空が揺れ騒ぐ。遠くの方で隕石が雲を切り、落ちてくるのを眺めた。ちゃぽん、と湯船に肩まで浸かっていた体を起こしずっと遠くを眺める。山の上からは、離れた景色が見えやすい。

「次は何処行くか…」
「質のいい粘土が手に入る場所とか?」
「まぁ」


木の柵越しに上の空なのを微塵も隠す気のない生半可な返事が聞こえてくる。私達は温泉に浸かっていた。新たな芸術を探す旅に出たい、という発言がきっかけだ。温かい湯船に浸かり、気持ちを整理し乱れた感性を平常に戻そうという趣旨なのだが、そもそも穢土転生の姿では湯の暖かさを感じないのではないか?と懸念した。芸術において、痛覚、味覚、嗅覚というのは至極大切なことであるように私は思う。芸術とは感じることだ。デイダラは、暖かみは感じずとも、一本一本生い茂る木の数々や流れる雲の形、それにちゃぽんと鳴く湯船に落ちる雫。それらを楽しめているだろうか。視覚と聴覚が残っている分マシだと前向きに考える方が良いのだろうか。不毛なことで悩んでしまう。折角二人で旅行をしているというのに。

やはり考えることといえばデイダラのことだった。立膝で身を乗り出し景色を眺めていれば体が冷えてしまい鼻下まで湯船に浸かりなおす。ぶくぶくと息を吐き意味も無く音を立てた。隕石が地上に叩きつけられる爆音によって掻き消される。


「…このハネムーンいつまで続ける気なの…なんだか下の方は凄い事になってるみたいだけど。隕石が二つ立て続けに降ってくるものなのかしら、アレ忍術なのかな?」
「知らねェ。ハネムーンじゃねェよ、オイラの新たなる芸術探しの旅だ」
「私がハネムーンだと思ったらハネムーンなのよ、デイダラは…傷心旅行ってことでいいじゃない。すぐに今までの物を埋めるほどの芸術なんて見当たらないわよ」
「…うるせぇな、口出しすんな」


戦争がおっぱじまる中、こうしてのんきに温泉旅行など道徳心の欠片も無いがそのように育ってきたのだから仕方がない。改善する気もなければ無論戦争に加わるつもりもない。デイダラと共に、今の隕石で何人死んだだろうかという推測で盛り上がった。昔は人殺しどころか死体を見るのも嫌だったというのに、次第に感覚が麻痺したのだろうと思う。デイダラの死以外に落胆しなくなっていた。

もう、出る。と、談話を切る様にして告げられる。隣の浴槽から水の弾ける音が聞こえた。立ち上がったのだろう。追いかけるように私も立ち上がり、体が冷えぬ内に肌を拭き浴衣に着替える。脱衣所を出た先でデイダラと落合う約束だ。温まった人差し指をデイダラの冷たい掌に絡める。鬱陶しそうな表情をするも振り払われなかった。いや、振り払えないのだろう。彼は随分と私に甘くなったのを知覚する。
その後、ブラブラと私達以外誰もいない宿屋を探索した。客も従業員も戦争で避難済みだ。二人だけではやけに広い空間を歩き回る。綺麗だった。玄関には華やかな生け花が置いてあり、廊下にはごみ一つ落ちていない。ついその場で寝っ転がりたくなる程埃も見当たらなかった。

厨房で漁った冷蔵庫の中は当たり前のように充実している。探索に満足すれば、適当に個室の襖を開け中でくつろぐ。先ほど勝手に拝借したラップがかけられている刺身や蟹を食す。一流の職人が作った料理は味も見た目も格別だ。歯ごたえを確かめ何度も口内で広がる味を楽しむ。美味しいの一言に尽きた。思わず笑みがこぼれそうになる瞬間、デイダラにも食べさせたいと望み、笑みは引っ込んだ。次には、悲しんだ。


「次、何処行くかお前決めろよ、うん」


窓際で木の葉が落ちるのを頬杖をつきながら眺めていた。こんなに感慨深い表情は初めて見た。それに相まって投げやりで心ここに有らずな態度は大変遺憾に思う。といっても、芸術家でいうスランプというやつなのだろう。そう強く咎める気も、そもそも責める権利など私にはなかった。


