ガヤガヤと煩わしい声に意識が浮上する。鉛が乗っている様に重く軋む身体に、もう少しだけ寝かせてくれとボヤいた声が酷く掠れていた。あれ、私なんで寝てるの。必死に記憶を手繰り寄せていた私の耳に「俺は坊やじゃない!高校二年生だ!」と怒号が通り抜けていく。次いで馬鹿にしたような笑い声。ここ、どこ。漸く瞼を持ち上げることに成功した私はもぞもぞと身体を起こす。ツンとする独特な匂いにここが医務室だと云うのは分かったが、はて。なんでこんなところに?

「起きたかい、お嬢ちゃん」

んーと唸る私に刺さる幾つもの視線に思わず身体がびくつくのは条件反射だ、仕方ない。生まれて此の方こんなに1度に視線を受けたことなんてあるわけないじゃないか。萎縮する私に「大丈夫、怖がらないで」なんて子供に接するかの様に優しい言葉を掛けてくる警官に、お嬢ちゃんって誰のことだとか言いたい事はいろいろあるけど頷くだけに留めておく。なんであんなところにいたんだい?と聞かれた途端に黒ずくめの男が脳裏を過ぎって慌ててベッドから飛び降りた。身体が痛いだとか言ってる場合ではない。まさか私だけ生き残ったとかそんな訳...姿が見えない工藤くんに血の気が引いていく。待ちなさい!と慌てる警官の声も右から左に扉まで駆け出すも、コンパスの差かあっさりと背後から捕らえられてしまった。離して下さい!工藤くんが!と暴れる私なんて容易だと言わんばかりに軽々抱えあげられてしまう。...ん?抱えあげられた...?まてまて、確かに蘭ちゃんみたいなスリムで豊満な体型でもないけれど一応これでも列記とした高校二年生の女の子のつもりだ。そんな片腕でひょいっと荷物のように抱えられるほど貧相な体型でもない、はず。

「工藤、くん...?おめー俺を知ってんのか?!」
「え、君たちお友達?」

お友達?尋ねられて、警官に抱えられた私の足元でなにやら叫んでいる頭に包帯を巻いた小学生くらいの男の子を見下ろす。どう転んだって人と接することが苦手で、友人と呼べる人が数えるほどしかいないこの私に小学生のお友達がいるはずがない。だけど確かにこの子は工藤くんを知ってる様子だった。もしかして工藤くんの弟さん?彼の帰りが遅いから探しに来た?気を使ってか、話しやすい様に下ろしてくれた警官にお礼を述べて男の子に向き直る。向き直ったところではた、と気づいた。目線が男の子と一緒...いや、私のが僅かに低い。え、まって。凡庸な頭脳しか持ち合わせていない私には全くもって理解が追いつかない。慌てて近くにあった鏡に走り寄る。小学生の頃の自分と瓜二つな女の子とバチッと視線が交差した。首を傾げれば首を傾げる。手を上げれば手を上げる。同じ動作を繰り返す少女に何がいえよう。言葉もなく膝から崩れ落ちる私の後ろにいた男の子と鏡越しで目が合った。工藤くん、声にならず唇で伝える。読唇術なんて芸当まで持っていたハイスペックな彼は「おう」と二つ返事で頷いた。たぶん彼は私のことなんて知らないだろう。あの場に居合わせたのすら気づいていないかもしれない。それでも構わなかった。堪らずぎゅっと抱き着いた私にうおっと足を踏ん張って体制を整える彼が、生きてて良かったと、温もりを肌で感じて不安でざわついていた心が落ち着いていく。良かった、ほんとうに良かった。うわ言の様に呟く私に何を思っているのかは計り知れないけれど、ぽんぽんと慰めるように頭を撫でる手は酷く優しい。心臓が凍りつくかと思った。私だけ生きて、工藤くんがこの世からいなくなっていたらなんて考えたくもない。助けられなかった後悔。私だけ生き残った罪悪感。誰にも顔向けできず、ましてや蘭ちゃん達と友達でいられるわけもなく自責の念に駆られて塞ぎ込む姿が目に浮かぶ。たとえ姿が違っても彼女ならきっと受け入れてくれる。彼女の笑顔が奪われなくて良かった。ふたりの未来が消えなくて良かった。彼の肩に額を押し付けながら彼の存在にどうしようもなく安心したのだ。今だけはどうかこの小さな躯に縋ることを許してほしい。