ツインタワービルの社長、常盤美緒の秘書である沢口さんの案内でショールームへと足を踏み入れた私達は、その設置されたコンピューターの多さに感嘆の声を上げた。「TOKIWA」といえば主にパソコンソフトに重点を置いているが、コンピューター関係の仕事ならなんでもしているらしい、という博識な光彦くんの話通りショールームには見たこともないゲーム機器やコンピューターが所狭しと並んでいる。「これは面白そうなものがいっぱいあるの〜」そういう博士の頬は緩みっぱなしだ。自称凄腕の発明家としての血が騒ぐのだろう。少年探偵団に混ざってキラキラと瞳を輝かせている姿がなんだか可愛らしい。くすくすと笑っている私に気づいた博士が羞恥からか、誤魔化すようにごほんっと一つ咳を払った。
「ねぇねぇ、これなんだろう?」
「ゲーム機器、ですかね?」
「やってみるかい?」
座席がふたつ。その間に液晶画面が設置されている機械に興味を示した少年探偵団に、爽やかな笑顔で応えたのは「TOKIWA」の専務取締役でありプログラマーの原さん。なんでも彼は最新ゲームのプログラムを担当しており、ここにある機械の大半は原さんのプログラムによって創り上げられたものばかりらしい。「これはね、コンピューターが10年後の未来の顔を予想してくれるんだ」にこやかな表情から吐き出された言葉に、ゆるゆると緩んでいた頬がぴしりと固まった。まるで冷水を浴びせられたように急速に身体が冷えていく。ああ、これはまずい。嫌な予感に冷や汗が背中を伝ったのはどうやら私だけだったようだ。まずは阿笠博士と歩美ちゃん。白けた表情を向ける毛利さんの前をゆっくりと抜けてそっと近寄る。ねぇ、コナンくんと哀ちゃんはどうするの?どうする...ったーて、どうもしねぇよ。やるわけないでしょ。掌に汗まで握る私とは違い、ふたりはなんとも冷静だった。なんでそんなにも落ち着いて見ていられるのか。目前に迫るまで危機感が湧かないのか、それとも地獄を潜ってきた経験値の差なのか。どちらにせよ、小心な心臓しか持っていない私と強靭な心臓を持つ彼等とは違うのだと、まるで透明な分厚い壁に阻まれたようで、すこしだけ息が詰まった。「そう、だよね」吐き出す吐息はへらりと浮かべた笑みに乗せて、バレないようにゆっくりと。そわそわと焦る自分が馬鹿みたいだ。歩美ちゃんと阿笠博士の10年後の姿を映した写真を見に、背を向けた二人を笑顔で見送る。10年後。たとえ、イメージから再現されるとしてもそれが本来の姿と似通ったものになるのは間違いない。もし本来の姿を見抜いた機械が、20年後を映したとしても工藤くんの顔を忘れていない限り(彼女が工藤くんを忘れるだなんて、天と地がひっくり返るくらい有り得ないことだけれど)、気付かれるだろう。哀ちゃんだって、本来の姿を物として残すことは追われている身な以上危険なはず。忘れられているかもしれない私とはそもそも土俵が違うのだ。それでも、どんなに遠くても置いていかれたくはないなと叫ぶ心臓は正直で。歩美ちゃんの未来の写真を眺めている彼らと少し離れた、阿笠博士にゆっくりと足を向ける。これがきっと同じ境遇ではあるけれど、同じ土俵には立てない私と彼等に相応な距離なのだ。
「ねぇ、なまえちゃんみて!」
「歩美ちゃん、凄く可愛くなるんだね」
「なまえちゃんはしないの?」
「私よりもみんなの未来の姿のほうが気になるかな」
阿笠博士の現在と全く変わらない姿の写真を覗き込んで「博士はまだまだ若いってことだね」なんて笑っていた私は、腕を引っ張り弾んだ抑揚で声を掛けてきた歩美ちゃんのその表情に僅か目を細めた。頬を赤らめ喜々として写真を広げた歩美ちゃんは、可愛いの単語に花が咲くように笑う。私が手放した感情を素直にさらけ出す歩美ちゃんの純粋さがすこしだけ羨ましい。写真に映る未来の歩美ちゃんは今の可愛らしいさを残したまま、大人っぽく成長していた。蘭ちゃんとはまた違った可愛さだ。きっと守ってあげたいと思うのはこういう子なんだろうな、なんて胸中で呟く。素直で、純粋で太陽のように笑う女の子。弱さすら全て吐き出して、それでも芯が強いのが歩美ちゃんだ。それとは違う強さを持っているのが蘭ちゃん。ボロボロになるまで弱音も吐かず何があっても信じて笑顔で受け入れる、そんな女の子。「守ってあげる」の言葉に頬を赤らめて純粋に笑むのが歩美ちゃんで綺麗な涙を浮かべるのが蘭ちゃん。