一瞬の出来事だった。一瞬海面に映った瞳が赤く、中に黒点が3つあった。写輪眼だった。それ以外の記憶は至って普通の内容が残されている。普通に敵を殺し普通にメンバーと渡り合い、写輪眼を持っていた記憶も使った覚えもない。ただ、一点を除き記憶が食い違っていたのみ。一点のみならば、夢で見た内容を衝撃的だったあまり鮮明に覚えていただけかもしれない。
考えれば考えるほど夢現になる。何かがおかしいのは、昔を辿れば辿る程自分がよく分かっていた。

胸の奥がざわざわと波立ち、二口、三口と食したうどんを掴む箸を上渕に置く。


「ごめんなさい、デイダラ。調子が悪いから先に帰るわ」
「……は?オイ、先に帰るってお前の為に来たんだろうが」


胸元から財布を取り出し小銭を卓上に乗せ、立ち上がる。デイダラが眉間に皺を寄せ、会話の噛み合わない私に声のトーンを下げ荒げてきた。店からまともに食事をしないまま出ようとする私の腕を掴んでくる。振り払い、逃げるようにして背を向けた。あれ程恋しく思っていた、デイダラの顔をみるのが怖くてたまらない。


「いい加減にしろよデミニー!!さっきから変だぞお前!何が如何なってんのか説明くらいしろ!」


行く当てもなく、方向も碌に覚えていない中森を進む。背にはデイダラと一本という名の店屋。振り向きもせずに早歩きで進む私は、すぐにデイダラに追いつかれ何度も腕を掴まれてはその度に振り払う。小さかった怒り声は、次第に大きくなる。あまりのドスの効いた声に、動物たちが騒ぎ出し私達の周りから去っていく。怒りがピークに達し、デミニー!!と名を呼ぶ声は痺れを切らした。又振りほどく筈だった腕は容赦なしに木の幹へと体を叩きつけてきては拘束してくる。弱った体では身動きが取れず、上から鋭い眼光で睨みつけられた。鼻が掠める程に距離が近い。真っ直ぐ刺さる視線。濁ったと思っていた瞳が、青かった。さっきはあんなにも海夜を連想させるほど暗く思った瞳を、どうして今更こんなに輝いているのだと気づいてしまうのだろうか。彼の眼球の色は何一つ変わっていなかった。例え、周りが黒色に塗りつぶされようと、何一つ、色彩は絶えてなどいなかった。
下唇を噛み締める。


「…離して」
「離さねぇよ、無視してねェで何か言え。来た道と違ェし何処行く気なんだよ」

「分からない、ううん。何も分かりたくないの。…思い出したくないのよ、なんでだか分からないけど嫌な予感がする。もしも、もしも私がうちは一族だったなら、デイダラの芸術になれなくなっちゃうじゃない…だって、デイダラ。私の事…内側に居るって言ってくれたのに、写輪眼なんて…そんな、わたしっ」
「もしもじゃなくてお前はうちは一族なんだよ。それにオイラの芸術は爆発だ。デミニーはなれねぇよ。オイラがお前を爆破する訳ねーだろ、うん。目覚ましやがれ!」

「芸術が爆発なら、発端が私でも構わないでしょ」
「どういう……お前、まさか…っ」


幹に押し付けていた腕を開放し、暁の外套を脱がせてきては私の体の隅々までチェックしだす。指の先から、背中に腹部、太腿の裏までも服をたくし上げて肌の状態に触れ、無事を確認する。デイダラの凛とした声が震え出す。安心からか、はたまた悲しみからかは分からなかった。ただ、好きなだけまさぐっては痩せ細ってそれこそ弾力の欠ける体から上げられた顔は、今までにない程泣きそうに眉尻を吊り上げていた。きっと、怒った表情が板について上手く泣き顔を作れないのだろうと、キツク幹へと拘束されていた掌でゆっくり頬を撫でてやる。やはり、体温も無く硬い皮膚だった。人間に触れた心地は欠片も感じ取れない。


「デイ「お前、自分の体になにしたんだよ。全部話せ」


威勢よく、力尽くで幹に押し付けられていた体がふわっ、と浮いたと思えば縋る様に抱きしめられる。肩に乗る顎が、私の貞操が危ぶまれたあの時以上に震えている。背に回される腕が、痛い程服を握りしめ体が縮こまった。泣いて、いるのだろうか。

