大きな窓から見えるのは、腕を組んで仲睦まじく歩くカップルや子供を間にゆっくりと歩く微笑ましい家族だったりと人通りは賑やかだ。こんなにいい天気ならあまり溜まってはいない洗濯物を干してくれば良かったかな、なんて心地よい温度を保つ室内でずるずるとストローを啜りながら、先程から口を開いたり閉じたりとなかなか切り出さない光彦くんに視線を戻す。昨日、ツインタワービルで声を掛けられた時と同様、深刻げな表情。同じ小学生でも一緒に暮らしているコナンくんからは相談なんて受けたことがないからか、正直こうして頼ってくれるのは嬉しいし子供ながらに悩みを持っているのは失礼だと思いつつも微笑ましい。吸っては吐いて。二度、深く呼吸をする光彦くんの姿に慌てて表情を引き締めなおす。いけないいけない、小学生だからと甘くみてたら駄目なことはコナンくんから学習済みだ。そう、真剣な面持ちで対峙したのに光彦くんの唇から飛び出た言葉は私の引き締めなおした気をゆるゆると溶かすのに十分な効力だった。

「実は、僕、幼稚園の頃から歩美ちゃんのことが好きだったんです。でも、歩美ちゃんはコナンくんのことが好きみたいで...教えてください、蘭さん!どうしたら蘭さんや新一さんの様に幼なじみ同士で恋人になれるのかを」
「ちょ、ちょっと待って!私と新一は別に...!」

恋人、その単語にすこしだけどくりと心臓が跳ねた。そう、なれたらなんて思っているのは私自身はもちろん親友の園子にだって筒抜けでそれでもふらふらと事件を追って帰って来ない新一にバレる心配はおろか、伝えるのだって難しい。それに、トロピカルランド以降電話ばかりなアイツが無事でいるのかそればかりに気がいって、たまにひょっこりと顔を見せるバカ面に思ってもない嫌味ばかりが口から飛び出して素直になれないでいるのが現状。恋人なんていつなれるのか、それこそ事件が恋人のようなアイツが私のことを好きなのかも分からないのに。けれど、周囲の人から見て恋人同士にみられているという事実にみるみる緩む頬は正直で、隠す為にストローを咥える。あまり待つことが得意ではない私だけどこうして待っていられるのはそれくらい新一が好きだからで、そんなこと私が一番分かってるのだ。

「それに、最近では灰原さんとみょうじさんのことも気になって...」
「え?」
「同時に三人の人を好きになってしまった僕はいけない男なんでしょうか...!」

ぱたぱたと掌を団扇代わりに火照った体温を逃がしていた私は、続く彼の言葉に思わず唖然としてしまう。けれど驚愕にぽかんと惚け、固まった私を窺う不安気な視線に慌てて意識を持ち直した。確かに、幼少から新一だけを想い続けてきた私には些か想像もつかないけれど魅力的な彼女達だから好きになるのも分かる気がする。それに恋は自由だもの。自分でもどうにもならないからこそ連絡も来ず、顔すら見せない馬鹿な探偵オタクをどれだけ辛くて苦しくても待っていられる。理屈なんかじゃない。彼女達に惹かれるのは極々自然なことであり、それだけ彼女達を見ているということで。素敵だな、なんて頬が緩む。けれど、だからといって焦る必要もないのだと朗笑を携え伝えれば曇りガラスを拭いたようにキラキラと輝き出した光彦くん。蘭さんに相談して良かったです!そう言って笑う光彦くんは本当に彼女達のことが好きなんだと思う。私みたいに縮まらない距離がもどかしくて、足踏みをするのはもうすこし年を重ねてからでも遅くはないのだ。うっすらと笑んだ私はふと、脳裏に浮かんだ彼女の姿に折角だからと身を乗り出す。

「ねぇ、聞いてもいいかな?光彦くんからみてなまえちゃんってどんな子?」
「そうですねぇ…灰原さんは大人っぽくて博識でミステリアスって感じがしますけどその反面、みょうじさんは優しくて凪のように穏やかで、僕達がどんな危険なことをしても「怪我がなくて良かった」と言って笑顔で受け止めてくれるんです。ですが、僕は彼女が困ったように笑う度にどこかへ消えてしまうんじゃないかなんて、そんな風に感じるんです」

やっぱり良く見ているんだな、なんて感心すらしてしまう。的確かと問われれば曖昧に濁すくらいなまえちゃんと接する機会は少ないけれど、にこにこと慕ってくれる彼女はたまに親友を彷彿させて辛くなる。だって、なまえは植物状態なのだ。あの推理バカはどこかでのうのうと生きているのは知っているけれど、なまえは面会どころか入院先すら教えて貰えず園子の権力に縋ってみても行き止まり。生きているのか、考えたくもないけれどそれこそもうこの世にいないのか。はじめて泣きついた受話器の先で「アイツのことは忘れちまえ」なんて残酷な言葉を投げつけた、幼なじみのやけに悲痛な声色はいまだって鮮明に思い出せる。だからってそう簡単に忘れられるわけないじゃない。そう強がってみたものの、新一と違い電話もなく姿もなく生きているのかも分からない相手を想い続けるのは辛くて悲しくて苦しくて。強ければ、とどんなに思ったことか。日に日に薄くぼやけていく彼女との思い出。けれど、なまえの困ったように笑う儚い笑顔だけは忘れられることはできなかった。だって、忘れないでというように彼女が同じ表情で笑うのだから。