私が男でもこういう子を選ぶだろう。こんなに可愛くていい子そうそういない。彼女達の近くにいればいるほど、自分の醜さが浮き彫りになって嫌気が指すけれど私もそんな彼女達に魅了された内のひとりだ。「えー!歩美、なまえちゃんの10年後の姿すっごく可愛いと思うんだけどなぁ」眉を下げて残念だと表情を歪めた歩美ちゃんにそんなことないよ、と苦笑で返す。外見の基準は人それぞれで、私にとったら園子ちゃんだって凄く綺麗だ。友達想いの優しい女の子。人の表情を伺って貼り付けたような笑顔しか浮かべない私には太陽にも負けない笑顔を魅せる女の子達が眩しく、なによりも輝いてみえる。そんな子達と比べるのすら申し訳ないくらいだ。自分のどこに可愛い要素があるのか疑問である。だからこそ、好きだと言ってくれた快斗くんの言葉が未だに信じられずにいるのだけれど。
「あの、みょうじさん。これ、僕の10年後の姿なんですけど...」
「うん、光彦くん今よりもっと凛々しくなるね。素敵な男の子だ」
「あ、ありがとうございます!さっき、歩美さんと話してたの聞こえて気になるって言ってたので...」
「...そっか。やっぱり光彦くんは優しいね、ありがとう」
「え、っ!っはい!」
そうっと伺うようにかけられた声に振り返れば、申し訳なさそうに眉を寄せながらもどこかソワソワと落ち着きがなく瞳を左右に泳がせている光彦くんの姿。やんわりと用件を問えば、手渡された一枚のつるつるとした用紙にピンと来た。せっかくの10年後の姿だ。意見を貰いに来たのだろう、その子供特有の好奇心溢れる行動に可愛いなぁなんて大人になるにつれて随分とささくれた心が和む。写真の光彦くんはキリリとした眉毛が凛々しく知的で、好感の持てる素敵な男の子に成長していた。うん、かっこいい。コナンくんや元太くんに見せる悪戯っ子の笑顔も、歩美ちゃんや哀ちゃんには照れたようにはにかむ表情もきっと高校生になっても健在なのだろう。こうして少年探偵団の成長を近くで見れなくなるのもなんだかすこし寂しいな、なんて。表情が曇っていたのだろうか、慌てて口を開いた光彦くんの言葉に思わず目を瞬かせる。普段、行動的ではない光彦くんだけれど10年後の自分の姿に浮き足立って意見を貰いに来たのだと思っていたのに。ああ、そうだった。彼はコナンくんや快斗くんのように人の感情や気配に鋭敏ではないけれど、誰よりも周りを見ていて人の為に行動できる男の子だ。機械に乗るのを拒むために吐いた言葉。聞かれていても、まさかそれだけの為に声を掛けてくれるだなんて思ってもいなかった。どんな評価を貰うのか、興味と恐怖の狭間に揺れて羞恥すら凌いで、写真を見せてくれた彼の優しさに胸が詰まる。視界の端では、機械に乗り終えた園子ちゃんと蘭ちゃんの写真を囲む皆の姿が映っていたけれど、人の優しさに触れたことでじわりと滲み出した視界を細めて優しい彼に笑顔を向けた。どうしよう、自分で思っているよりも参っているのかもしれない。見てくれている人がいる、という事がこんなにも嬉しいだなんて。これじゃあ快斗くんに会ったらどうなるんだろう。ボロボロと泣いて甘える自分の姿を想像して小さく頭を降る。どうせ頑固な私はそれでも笑うのだろうと、行き着いた答えに苦笑をこぼした。
「よし、次は灰原とコナンだ!」
「私はいいわ」
「俺もパス」
「なんだよノリ悪ぃな〜!みょうじは?」
「私もやめておくよ」
予想していた誘いに、ひらひらと手を振って応えた哀ちゃんと躊躇なくばっさりと一蹴したコナンくんに乗じて、元太くんからの視線を一身に受けた私も苦笑で拒否を示す。10年後は工藤新一、宮野志保、みょうじなまえの姿になるのだから機械に乗れば確実にアウトだ。そうでなくとも、自分の姿はできるだけ目に入れたくない。
