目前に聳え立つ建物を見上げて、手にしていた温かいピザを投げ捨てて思わず頭を抱えたくなった。頭を鈍器で殴られた様な感覚。嘘だろ…、口から漏れた小さな呟きは風によって掻き消えるほど覇気が無い。いやいや、落ち着け。んな馬鹿なことあってたまるか。毛利探偵事務所とでかでかと主張する看板を眺めながら乾いた笑いをこぼす。きっと違う毛利さんだ、そうに違いない。そう言い聞かせては見るものの階段を上がる足取りは重い。ああ、もうまじでこのピザ投げ捨てて今すぐ家に帰ってくだらないお笑い番組でも観ながらビール飲みたいんだけど。ずっしりと重くなったピザを恨みがましく睨みつけてちくしょうと小さく舌を打つが、ガミガミと文句を言っている上司を脳内に思い浮かべて諦めの溜息を吐いた。はいはい、仕事しますよ。すればいいんだろこんちくしょう。暑さのせいだけではないじわりと滲んだ汗を拭い、苛立ちを込めて呼び鈴を押す。 「すいませーん、ピザお届けに参りました」 …よりによってコイツかよ。自分よりも随分と目線の低い場所にいる人物にヒクリと口元が引き攣った。いや、せめてさ、よれよれの背広を着た無精髭のおっさんとか其処らの男よりも強い一途な女の子だったら世の中似た様な奴がいるんだな、で済むのにこれはいい加減現実を見ろってことか真実はいつも一つだもんなこのやろう。思わず出かかった舌打ちを唾液と共に飲み込み、にっこりと営業スマイルを貼り付る。 「誰か大人の方は?」 「いまおじさん手が離せなくて、変わりにぼくが」 「んじゃあ、はい」 どうやら第二の人生はかの有名な漫画の舞台だと信じるしかないようだ。正直、俺の持ってる知識は有名だからこそ知り得た情報くらいで、いくら漫画の舞台で数十年過ごそうがピンとこないのも仕方がない、と思う。とにかく、これを渡し終えたらもう一生関わることもないだろうと投げる様にお釣りを小さな手に乗せて踵を返す。 「あ、お兄さん」 なんだよまだ何かあんのかよ。やっと解放されたと思った矢先に呼び止められ、気怠げに横目で見やった俺に小さな探偵はとんっと自分の首筋を指差し目を細めた。 「それ、キスマークって言うんだよね?隠した方がいいんじゃない?」 「…ほっとけ、マセガキ」 だいたい小学生がする表情じゃねぇだろそれ。憎たらしく微笑む中身高校生を尻目に今度こそ階段を降りる。途中で付けた煙草の煙が風に乗って空気に拡散するのを眺めながら、なんで俺なんだと独りごちた。 |