「なら、海に行きたい」


いや、とは言われなかった。即座に立ち上がりさっさとしろと足取りを急かされる。後ろを引っ付いて歩いた。もう絶対に見失わないようにと、迷子の子供のように。

完全に爆発ではなく移動様となってしまった鳥に乗りながら風を切る。戦地から更に遠ざかる場所に海はあるため、勝敗の情報などの伝達が遅くなるだろうな、と懸念するも大したことではなかった。今の私にはデイダラが傍に居ればそれでよいのだ。多少情報が遅れようとわが身に問題は生じないだろう。今回の戦争に例え暁が加担しようがしまいが、今はこの旅を楽しみたい。そもそも既に、暁は壊滅状態なのだから私を追跡し粛正する追っても出せないだろう。


「あのよ」
「なに?」
「ずっと傍に居て、って。なんだよ」
「愛の告白」
「おかげでちょっと離れただけでお前の所に引き戻されるんだが。ふざけんな、もっと確り考えてからやれよ…うん!」
「…えぇ、今認識改めたから、もう大丈夫だと思う…」


本当かよ、と機嫌の悪そうな声で文句を掛けられる。失礼な男だ、札への命令を愛の誓いで書き換えたのが気に食わないらしい。存外デイダラのこととなると余裕の無くなる私だ。文句より先にカブトの支配下から外されたことを喜んで欲しいものだった。まさか礼を言われるよりも先に文句を掛けられようとは。私の前に座る背中に背をくっつけ、デイダラと見る景色を変える。森の奥の荒地で始まっている戦争がよく見えた。地形の変わる騒音がドンドン遠のき、忍の姿が見えなくなっていく。

磯の香りがする。来たのは久しぶりでもないというのに久しくこの臭いを感じていなかった。暫く余裕がなくそれどころではなかったからだろう。岩部に二人で降り、デイダラがいつかの様に鳥形の起爆粘土を海に突進させる。爆発した。飛沫が上がる。虹が浮かび上がった。


「色々と思い出すな」
「何をだよ」
「覚えてない?出会ったときの事。こんなふうに海を爆破してたのよ」
「逆によく覚えてんな、うん」
「既にあの時からデイダラの目は海みたいだと思ったの」
「あの時からかよ…」
「猛々しくて、でもおおらかで。悩みなんて全部吹き飛ばしてくれるくらいには広大で、包容力もあって、心地がいい。海は私にとってデイダラそのものだったんだ。すごいでしょ?」
「…あ?」


何一つ理解出来ないといった表情での相槌だった。目を細め眉を訝しげに寄せている。そして相変わらずの生半可な返事に興味の無さを窺えた。私にとっては結構重要な話だというのに、偶にどうしてこの男を好きになったのか自分に疑問符を浮かべたくなる。

ここにきた理由。それは、紛れもなくデイダラの為だというのに。
私が知っている中で一番美しく、人の気持ちを駆り立てる程の魔力を持っているのが海だ。デイダラにも見せたいとなるのはやはりここ。私は昔、五感を全て感じ取っては潮の香り、海の音、風の触れる感触―それら全ての良さを最大限まで引き出せない事で悩んでいた。ならば今のデイダラはどうなのだろうか。視覚と聴覚が鋭敏になっているのではないだろうか。

しかし、今まで通り海を眺めるだけでは代わり映えしないつまらないものとなってしまう事が、デイダラの表情から窺えた。あと何か一つ、機転を利かせれば―…。


「ねぇ!そうよ。この海に飛び込んでみるってのはどうかな?」
「あ?何言ってんだ」
「私、芸術には五感がとても大切だと思うの。でも今までと同じことしてみても、感じ取れないものばかり気になってしまうでしょう。だから、海の奥底に行ってみるってのはどうかな?」
「…続けてみろ、もっと詳しく」
「視覚と聴覚しか無いのと不死を利用して、今までとは全く別の世界に飛び込んでみるって事。空気も音も殆ど感じ取れない、視界は地上じゃなくて海の青。デイダラは空気を吸わなくても平気だもの、それを利用してみるってのは、どう?何か別の世界が見えるかも」

「…やってみる価値はあるな。悩んでるだけで体を動かさねぇってのも頭の働きに悪いってもんだぜ、うん」


躊躇いも、何のアクションも無しに海へと海岸から飛び込む。暫くは体に付いていた空気が浮いてきてはブクブクとデイダラの位置を知らせてくれたが、それも次第に無くなる。10分経っただろうか。音沙汰もなく、地上から見ているだけではデイダラの姿が全く見えない。面影もだ。奥深く沈んだのだろうか。私は不安を隠せなくなる。


