毛利が抽選で当てた新鋭イージス艦「ほたか」の体験航海。運も体術も強い毛利と押しが強い園子によりまんまと連れ出された俺は呆れる程押しに弱いと思う。毛利探偵と毛利と園子、哀ちゃんを除く少年探偵団の面々と長い列に並び、連絡手段さえ奪われた俺は泣く泣く対空対潜戦闘の訓練を受けていた。まあ、普段滅多に乗れない画期的な装置を搭載するイージス艦に入艦すること自体貴重な体験で、立っているのはイージス艦の心臓部である戦闘指揮所。急遽、バイトを変わってもらった斉藤には悪いが折角だし楽しむ事にする。まるで、教科書を読むような事務的な指示が飛び交うCICに興奮しているのは光彦くらいで、先程講習で微睡んでいた毛利探偵は疎か歩美ちゃんや元太には響かない。ゲームみたいだな、なんて自分達がどれだけ稀な体験をしているのか自覚していない歩美ちゃんと元太の言葉に思わず苦笑を零す。では、以上をもちまして訓練は終了です。今回の体験航海を担当する井上航海長の指示に不満を漏らすのは物足りなさからか。えーもう終わり?なんて小さい唇を尖らした歩美ちゃんにまあ訓練だからな、と苦笑いしてその小さな頭を撫でる。井上航海長に促されるまま移動をする為に踵を返した全員の足は、機械が探知した未確認物体により留まった。

「アルファ目標探知、方位五度、距離八千!」
「生物、自然物の可能性無し!」

突如、レーダー探知機に反応した未知の物体。それにより訓練とは一変し、緊迫した空気が艦内に流れだす。指示により停止した戦艦を不審に思うのは少数で、毛利探偵も迫力が出てきたなぁなんて嬉々としているようだ。発光信号弾まで打ち上げられ、益々疑念に拍車が掛かる。

「凄くない?あの光、本物かな?」
「まさかぁ、ね、なまえ?」
「ん?ああ、訓練だろ、訓練」

興奮し手が痛くなる程、拍手をする園子とどこか腑に落ちないながらも演習だと信じている毛利の問いかけに、あっけらかんとした口調で応えるも眉間の皺は深くなるばかり。上着の袖に四条の線を持つ艦長がCICまで出向いた事により疑心は上昇をたどる一方で。万が一、イージス艦に攻撃する敵艦が本当に現れたのだとすれば。たとえ高度な装置を搭載するイージス艦だとしても無傷で凌げる保証は皆無。こちらから攻撃しても戦闘を肯定したと見なされる可能性もある事を考慮すれば下手に手出しもできない。ある意味貴重な体験だな、なんて艦長の出方を観察している俺は我ながら図太い神経をしてると思う。まあ一回死んでるし、なんて誰にも言えやしないけど。「対潜先行魚雷発射!」その号令を合図に放たれた魚雷。「少し揺れます。お子さんから目を離さないでください」と落ち着いた口調で述べた井上航海長に、狼狽える少年探偵団の首根っこを捕まえて傍に近づける。

「とりあえずお前らは俺にちゃんと掴まっとけよ」
「ありがとう、なまえお兄さん!」
「俺たちちゃんとひとりで立ってられるよなぁ、光彦」
「でも僕達子供ですから、なまえさんに掴まってたほうが安全ですよ」
「怪我されたら困んのは俺なの。いいから大人しく掴まっとけ」
「あんたガキンチョ共にだけやけに優しくない?か弱い私らは転んで怪我してもいいってわけね」
「残念ながら、お前らの面倒まで見切れるほど頑丈でもないんでね」
「それもそうね。ひょろいあんたより蘭に掴まってたほうが百倍も安全だわ」
「...お前なぁ」

園子の言うことは最もだ。俺だって女だったら毛利に掴まりたいくらいだけど、男のプライドとして女よりも貧弱だと思われるのはなんだか癪に障る。そもそも毛利と比べられたらどんなに強靭な肉体を持つ男でも一撃だろう。天秤に掛けるだけ無駄だ。毛利を挟んでジト目を送る俺には何処吹く風で、「怖いわよね、蘭。蘭もなまえくんに掴まらせてもらえば?」なんて嫌らしい笑顔を貼り付けだした園子にひくつく口角。最初からそれが狙いか。訓練だからと怖がりはしないが、それでも艦内の異常な空気に僅かにでも不安を感じていたのだろう。わ、私はいいよ!なんて強がりながらもちらりと窺うような視線に小さく息をつく。園子のニヤついた笑みを更に深めるのは癪だが、ほっとけないのは自分の性。ほら、と差し出した腕に照れ臭そうにしながらも嬉しそうに笑う毛利。ゆっくりと腕を絡めた毛利の姿に、可愛いな、なんて不覚にも思ってしまった自分に頭を振って衝撃に備える。