「10年後のお前のクソ生意気な面を拝んでやる!」そう言った毛利さんに首根っこを掴まれた猫のように持ち上げられ、あっという間に座席に放り投げられたコナンくんの姿に背筋が凍った。隣の座席には元太くんと光彦くんにより哀ちゃんが座らせられている。ああ、どうしようどうしよう。嫌な予感ほど当たるものだとよく言うけれど、こんな時に当たらなくてもいいじゃないか。ヘルメットのような顔を感知する機械がふたりの頭上に降りてくる様子にいよいよ血の気が引いた。どこをどう弄れば止まるのか、プログラマーの原さんにしか分からないことが機械音痴の私に分かるはずもない。どうしよう、そればかりが頭を占めてわたわたと焦燥のままふたりを繋ぐ機械の周りをくるくると歩き回っていた私はロープのような太いコードに足を引っ掛け、体制を崩したまま頭から地面にみっともなくすっ転んだ。同時に、ブーブーと機械音が鳴り響き「エラー!エラー!」と耳に残るような音声がけたたましい音をあげる。よく分からないけれど、どうやらエラーになったようでコナンくんと哀ちゃんの10年後の姿は写真に映し出されなかったようだ。大小様々な配線だらけの機械の後ろでほっと胸を撫で下ろす。良かった。
「ったく、何やってんだ」
「なにも、したつもりはないんだけどね、絡まって抜け出せないの」
「さすが運動音痴」
「運動音痴じゃなくて機械音痴です」
暫くすると機械音は止んだ。大きい機械の後ろで転んだ私には誰も気づかなかったらしい。ああもう鬱陶しいな。ひとり、ごちゃごちゃと足に絡まった太いコードや細いコードと奮闘していた私と、機械から居りたコナンくんの視線がばちりと合わさる。呆れた表情を隠すことなく浮かべたコナンくんは、ため息ひとつ。ゆっくりと近づいてきて配線に絡まった私の足元にしゃがみこんだ。どうやったらこうなんだ、毒づきながらも足に絡まるコードを解いていく手つきは優しい。ああ、ズボン履いてきて良かった。そういえば、こうして彼を近くで見るのは久しぶりかもしれない。ふわふわと浮いた心地でじっと彼を眺めていたら「ぼーっとしてねぇでおめーも手伝えバーロー」とのお咎めに、漸く置かれている状況を認識してだんだんと頬が熱くなる。うわ、近、い。あまりの近さに思わず身体を仰け反らせたら壁にごつんと頭をぶつけた。痛い。じんじんと鈍痛を訴える患部に生理的な涙を浮かべて悶えていたら、小さく空気が揺れた。「おめーってよぉ、いつも作ったような胡散臭い笑顔しか見たことなかったけど、そういう顔もできんだな」滲んでいた視界が一気にクリアに変わる。痛みすらどこかへ吹き飛んで瞬きすら出来やしない。私だって人間だ。しかも自覚があるほど弱虫で小心者。怖いと思えば震えるし、危険に晒されれば焦りもする。怪我をすれば痛いと涙を浮かべたりもする。そうじゃない。彼にはずっと見透かされていたのだ。誰にも気づかれない様、深い深い奥底で弱音も涙も寂しさもひた隠して張っている虚勢も全て。青く澄んだ綺麗な瞳に見据えられ、どきりと心臓が嫌な音を立てる。誰にも聞かれず、いつもは距離を置くように作っている壁も崩れ、ふわりと誤魔化して去ることもできないこのタイミングは図ったようにしか思えない。なんてずるい名探偵だ。これだから侮れないな、なんて心中でボヤく。小さい頃から自分を守るために身につけ、身に染みた笑顔は私ですらもはや判断がつかないほど。全て胡散臭く見えるのならポーカーフェイスはまだまだ自負していいようだ。私だって、痛みは感じるよ。へらりと笑えばほら、それだっつーの。綺麗な青い瞳にじっと捕えられる。
「おめーがその気なら助けてって言うまでこれ、解いてやんねぇぜ?」
「え、それは、凄く困る、かな」
「だったら、言えよ。...おめー人に助けてって言ったことねぇだろ」
「う、」
なにを言い出すのかこの名探偵は。喉の奥が支えてなにも告げられない私を肯定と捉えたコナンくんは、一挙一動見逃してはやらないと金魚のようにぱくぱくと空気を吸うだけの唇に視線を定めたまま動かない。諦めてぴったりと唇を縫い付け、奥の奥、全てを見透かすような綺麗な瞳から逃れる為に顔を逸らした私の耳は、深く息を吐く音を拾った。「...たまには誰かに甘えんのも悪いことじゃねぇぜ。心配してる奴だっていんだからよ」そう言って視線を向けた先は想い人を信じて待ち続ける健気な人。ああ、そうだ。いつだって彼は彼女のために動くのだ。自惚れるな、逆上せあがるな。彼が私の為にと放った言葉じゃないのだから。誰よりも鋭く誰よりも鈍い彼のことなんて分かりきっていたはずなのに、彼のたった一言で簡単に期待で浮上する自分にはもう辟易だ。「工藤くんだって、人のこと言えないよ」はやく、彼女を安心させてあげて。彼女が待っているのは私なんかではなく、貴方なのだから。そう言った私に彼は乾燥して痛むのではないかと思うほど目を大きく見開いて、ゆるゆると瞳を戻した後、少し悲しげに微笑んだ。
「...そん時はおめーも一緒だよ」