ぶ低音。それに耳を傾けながら、ゆっくりと目を瞑り眠りに付いた。