「なんだあれは潜水艦か?」
「いや、違う...漁船...難破船か?」

魚雷を撃ち込んだ余波により揺れたイージス艦。左右に煽られる身体を踏ん張って、子供らの肩を支える。漸く収まった揺れに、大丈夫か?なんて心配も杞憂だったようだ。凄い揺れでしたね!かっこよかったな!なんて興奮に顔を赤らめる探偵団に苦笑する。まあ怪我がないのがなによりだけど。それにしても、と見上げた先はCICに設置された大画面。写っているのは先程レーダー探知機で反応した未知の物体。どうやら、ただ潮に流されただけの廃船だと艦長の判断によりこちらも杞憂に終わったようだ。終わったのか?毛利探偵の言葉に安堵の表情を浮かべた井上航海長が肯定する。「はい、以上を持ちまして対空対潜戦闘訓練を終了します」滲んだ汗を拭うことせず、訓練だと言い切って笑顔を向ける井上航海長に流石だななんて敬意を評して拍手を贈った。


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航海長に案内され甲板へと移動した俺たちはオレンジ色の厚い救命胴衣を身に付けイージス艦の船首を堪能していた。ヘリコプターが着陸出来るよう計算されて造られた甲板は長く、それほど大きい。本来であれば見られないイージス艦内に感嘆の息をつく一同と一緒に甲板を見渡していた俺の視界に、先程対空対潜戦闘訓練の大きな揺れの際にひとりで柱にしがみついていた少年が入った。どうやら勇気くんというらしい少年は、父親と一緒にイージス艦体験航海に来ていたようで。子供を放置するなんて俺の父親みたいだな、なんて呆れを滲ませて見やっていた視界に眼鏡のガキが映り込みげっと表情を歪ませる。ああ、もうどやされるこっちの身にもなれ。「勇気くんって言うんだよね?」名探偵も不審に思っていたのだろう。あの時、お父さんいなかったから見つかって良かったね、なんて含んだ言葉を吐いてにっこり笑う名探偵に、トイレに行ってたんだよ、と朗笑を携えて勇気くんを引っ張って行った父親。優れない勇気くんの表情に不審が残るも、尚も彼等を追跡しようとした眼鏡のガキを引っ捕まえるのが先だった。

「ばか、お前がどっかに行ったら俺が怒られんだっつーの」
「...なまえ兄ちゃん、でも、」
「気になんのは分かるけどさ、事情があるんだよ。それに、」

毛利探偵に怒られても知らねーからな、そう言い切る前に首根っこを捕えられ宙に浮いた名探偵。ほらやっぱり。もはや定番とかしたそれに呆れればいいのか憐れめばいいのか。毛利探偵のお小言に表情を歪めていた眼鏡は逃れる為か、はたまた本当に不思議に思ったのかは定かではないがあーっと突然奇声を発する。「女性の自衛官だー!」なんて興奮を孕んだその発言に逸早く反応したのは言わずもがな。キリリと表情を引き締め手を握る毛利探偵の変貌ぶりにはお手上げだ。毛利に叱責を受けている毛利探偵を尻目にカメラを構えた眼鏡のガキ。写真を一緒に撮ってもらう、そのお願いに渋りをみせていた自衛官だったが眼鏡のガキに言いくるめられて諦めたようだ。「ほらなまえ兄ちゃんも入ってよ」そう言って笑う名探偵はなにを考えているのか。生憎、平凡な俺には分かりもしないけれど、その探究心には毎度感服する。

「ねぇお姉さんはここでどんな仕事してるの?」
「私は...、みんなの食事を作っているのよ」

小走りに近寄ってきた眼鏡のガキにどこか戸惑いの表情を浮かべながらも応えてくれた自衛官。女性の自衛官は珍しく、そして彼女の袖章の階級は艦長クラスの四条の線。そんな彼女が調理を担当しているだなんて有り得るのだろうか。会釈をして颯爽と踵を返した自衛官の背中に小首を傾げる。謎な人だな、なんて訝しげに彼女を見送れば、彼女に名刺を渡そうと救命胴衣に腕を突っ込んだ毛利探偵とぶつかった。おう、悪いななまえ。それだけを告げて、宙に舞った名刺にも般若の表情で睨んでいる毛利にも見向きせず彼女を追いかけた毛利探偵の背中に失笑を零す。ありゃ毛利が怒るのも分かる気がするな、なんて。尻餅をついた俺の頭上から陽を浴びてキラキラと輝きながら落ちてきた悪趣味な名刺。足元に落ちていた金色のそれを一枚、こっそり頂いたのは俺だけの秘密だ。