風は心地よく頬を冷まし、熱を綺麗に除き取っては冷静さを与えてきた。

「恥ずかし過ぎる………モデルの脇にデイダラ君を描いてたならまだ背景として描いたって言い訳できるけど……アレはな、寧ろど真ん中だし……どうしたら…まだ一度目の休憩、消して書き直そう。取り返しはつくよ」

風で声が掻き消されるほど小さくブツブツと囁く。今でこそこうして一人で風に当たっている為落ち着いてはいるが、教室内でデイダラ君の姿を見ても暴走しない自信はなかった。そもそもファーストキスだったのだ。例えこの気持ちが一時の勘違いだったとしても、キスの直後に全く関心を持つなと言う方が無理な話で、私は彼の事が好きなのかもしれないと激しくグラついていた。

「(乙女心を、乙女の純情を返せ!)」

例え事故といえども此処まで私を動揺させるデイダラ君が無性に憎たらしく、許せない存在に感じた。きっとデイダラ君の方はそこまで私を気にしていない。そう後ろ向きに考えれば考えるほど色々と文句は出てくるが、今はそんなことを言っている場合ではなかった。休憩時間はもう直ぐ終わりを告げる。つまりはあのキスの感触に目の前まで迫ってきた心を高鳴らせる青い瞳や金髪、それら全てを一時だけでもいい。頭から追いやらなければならない。今は受講中なのだ。照れる事で直ぐに頬が赤くなり、モデルさんをそっちのけでデイダラ君に視線をやるのは抑えなくてはならない。勿論あのデッサン内容もだ。彼は確かにモデルとしても美しい部類だ。だが、気持ちに素直というのは時と場合を選ばなくてはならないし、必ずしも美徳とは限らないのだ。もう一度言う、受講をしなければ。

失っていた沈着が、脳裏に鞭打って頭の回転を促進させる。ーすると…


「オイ、アンタ」
「ーワァアア…っっ!!!!!」



取り戻した沈着は何処へとやら。声をかけられた程度でここまで不意を突かれるとは。我ながら情けない声を出した。真横から話しかけてきたのはデイダラ君だった。外の風に吹かれ、金髪が靡いては太陽光を反射させる。とても眩しい。デッサン中に結って上げていた髪が、今は下ろされていた。


「何驚いてんだよ、声かけただけだ、うん。…それで、ちょっとばかし聞きてェことあんだけど」
「あ、えっと…ハイ、どうぞ…」
「名前は?」
「デミニーです」
「デミニーな。怒らせたり、デッサンが上手く描けなかったって事になれば不本意だからな。前もって言っとくけどよ。さっきの、アレ。ワザとじゃねーからそれだけは分かってくれ。……それと、確りした謝罪はまだだったからな…もう一度言う。…その、悪かった」

申し訳なさそうに軽く下げられた頭に、先程の悩みがスっと消えていくのを感じた。忙しく働いていた頭がまた一つの感情でこうも簡単に纏められてしまう。デイダラ君を見据える目尻がトロンと緩いだ。


「!、わざわざありがとう、…それに関しては、デイダラ君が悪いワケじゃないのは分かってるから…大丈夫だよ」
「そうか、ならいいんだ。あんな派手な転け方すりゃ鉛筆も無事で済まねェだろうから心配してたんだよ、うん。何本無事だった?今回のデッサンに支障きたす様ならオイラの所から何本か持ってって構わねーからな」

「……………っ」

そこじゃないでしょ、キスの心配をしてよ、初キスよ!?驚きの余りその発言が声になる事は無かった。さっきまでのトキメキを返してくれ。どうしたらその思考に行き着くんだ、キスの事を謝ってくれているのかと勘違いしたではないか。興醒めする余り私の顔から一切の表情が抜け落ちていく。デイダラ君はというと、難なく仲直りが出来たと満足げに大きく頷いていた。どうやら彼なりに気に留めてくれていたのは確かなようだが、違うだろ。



チチチチチチ



休憩終了の合図が鳴る。建物の外で話していた為出遅れてしまったと急いで二人で教室へと戻った。その矢先に言われた一言でまた私は困惑するハメになった。


「あ、そういやちゃんと描けてんのか心配でデッサン内容勝手に確認したんだけどよ。中々カッコよくかけてんじゃねェか。デミニーの目からオイラってあぁ見えてんだな。他人の目から見る自分ってのも乙なもんだぜ。書き終えたら見せろよ、うん」


何ていうものだから、冒頭で滅茶苦茶に迷走していた悩みの種をいとも容易く全て吹き飛ばしてくれた。本人公認ならば、もうデイダラ君が私のモデルさんでいいではないか。鉛筆の消費も少なくなるのと、気持ちに素直に絵をかけることに、一応感謝はしておいた。用紙も消しゴムの掛けすぎで痛むことはない。

そして私は、結局受講が終わるまで金髪を眺め体のフォルムをじっくりと観察し、浅瀬の青い瞳にどっぷりと浸かっていた。もう私は何処を歩いても、キスの直後でなかったとしても、デイダラ君のことをいつでも考えるようになっていた。