この時、いいや、あの時悟っていればよかった。どうして分からなかったのだろうか。デイダラはどうしようもなく、私を大切にしていた。私が傷付く姿を、この男は見れないのだ。
ゆるりと小刻みに震える金髪を梳きなでる。髪質が以前より硬くなりパサついていた。なにもかも、触れるものは全て違っていることがどうしようもなく悲しいというのに、震える体がデイダラは此処にいると知らしめてくる。夢現だった頭が次第に現実へと引っ張られる感覚に震えが起こる。私は今、デイダラと会って話しをしている。それはもう2度と叶わないと覚悟をした、受け入れた筈の事実を捻じ曲げるモノだ。


「…本当になにも思い出せないの」
「昔、俺に自分の生い立ちについて話したの覚えてるか?」
「全く、…ということは、デイダラとの記憶も忘れてるのね」

「そうなるな。別天神、この言葉は知ってるだろ。うちはきっての最強幻術って嫌そうに話してきただろ。何度も写輪眼については尋ねたからな、覚えてるぜ。お前の持ってる血継限界だ、うん。相手に悟らせないように、幻術を掛けることのできる瞳術って聞いた。――自分の写輪眼の記憶をここまで綺麗に消すなんて他人からは中々出来るもんじゃない。…なぁ、デミニー。自分になんて命令をだしたんだ」


私を抱きしめたままデイダラが体内にチャクラを流し込んでくる。幻術を解く際によくやる行為だ。己のチャクラが乱れだすのを感じ、即座に抱きしめ撫でていた頭事体を突き放す。よろめくデイダラは数歩後ずさる。私がそうしようと及んだのではなく、どちらかと言えば体が勝手に動いたに近い。


「……これ以上、デイダラを奪わないでっ…」

口が勝手に動く。

「オイラは今お前の目の前に居るだろ」
「死人の、デイダラでしょ」
「…デミニー」

「また、きっと何処かに行くにきまってる…。それなら一層、私はデイダラの芸術になりたいの、それしかもう傍にいる方法が分からないのよ…」
「だからこうして傍に居るだろッ、デミニーはオイラの作品じゃねェ。自殺なんて許さねぇからなっ!!」

「どうしてよ。言ったじゃない…デイダラは芸術で、私はデイダラの内側に、中に居るって」
「オイラにとってデミニーは大事な奴だ、だからオイラの内側にもいる」

「一緒に、生きてくれなかったくせに…?」


あの時、手だって、小指だけでしっかり握ってくれなかったじゃない。いつだって、好意を伝えてきても、真に受けてくれなかったじゃない。そういえば、表情が歪み、ビー玉のように真ん丸な青に透明の涙が溜まり揺れた。それは相変わらず、海のようだった。デイダラの表情が憤りや喜びでは無く、悲しみに包まれているのを初めて見る。伸びた腕が今度こそ逃がさないと言わんばかりにガッチリと全身をホールドしてきた。どんなに力を入れようと逃れられない程、息をするにも苦しいくらいには力強く。
驚くほど触れる度に体温が冷たい。その度に涙腺は緩み私の方がたまらなく泣きたくなった。それが悲しみなのか、喜びなのかもう色々な感情がごった返して、自分でも図れやしない。ただただ、涙がこぼれそうになる。

体内を、ゆっくりとデイダラのチャクラが巡る。規則的に機能していた経絡系が乱れ記憶が蘇ってくる。赤を嫌い青を愛した故に認められなかった写輪眼。その中には私の殺された両親や、木ノ葉での幼少の記憶。それに、デイダラとの日常で満たされていた。


「ゼッテー死なせねェからな」



震えていた声は、耳元で力強くそう囁いた。完璧に幻術を解き終えたのを確認すれば、抱きしめていた力は緩み私はその場にストンと座り込む。チクチクと地面に生える草が脛に刺さる。邪魔に思っては払い退けるも、すぐさましなやかに元通り私を突き刺した。諦めて立ち上がる。全てを思い出してしまった。どうしようもない、もう後戻りはできない。こうなれば、道は一つしかない。本当なら、芸術になってずっとデイダラと繋がっていたかった。そんな風に、生涯を閉じたかった。


