天井から刺すうすぼんやりと広がる光を眺めていた。まだ夢の中に居るかどうかもあやふやで、視界がぼやける。何故だか形を纏って頬を掠め痒みをもたらす光。いや違う。光ではなく、髪が頬を撫でているのだと気づく。利き手で見間違える程には明るい髪を払いのけた。
「…やっと起きたか」
「デイダラ…」
体を起こす。すぐ横で頬杖をつきながら、私の起床を確認し安堵の溜息が吐かれた。
「オイラが傍に居ると安心して急に寝だす癖やめろよ。丸々二日寝てたぜ、うん。」
「…久しぶり…だね。元気にしてた?」
「あの世でか?死んだ人間に元気も糞もあるかよ。痩せ細った自分の体を心配しやがれ」
いつから飯食ってなかったんだよ?といった質問に正確に答えられない程、デイダラの死によって疲弊していた。思えば記憶の混濁が激しい。己の手で死を覚悟した時に頭を過った、デイダラとの思い出の数々は今も確り残っている。しかし、それ以外の記憶が、抜け落ちたように上手く思い出せないのだ。暁の仕事が一番忙しかった時期、どうやって人を殺めていただろうか。どうやって暁メンバーと喧嘩をしたとき、生き延びただろうか。自らに掛かった血の色は覚えていても、何をして血飛沫が上がったのかが思い出せない。更には、最後に食べたご飯もなんだったか、疑問しか残らないのだ。他人事ではないのに。
「カブトには話付けてある。デミニーを預かってる立場とも言ってたしな。飯屋連れてってやるからなんか食え、うん」
「……デイダラ…」
「なんだよ?」
目の色、濁ったんだね。喉に出かけた言葉を飲み込み、頷いた。海の色と絶賛していた瞳は、白目の部分が黒く染まり、心なしか綺麗な青も濁って見せた。海が太陽に照らされ綺麗に真っ白く反射されていた際の、光沢がついたかのような白目は、何処にもない。まるで、今は夜の海だった。暗く、暗く、青すらも藍色に染まる。空と海の境界線をなぞることのできない、遠くを見ることを許されない海夜。胸騒ぎがした。
そして、うどんが食べたいと言った私に、良い店があると振り返ったデイダラの笑顔を眺めながら、不安がつのった。確信があるものではなかった。なんとなくだ。
移動は動きやすいいつもの鳥型の起爆粘土。後ろに乗るよう急かされいつもの暁の外套とは別で出来た、赤銅色をした上着に掌を乗せ出発の準備を整えた。服越しでも分かるほど、デイダラの体は冷たく、体温が存在していない。触れた感触も、何処か異質で人ではなく人形のように弾力が無かった。生き返ったのか未だに夢の中なのかハッキリとしなかったが、妙で異質な事態が現実感を逆に突き詰めてくる。
なんとなく後ろを振り返れば、同じく死んだ筈の蠍が私達二人に視線をやっていた。数百メートル遠くに立っていた為、上手く表情は読み取れなかった。
「どうやって、またこの世に生まれ変わったの…蠍まで、生き返ったのね」
「穢土転生ってヤツだ」
「……禁術ね」
「死者を山ほど蘇らせては、ソイツ等を使って戦争が既に始まってる、うん。まぁオイラには関係ねェが、殺したい奴を殺すだけだ」
「デイダラらしいわね、少し安心したわ」
本当に便利な忍術だと思う。空を飛び地上で戦いが起こっている中それを無視して突き進んでいく。自由に空中を闊歩できるというのはそれだけ有利に戦える。それが出来るのは、私が知る限りデイダラしかいない。同時に、私の元にデイダラが帰ってきた事を痛く知らしめてきた。この能力はデイダラの物だ。頼みを果たしてさえいれば、この忍術と共に芸術全てを葬っていたはずだった。
一瞬の美、それは二度と同じ事を繰り返してはならない。それこそ変えのきかない新たなる何か、を生み出さなければいけない。同じことを二度繰り返してしまえば、それは一瞬というニュアンスからかけ離れるのである。二度目は、一瞬ではない。デイダラの生き返りは、自分自身を否定してしまっている。浅はかで、愚行そのものとなった。私が全てを葬っていれば、こんな事にはならなかった。
吹き乱れるデイダラの長い髪をまとめて赤銅色をする外套に入れ、顔に掛かるのを阻止する。
「……私もデイダラに話しておかないといけないことがあるの、ううん。謝らないといけないこと…ね」
「…」
「食事、する時に話す、ね」
「…そうかよ」
数時間乗っていれば直ぐに抗争する音が止む。まだ戦争は広範囲に届いていないようだった。デイダラがゆっくり食事が出来るようにと戦地を避けたのかもしれない。生前そこまで気を使える男ではなかった為、十中八九私の勘違いだろうとこの考えについては幕を閉じた。
まだ開拓されていない、緑が広がる空中を自由に飛ぶ。人が歩く道も無いためか下を眺めても人っ子一人いなかった。同じような緑を長い間見た先に、やっと人が作ったであろう道という道が見えてくる。奥に一軒の家が見えた。小さな看板が横にちょこんと立っている。明記されていた名は「一本」。開店中のようだ。雲の下をスイスイ泳ぐように飛んでいた私達は降下した。
「穢土転生について何処まで知ってる?」
「ある程度は知ってるわよ、…体が不死になるのと、発動させるのには死人の身体の一部が必要な事とか、ね」
「そうか…やっぱりこの体は不死なんだな、糞だせェ…」