「…私もね、なまえちゃんみたいに優しくていつも悲しそうに笑う女の子知ってるんだ」
「蘭さんにそんな友達がいたんですか?」
「そう、だけどね会えなくなっちゃって」
「…とても大切な方なんですね!」
「すっごく大事な親友よ!」

園子や新一に対してタブーになっていたなまえの話題を吐露できたことですっきりとした私は、同様に吹っ切れた光彦くんと笑い合う。そう、たとえ会えなくても大切だと思う気持ちは変わらない。今はそれだけで充分じゃないか。そうして光彦くんと別れた私は、約束していた歩美ちゃんの相談を受けに行ったのだけれど。2度目の衝撃に、思わずコップを落としそうになった。


____



「だーから!コナンくんに好かれてるみたいなのよ、私」

珍しく掛かってきた新一からの電話に久しぶり、なんてそんな生暖かい言葉すらかけず早速今日あった出来事を報告する。普段なら嬉しさがじんわりと胸に浸るそれにも勝るほど、歩美ちゃんの爆弾が頭痛を引き起こすくらい衝撃的だったのだ。「な、何言ってんだよ!好きじゃねーよバーロー!」そう受話器の先で照れたように慌てて取り繕う新一に「ん?どうしてあんたにそんなこと分かるのよ」なんて見えるはずもないのに思わず怪訝な表情を浮かべてしまう。コナンくんに好かれていることはもちろん嬉しい。けれど、それはあくまでも同居人や保護者、弟ととして向ける感情でありそれ以外でもそれ以下でもないわけで。本当に歩美ちゃんのいうように恋愛対象として見られているのなら、なんてそんな有り得ないことを想像してしまうのは真剣に言い放った歩美ちゃんの表情のせいだ。いや、でも確かにコナンくんってすこし大人っぽいところもあるし、まさか、ほんとに、なんてそんな堂々巡りにぐるぐると回る胸中をこうして推理オタクに相談しているわけだがこのバカは真面目に耳を傾けてはくれない。麻疹だの、気にすることねぇ、だの適当に丸め込まれる前に真面目に考えてよね!と罵声を浴びせる。

「だ、だったら変な嘘つかねぇで自分に正直になるんだな」

自分に正直に。予期しなかった難解に首を傾げる。相談にも解決にもまったく繋がらないけれど、それでもなぜかそこの言葉は私の心根に深く突き刺さった。だって私は一度も素直になんてなれていないから。会いたいとも、ましてや気持ちなんて伝えられる訳もなくずっと燻っているだけで足に根っこが生えたように一歩も進めていない。それでも自分の気持ちに正直になれだなんて、元凶のくせにどの口が言うかとすこしだけむかむかしてしまう。どうせ会いたいって伝えても会いに来てくれないくせに。喉まででかかったそれを唾液に絡めて嚥下する。名探偵の言う解釈とは違うかもしれないけれど、無性にむしゃくしゃとしてギッと受話器の先にいるアイツを睨みつけた。「じゃあ言わせて貰うけどね!」鼻息と共に吐き出した声は、徐々に風船のように萎んでいく。遂には掠れた音となったけれど、それでも新一には届いたようだった。

「…私、なまえに会いたいよ」
「…蘭、おめー…」
「ううん、せめて生きているのかどうか教えてほしいの。だってなまえが生きてればまた会えるじゃない」

震える手で受話器を握りしめ思いの丈を吐露すれば無機物の向こうからはぁと長い吐息が聞こえた。「それ、聞かせてやったら喜ぶだろーぜアイツ」そういった新一の声色は酷く穏やかで、目尻を下げて優しく微笑む希な新一の笑顔が脳裏に過ぎる。え、新一、それどういう、そう困惑する私を他所にまたな、なんて一方的に切れた通話にもう!と受話器を乱暴に置いた。まったくいつも勝手なんだから。結局、ちゃんとした返答は貰えなかったけれど先程よりも胸は軽い。なまえの話題に触れて怒るどころか笑った新一のことだけでもいい収穫だ。がちゃり。タイミングよく帰宅したコナンくんに「今日のご飯なにがいい?」にっこりと微笑めば「蘭姉ちゃん、なんかいいことあった?」なんてきょとんとした幼い顔が見上げてくる。いい事、うん、いい事だよね。だってこれからはもうひとりで悩まなくてもいいのだ。新一になまえとの思い出話を耳が痛くなるほど聞かせてあげられる。ふふふ、と微笑む私にコナンくんから怪訝な視線が向けられているのも気づかない。この時には、光彦くんと歩美ちゃんからの相談もすっぽりと抜け落ちていた。

「あ、そうだコナンくん!今度晩御飯一緒に食べようってなまえちゃん誘ってくれないかな?」
「え、どうしたの急に」
「私も、なまえちゃんともっと仲良くなれたらいいなって!」