「デイダラー!!オーイ!」


薄暗い海中、私も飛び込んだ。幸い寒さはそこまででもない。潜って数秒で心肺停止という事態は免れるだろう。デイダラを探す。空気を必要とし、寒さの中では生きていけない体故デイダラと同じようにとはいかないだろう。それでも手探りで僅かにぼやける視界の中目印になる金髪を探す。

いた。手を伸ばし足をばたつかせる。息は持って3分だろうか。私に気付いてこちらを振り向くデイダラの髪は四方に広がり散り散りに舞って伸ばした指先に絡んだ。目が、見開いていた。さっきまで上の空だった表情が据わっている。きっと、私が見えない世界を見ているのだと思った。視覚と聴覚しか残されていない世界とはどんなものなのだろうか。必死にデイダラからそれを汲み取ろうとするも、凄さまでは伝わってこなかった。海に興味を示したことだけは確信する。瞳が揺れ、唇が言葉を吐く。聞こえなかったが、僅かに振動は伝わった。海に魅了されている、そういった気がした。青が、どれだけ綺麗で美しく尊いのか、デイダラに伝わった気がした。私の全てを、理解された気がした。

薄暗い海中が照らされる。デイダラの体が光る。何が起きたのかと二人してデイダラの体に触れ何処が光っているのか、何故光るのかを確かめた。頭の札への命令が薄くなっているのを感じ取る。いや、消えかかっているが近いだろうか。焦った。


「−…ッ!〜〜〜っぁ!」


海中故、声にはならない。しかし、私の口の動きや形で言葉が理解可能なようだ。デイダラは薄く笑った。寒さから僅かに血色を落とし青みがかる唇を親指でなぞられる。必死に気持ちを伝えようと言葉を話す度に、口角から口角を往復する親指。私の言葉をなぞるかのようだった。
空気を吐き出す度に泡が数十個と無駄に漏れては、デイダラを見えなくさせた。息も苦しい。どうしてこの輪っかは上に上がっては視界を遮るのだろうか。デイダラと私の存在を阻むものは例え自然の摂理でも全てが嫌いだし、邪魔だ。

唇を撫でていた親指が透明になり、触れている感触すら覚束なくなる。急いで手を伸ばし強引に頬を挟み引き寄せた。酸素不足で頭が上手く回らない。それでも思いを伝えようと唇を開き動かす。離したくない、一緒に居たい、折角、別天神を使ってまで傍に居てと告げたのに、こんな別れ方なんてない。酷すぎる。結婚生活、まだ一日だって経ってない。

―…酸欠で両目を確り開け続けることも出来ず、最後にデイダラがどんな表情をしていたかも読み取れなかった。今度は服さえも残しやしない。塵へと変わってしまった。酸素不足でぼやけた視界が、塵の中で人型の影を見つけ出す。海底へと落ちていった。その影を追いかけ遠のく意識の中必死に触れた。無理に目を開く。それは、デイダラではなかった。髪色も唇の形も、釣り目具合も全部が違う男の物。穢土転生の術を発動させるのに必要になる生贄だった。私はその死体を手放し、海底に捨てた。

何度でも海水を掌を開け閉めして掴もうとする。不死の体だというのに、私を置いてまたどこかへ行ってしまうなんて思いたくなかった。四方八方に泳ぎ、周りを見渡す。何でもいいから触れた物を引き寄せようと腕を振り回す。何一つ触れるものはなく、掴めなかった。海水に混じる塩すらも掴めやしない。全てするりとかわされ、残されるのは己の皮膚と爪の感触。拳に力を込めた。左手の薬指の付け根が茶色く汚れている。何も残しはしなかったというのは、語弊だったか。

そうか、でも、デイダラ自身が、この青の素晴らしさに気付けたのなら、私はそれで全て夢が叶ったような錯覚に見舞われた。否定をされていたワケではない。ただ、不死になって自分の芸術を見失った彼に私の青をプレゼント出来たように思う。青は、彼自身だ。彼が、彼自身に自信をもって、青を受け入れられたのなら、それで私はー…、

塵が分散し、残っていた微小の空気が地上に踊り昇るのとは真逆に、私は深海へと落ちていった。深い青に、包まれていった。