下駄箱に履き慣れたローファーを突っ込み中履きのシューズを手提げから出した。踵が入るよう人差し指でシューズの後ろ部分を支え、押し潰さないようにと丁寧にゆっくり。…そんなペースで動いていたら、私の後ろが詰まってしまっていた。ついでに此処は玄関先だ。
「遅いよ…デミニー、つーかもうそろそろモデルの人来るよ?どうしてそうモタモタしてられるのかな?謎でしかない」
同じ学科の友達のミサキが、眉間に皺を寄せ口角を極限まで下げた不機嫌面で私の背後に立ち、見下げてきた。靴を履くのに丸めた背中が更に萎縮して丸まってしまいそうだ。私と違って瞬時に靴を履き替えるミサキは、小言を言いながら紙や絵具、鉛筆にカッター等の荷物で埋まった私の手を急かして引っ張る。教室までへの距離はそう遠くないというのに、せっかちなんだから。
「…あ、ちょ! 怒ってるの?今日は手荷物が多くて上手く履けなかっただけなの!いつもはもっと行動早めだから、うん!」
「言い訳なんて要らないよ、それはあたしも同じでーす!今日はデザイン科だけじゃなくて造形科も一緒にデッサンする日なんだよ?まったく…迷惑が2倍になるなんて恥ずかしがり屋のデミニーからしたら嘸かし嫌だろうに、君のことを考えて急かしてあげてるの!分かった?もー」
「分かった!分かったからちょっとペース落とし…!まっ、て!ってば!!きゃ、っ!!」
曲がり角、ミサキの後ろに私が居る事に気付いていなかったのであろう。ミサキと擦れ違った後直ぐに横から前進をしてきた人とぶつかってしまい、私の視界は金の長い髪で満たされた。簡単に視界は天井を見上げ、持っていた物は放り出し、艶々で長めの金髪とは相まった整った男の顔がすぐ上から迫ってきた。…!!近い!そう思った時には既に遅し。互いの鼻は擦れ、上から降り注ぐ金髪は私の頬を撫でて、程よく筋肉の付いた腕は私の耳のすぐ横で地面に手を付いていた。驚きの余り互いに数分黙り込んでしまう。流石のしっかりとした性格のミサキも言葉に詰まっている様子だった。驚きで瞳孔が大きく開く、薄い青色の瞳と体感で10分と見つめ合う。浅瀬の海が揺れているような色だった。どうしよう、廊下を急いで歩いていたのは私達。先ず謝らなければ。そう口元を薄らと開けた時だ。
「ー!!」
相手も何か喋ろうとしたのだろう、互いに動いた上唇がそっと触れた。柔らかい唇への感触を頭が理解するのにはそう時間は掛からなかった。外靴から上履きに履き替えるよりもずっと直ぐだ。初キス…だと思う。彼の長い髪で包まれた私達の顔はきっと周りからは見えていないだろう。まさに二人だけの空間と言うべきか、否か。きっとミサキも私達が今この時、転けた拍子に口付けをしたことは気付いていないだろう。だが、だからと言って、こんな事故は乙女にとってはあってはならない一大事なのだ!
「あっ、と、その。悪ィ。オイラ行くわ。うん」
早々と私の上から何も無かったかのように退いて、教室へと逃げる様に入って行った彼。金髪で青い瞳…見覚えのある人だった。
「大丈夫?デミニー。あー鉛筆散らばっちゃったね。しかも芯も結構折れてるじゃん…カッターで一からやり直しだよこれ、中まで折れてないといいんだけど……ってデミニー?オーイ!」
デイダラ…君だ。造形科でも才能に溢れていて、先生からも評価の高いデイダラ君だ…。確か、狙ってる大学は芸大。だったかな?美術大学で最も難関とされている大学の一つだ。
「もー、さっきのデイダラ君だよね?さっさと教室に入らないで鉛筆拾いくらい手伝ってくれてもいいのに。ボーッとしてないで行くよ?私が全部拾っといたから、ほらデミニー」
頭でも打ったと思われたのであろう。突然の刺激的な出来事に見舞われた私は体が動かずに、いつも以上にボーッと上の空で返事も出来ずじまい。そんな私をミサキが引っ張っては教室へと入れた。