episode 2

も言わずに前のめりにピクリともしない丸まった背中を眺める。


「説明してもらわないと話を進められないし、手の施しようも無いのだけれど。その辺はどうなのかしら?」


私の実験室、もとい仕事場にこの青年が住み着いて5日は経った。何故前金であれ程の大金が支払われたのかと思えばこれか。資料室が占拠されている。人の事は言えないが本の虫とは正にこのことだろう。飲まず食わずで知識を頭に叩き込もうとするその集中力は認めるが、私が担当する分野は手術が主、つまり外科だ。手術前に体力を落とし気力を消費する行為は出来る限り避けて欲しいものだが。もし、私の悪い噂も知っているようなら腕を確かめるため、資料室を漁っているとしても念入り過ぎるだろう。出版と最初のページを読めば済む話だ。ということはやはり、医学の知識をこの男は欲しているのだ。

本を読むのをやめろと理由込みで伝えれば断られた。人とまともに触れ合ったことのない私は、上手い諭し方など知らない。中途半端に捲られたページを閉じ掌から取り上げては本棚にしまう。金を払っただろうと文句を吐かれては返す言葉も見つからなかった。金の事をつかれると私は弱い。あの大金を手放すのには惜しく、ズルズルと数日共に過ごした。


「読破に時間がかかったな。内容も濃い…、基礎は全て把握した。手を付けてない本もあるが、これが全て頭に入ってるって話なら、似非医師でもなさそうだ。が、はたして腕の方はどうだろうな」
「基本上からなのね、坊や」
「サソリだ」
「例の傀儡の事なら既知よ、刺されたもの」
「俺の名だ」
「あら、そうなの」


人の名など覚えた試しが無い。何故このタイミングでいきなり名乗られたのか分からなかった為続けて坊や坊やと呼べば、さっき名乗っただろうと声を荒げてくる。あぁ、名で呼ばれたかったのかと、その時初めて理解した。


「下準備は済んだ。依頼内容を話す。前金は知識代ってことで済ませろ」
「…やっとね、えぇ、そのつもりよ」

「長くなるから耳かっぽじって聞け。同じ質問を二度されるのは好きじゃねェ。俺は人の死体から傀儡を造ることが可能だ。人傀儡って呼ばれてる。死体があればソイツの肉体を使って傀儡に作り替えることが出来る。テメェに依頼したいのは俺自身の傀儡化だ。死体を傀儡にするのとはワケが違う。俺一人の手と医療の知識なし、この状況下じゃ他所の手が必要不可欠だ。そこで、外科として名高いテメェが登場ってこった。俺に知恵を寄越して、補佐をやれ。依頼内容は分かったな?」
「いいえ」
「人の話を聞いて無かったのか、女。殺すぞ」
「いいえ。私は傀儡に関してはハッキリと言えば素人以下よ。サソリ、貴方は私になんの手助けをさせたいのか。それを簡潔に詳しく述べてちょうだい。やることを明確に指示出来なければ私はなにも出来なくてよ」


サソリが鼻で笑う。なんだ、思ったより話が早ェじゃねぇか、女。と。


「人傀儡の造り方は知らねェな」
「えぇ、そもそも聞いた話によれば、人傀儡ってモノはある特定の人物しか造れないと聞いたことがあるのだけれど、貴方が本に没頭をしている中私が何もしていなかったと思うのは見当違いよ、調べさせてもらったわ」


サソリが二度笑う。私を試しわざと情報を伏せて話しているのだと悟った。この男、自分の体をこれから改造するというのに気が狂っている。自分を棚に上げることになるが年の割に食えない男だというのは分かった。


「手術内容だが、俺は俺を生かしたまま傀儡にならなきゃ意味がねェ。経絡のみを摘出しろ。他はどうなろうが構わねぇ。俺の体内から取り除きそれを核として作り替える。経絡がそれなりにあり切断可能な場所は何処だ」
「不便しないという意味でなら手と足よ。体中に巡っているからね。少量でいいなら耳はどう?」
「耳だと少なすぎる。先ずは足で行くか…手は必要になる。血管並みに細い経絡を傷つけず体から取り除くことは可能だな?」
「勿論、人の体を使って私に出来ない事は無いわ」

「そうか」


蠍は始終不敵な笑みを見せニヤリと笑んだ。私の場合他人の体を好き勝手に掌握し楽しむ癖はあるが、己の体をどうしようという気にまで陥った試しはない。なにがこの男をそこまで突き動かすのか。興味はないが、茫然と気味が悪いと、そう思った。

手術の準備を進める際に話しかけられる。振られた話題と言えば医学の専門知識のみ、それも直球に聞くのではなく記憶を引き出すように、さり気無く尋ねてきた。未だにこの男は私の腕を信用していないらしい。疑り深さに次第にイライラする。人というのは臓物は温かく柔らかく綺麗だというのに、こんなにも気性は面倒なモノなのか、と初めて体感した瞬間だった。