「私ね、別天神でデイダラの芸術になるようにって命令してた、デイダラの所有物と一緒に」
「…」

「いきなり逃げて、ごめんなさい。馬鹿だよね、全然デイダラの気持ち、わかって無かったよ」
「…デミニー、手出せ」


返事をする前に既に左手を奪われていた。空いた手で粘土の詰まるカバンへと手を入れてグチュといつもの様に芸術を煉る。少し躊躇いを交えながら造形を考えているようだった。完成に暫し時間を費やす。その間も左手を確り握られたままの私は困惑する。こんな風に向こうから触れるのは初めてに近い。
閃いた、といった明るい表情をデイダラがすれば、ゆっくりと指先から付け根まで掴まれる左手が微かに痒む。そして、固まった粘土の冷たさが肌に伝わってきた。左の薬指に白ベースのシンプルな指輪がハメられる。真ん中には、海の様に瞬く碧い宝石がついていた。デイダラの作品だ、といっても全て粘土でできているだろう。思わず見入り、私の指にデイダラが住んでいるような錯覚に陥っては指輪にそっと触れた。やはり、粘土だった。


「お前がもう、馬鹿な事しないように縛っとく。これならオイラの芸術になる必要も無いだろ、うん」
「これって…」

「今からの人生しか、デミニーにくれてやるもんはねェが、デミニーなら、その。アレだ。喜ぶだろ?…よく…オイラの目の色褒めてたから」


こちらを窺うようにチラチラと視線がこまめに送られてくる。極限まで口角を下げ頬は僅かに赤らめ、何とも言えない表情で私の顔色を窺っていた。照れながら拗ねているのだろうか。手の甲を口元に押し付け口角を隠す。慣れない事をすると人はこうも表情が妙になるのかと内心笑ってしまう。やはり顔に出ていたのか、不服そうな顔で多少睨みを効かされたが、怒ってはいなかった。ハメた指輪を受け入れた私に、心底胸を撫でおろしている事が、なんとなくだが伝わってくる。


「ありがとう、指輪大切にするわ」
「あ?なに言ってんだ!オイラの芸術は爆発だぜ」


間も入れずに喝っと勢いよく発する掛け声と共に、私の薬指は爆発した。空気を振動する小規模の爆発音が鳴り響く。耳を抑えるほどはいかない、心地がいい音色だった。弾け無くなった指輪が、此処に居ますよと主張をしてくるような浅い火傷の後を残してくる。痛みは合って無いような微小たるもので、これがデイダラなりの告白なのだと火傷した周りの皮膚を何度もなぞる。
デイダラが頬を撫でてきた。感激と衝撃で火照った体には、死人の冷えた手が心地いい。このままずっとデイダラに熱くされ、そしてこの手によって冷やされ続けたい。そう望んだ。触れる掌に上から両手を重ね、頬を摺り寄せる。もう、彼がこうして此処に芸術として私の傍にあり続けるなら、死ぬ必要もなくなった。私は、生きてもよいのだ。


「これで、お前はオイラの芸術だし、オイラのもんだ。だからオイラを置いて死ぬなんて許さねーからな」


本当に自分勝手な男だな、と私はこれ以上にない幸せの笑みを見せる。彼に翻弄されることが、この上ない喜びだった。他の事は全て忘れてしまう程夢中になれる。何もかもデイダラがいれば要らないと、胸を張って口にできるほどに、私は侵されていた。ゆっくりデイダラの冷めた頬を同じように撫で返し、互いの額をくっつけた。蒼い瞳を射抜く位にじっくりと、瞬きも忘れ見つめる。デイダラの瞳に映った私は、柔らかい表情で目に涙をためながら笑んでいた。


「指輪のお返しするね、ありがとうデイダラ。大好き…そのまま目を瞑らないで」


片目に掛かる金髪を掻き分け、触れやすいようにする。顔の距離が徐々に縮まり、瞳に映る私が近すぎて何なのか訳が分からなくなった頃、万華鏡写輪眼を発動させた。別天神を一度使いはしたが、片目はまだ残っている。この能力は一度使用すると何十年も発動不可だ。一つ分の目が残されていたことに、ひどく安堵する。

唇に、唇が触れる。誓いの口付け。瞬間私の頬を伝る涙が、透明から赤に変わった。私は、あなたの気持ちに応えます。ここに、あなたとずっと一緒に居ることを、約束します。そうこの赤い血と目に誓いを立てた。