顎に手を添えて暫し悩むデイダラ。鳥型の起爆粘土は店の裏側の木の陰に隠し、人に見つからないようにした後に地面へと足を付けた。食事が済めばまたすぐ移動で必要になる為爆破をする必要も無い。
屋根にぶら下がる店名の入った布を掻き分け、店の敷居をまたいだ。
「私この店初めてきたわ」
「昔任務でこっちの方に来た事あんだよ、そん時に食ったぜ」
「美味しかった?」
「ハッキリは覚えてねェよ。もうまともに食えねェから確かめようもないがな、うん。自分で食って確かめろ」
「…分かったわ」
上手い返事の仕方が分からなかった。
適当な席に腰掛け、店の奥の方から「いらっしゃーい」とメリハリのある高い声を掛けられる。50代に差し掛かったくらいの御婆さんが引き戸から出てきては、お茶を笑顔で卓子上に二つ用意する。ご注文がお決まりでしたら、とのお決まりの台詞を口にする前にデイダラがうどんを適当に一つ注文した。御婆さんが笑顔で頷いた後、すぐに引き戸の奥へと帰っていってしまった為、私は何処を見ればよいか分からなくなってしまう。揺れている茶の水面を眺める。デイダラは、向かいに座っていた。
「デミニーがそんなやつれたのって、俺のせいだったりすんのか」
茶を片手に持ちながら唐突にそう尋ねてくるデイダラの目は、気まずさからか私と同じようにそっぽを向いていた。私の後ろに広がる店内の一点をジッと見詰めていた。この男は自分が愛されている自覚が確りとあったのだな、と。伝えてきた好意の数々を受け入れていたことに思わず嬉しくなる。両手で握る湯呑を思わずくるくると器用に回転させ、零れない程度に水面を波立たせる。
「違うって言ったら、嘘になる…かな」
「最後まで、確りオイラはオイラを貫いたぜ、うん」
「知ってる」
「だから、…なんでもねぇ」
途中で言葉を遮るデイダラに、煮え切らなさを感じるが、先に話さなければいけないのは私の方だ。気にせず話題をすり替える。
「知ってるわ、だからこそ。こうして生き返らせたことは私の責任よ。全て…デイダラの所有物をこの世から無くすはずだったのに…本当に、ごめんなさい」
「…なんの話だ?そんなこと頼んだっけか」
「っは、…な!なに言って…」
思わず椅子から立ち上がり、卓子を叩く。見上げてくるデイダラの瞳が暗くやはりどこまでも海夜のようで、怒りの余り冷たく睨んでしまう。湯呑が倒れた音が鳴っては、出来立てのうどんを運んできたお婆さんの慌て声と共に私の湯呑だけが片付けられた。
「あっ、思い出した、アレな。わりィ、うん」
「悪いじゃないわよ…!私がどんな思いして…!」
「つってもアレ、お前の驚く顔が見たくて思い付きで言った台詞だぜ。やってくれんのはそりゃ有難いけどよ。それに、またデミニーに会えてよかった。お前虫の息だったじゃねーかよ。オイラがいなきゃどうなってたことか」
「…なによそれ…!!!なんで今更私の事なんて!!」
怒りを見せる私にデイダラが「デミニーってそんな感情的な奴だったか?」とトドメを刺してくる。デイダラが死んだ後に、今まで忍として我慢してきた物が土石流のように一気にあふれ出てきた。涙も、怒りも、愛も。全て。
座れよ、と顎で座席を指される。
「まずは食え、オイラに心配させやがって」
「…」
「早くしろ!」
「…ずっと食べていなかったから、多分そんなに入らないわよ」
怒りが収まった訳ではないが、大人しく元の場所に腰掛けた。これ以上お婆さんに心配をかけるわけにはいかない。パキン、と綺麗に割りばしを割って、スカスカの胃がビックリし過ぎないように、よく噛んで喉に麺を流し込む。
「さっき、移動中にオイラは、好きな時に好きな奴を殺すつったが、本当は出来ないんだ、うん。オイラはカブトに意識を支配されててな。思想もアイツに操作されちまう…。だから、今この俺が繰り出す芸術が、お前の知ってる芸術とは限らねェんだ。自分の芸術論が合ってるかどうかも、良く分からなくなっちまってる。お前は俺が生き返って、謝ったが。俺はこんな体になってまで、新たな芸術を生み出せることが嬉しくて堪らねぇ」
「デイダラ…」
「それでだ、デミニー…」
「オイラは生前、誰よりもオイラを理解してたデミニーのことを。今のカブトに操られて此処に存在する俺の自我より信頼してる。頼みがあるんだ。お前の写輪眼を使って、オイラの頭に植え付けられてる札をどうにか出来ねーか!本当のオイラを取り戻して―んだ、うん」
頭が追い付かなかった。写輪眼と言った単語が何故私に向けられているか理解が出来ない。デイダラのお願いだ。うんと二つ返事で頷いてやりたいのは山々なのだが、言葉の内容が理解できない。そもそも私はデイダラの芸術の一部だ。デイダラの嫌う写輪眼を、デイダラを殺した写輪眼を所有している筈がない。
「待って、何言ってるか分からないの」
「お前の幻術ならオイラを幻術にかけて元に戻す事も可能だと思ったんだが…無理な話だったか?」
「私の、写輪眼?」
「さっきからそう言ってんだろうが。テメーはうちはの生き残りで。イタチに匹敵する幻術の使い手だろーが!」
ズキンと、頭が痛む。両手でこめかみを抑える間もなく、全く記憶にない情景が頭の中に流れ込んでくる。ある時一人で海面を見ていた時に映る私の顔も、髪も、瞳までも、真っ赤に染まっていた情景を。