episode 1
出来損ない
人
の体内の臓器の位置を確認したくなり、人を初めて殺めたのはいつからだっただろうか。幼少の頃は意味も無く虫や動物を殺し、まだ暖かい臓物を漁った。人間とは作りが違う物から類似してるもの、様々だ。更に詳しく解体し、中に何が収まっているかで機能を分け、推測する。古書を読めば即座に正解が分かる話だが、自分の手で探っては暖かい皮膚に傷が入っていくのが好きだ。答え合わせなど、その遊戯の後でなんら問題はない。冷めた肉片には興味が持てず、軽く上に土を被せたのち手を細目に洗い本に食いついた。私の下す推測は大抵が外れない。いくつもの雑種を解体し、真実を確かめてきたのだから当たり前といえば当たり前だが。といっても、解体したての内は肝臓と肺の区別もつかない程だった。そんな幼少期を過ごした。
肉親は戦争で既に他界し孤児院で育てられる。友人も大して出来はしなかった為、この趣味を気持ち悪がり直接言及する者もいなかった。煙たがるように周りから人が一人一人と去っていくのだからより一層没頭出来た。没頭が熱意を呼び、熱心さを私に与えたというならば、連中はやはり私を止めるのが正解だっただろう。動物では満足が出来なくなった。人間の臓物に触れたいと強く望んだ。…孤児院には私以外生きている人間が居なくなった。大人も子供も腹を引き裂かれ、だらしなく伸びた小腸の端を結んでいけば、大縄跳びができると思った。縄を回す人も跳ぶ側も人手が足りないからと、意味が無い気はしたが、試しに結びベチベチと回転させた。皆が外で笑い合いながら遊んでいた時の様にはいかなく、小腸は鞭のよう地面や壁に打ち付けられ、血が飛び散った。乱暴に扱いすぎて切れた。なるほど、この強さで振り回すと切れてしまうのか、と新たな発見をした。私の手はこれまでになく、一層赤く染まっていた。
そして、この手が人を救う技術に今となっては貢献をしているというのだから、私の過去など全て笑い話だ。動物も人も数えきれないほど殺めたというのに、その過去を投げ打ってでも私に救いを求める者が五万と居る。無論、殺すことも容易であることに変わりはない為、私の様な女に命乞いをする輩は鼻で笑った。惨めな負け犬め。大抵の相手には金を要求する。先払いを要求し、承諾した者は容赦なく殺した。その時点で既に生かす価値が無いからだ。適当に臓物を漁っては無駄に血を流させ、出血多量で死んだ。大金を出すやつは別だ。また何かしら病気をして、私の元へ金を運んで来るやもしれない。金のないものは実験体だった。
ある時、一人の青年がドアを叩きやって来た。
「出せる分だけ金を出す。依頼だ。いくら欲しい、女」
「歳はいくつ、坊や。あなたの操作できるはした金で私が動くことは無いわ。帰りなさい」
ピクリと眉尻が不愉快だと言わんばかりに動く。私に貢献の出来ない者に時間を費やす気は毛頭ない。入ってきた出入り口から追い出そうとした矢先、脅しだろうか。首元に砂隠れ特有の傀儡というからくりが押し付けられる。知ってはいる、見たこともある、ただ別段興味はない故知識は曖昧だ。乾燥した表面に揺れた数だけカタカタと音を立てる事から材質の硬さが窺える。全体的な造形からして蠍をモチーフにした尾っぽだろう。ユラユラと私の首元で揺れ動き、鋭利な先端を見せつけてくる。瞬間、何の前触れもなくチクリと背後に回った先っぽに背中を刺された。それこそ蠍のように先端には毒が塗られていた。薬物の匂いが漂う。傀儡に丹念に塗り込められていた毒が、私の細胞を侵食するのと同時に、地面にも一滴一滴と汚れを垂らしていく。
「私を殺しては、貴方の欲しがるこの頭脳も技術も手に入らなくなるんじゃないかしら、いいの?本当に」
「誰が殺すつった。脅し用の毒だ、殺す気は毛頭ない。二つ返事で頷くまで存分に苦痛を味わえ」
さぁ、どうする?まるで選択を迫っているかの様にも捉えることのできる言葉だが、内容は単なる脅しだ。毒で荒れる息から、金はちゃんとくれるんでしょうね?と絞りだせば、前金として幾らかの額を貰った。大金だった。無事に俺の野望を叶え終えればもっと金を積むと言われ、頷いた。金があればそれだけ研究費に回せる。利害が一致するならそれで構わない。交渉成立だ。
解毒薬を服用された。重く遠かった意識が正常に戻る。清々しい気分に満たされ、また臓物を好きなように扱える喜びから頬を吊り上げ笑った。