ふわぁと噛み切れなかった欠伸を溢し、泣いている空を頬杖を付いてぼんやりと眺める。室内に響く、カリカリと筆を走らせる音と駄々をこねた子供の様に泣き止まない空の涙が窓に反射する音、コツコツと教師の巡回する足音が嫌でも耳に入り、既に埋め切った答案用紙を下敷きにして机に体を突っ伏した。何が悲しくて23歳独身が高校生をやり直さなくちゃいけないんだか。前日の席替えで幸運にも引き当てた一番後ろの窓際の席でゆっくりと息を吐く。幸か不幸か、住む世界と年齢が違うというだけで、容姿も名前も前世と全く変わらない為違和感なく過ごせてはいるけど。

「...ついてないな」
「え?」
「いや、お天気お姉さんに騙されたなって」

いつの間にか騒がしくなっていた教室に思考に浸かりすぎたと小さく舌を打つも目敏く反応した前の席の山田に軽く手を振って適当にやり過ごす。

「なんだ、傘忘れたのかよ。女にでも入れてもらえばいーんじゃね?」
「うっせー」

ニヤニヤといやらしい笑みを顔面に貼り付け身体を向けた山田の頭を強めに小突いて、財布と携帯と筆記用具だけ無造作に突っ込んだ些か学生の鞄とは思えない程軽い荷物を片手に席を立った。

「え、帰んの?」
「バイト」

じゃなきゃ食えていけないんで。きょとんとこちらを見上げている山田に向けてひらひらと後ろ手に手を振りながら扉へと足を運ぶ。たまには付き合えよなー!と吠える山田の声を背中で流しつつピシャリと扉を閉めてやった。

すれ違う知った顔に軽く挨拶を交わしながら薄暗い廊下をぼんやりと歩く。あー冷蔵庫なんかあったけな。特売いつだっけ。脳裏に今夜の献立を想像してはすれ違いざま同級生の帰りスタバよろーぜ!なんてはしゃぐ姿に羨ましいと嘆く。唯一仲がいい山田の誘いも尽く断り続けバイトに明け暮れる日々にそろそろ休息が欲しいところだ。貧乏学生辛い。
明日は久々の休みだし偶には付き合ってやるか、と喜ぶ山田の顔を想像して柄にもなくにやけていた俺の目に、眼鏡のガキに会ってから今最も関わりたくないワースト2の姿を見つけて思わずゲッと声を零した。

「あんた最近ちゃんと旦那と連絡とってんでしょーね?」
「旦那って...そんなんじゃないわよ。新一、事件忙しいみたいで掛けても繋がらないこと多いし」
「もう!あんたがそんなんだからアイツいつまでたってもふらふらしてんのよ!出るまでかけ続けなさいよ〜!」

眼鏡のガキに遭遇してからまさかな、なんて軽い気持ちで調べた在学生名簿に血の気が引いたのは数時間前。なんつータイミング...!馬鹿でかい声を辺りに撒き散らしながら何やら憤慨している様子の茶髪の子と困った顔でその後ろから歩いてくる毛利蘭を視界にいれてギクリと身体が強ばった。慌ててキョロキョロと隠れる場所を探してみても生憎ここは階段の中段で彼女達との距離は少しづつ縮まってきている。幸い向こうは話に夢中で俺の存在には気づいておらず、今のうちにさっさととんずらさせて頂きたい。こんな耳が痛くなるような大声にも気づかないなんてとんだ失態だ。なにやってんだよ俺。それもこれも全部お前のせいだからな!と先程別れたばかりの山田を恨めしく思うも、まずはこの目の前の問題をどうやって切り抜けるかぐるぐると脳みそをフルで回す。いやいや、待てよ慌てるな。彼女達とはクラスも違うし話したことすらない平々凡々の目立たない俺なんかこれっぽっちも興味ない筈。だったらこのまま今まで通り赤の他人として普通に通り過ぎればいいだけだ、と平常心を装って鉛のついた様に重い足を動かす。

「首根っこしっかり掴んでなきゃそのうち誰かにかっ攫われちゃうわよ」
「だから私と新一はそういう関係じゃないってば!」

今すぐにでも回れ右をして逃げ出したいと叫ぶ足に力を入れて、顔を僅かに赤らめた毛利がゆっくりと通り過ぎたのを横目にほっと胸をなで下ろす。冗談じゃない、事件ほいほい体質のこいつらと関わるとろくなことが無いのは明らかだ。事件に巻き込まれてお陀仏...なんてフラグだけは回収したくない。
だんだんと遠ざかる足音にそっと小さく息を吐いて、無意識に張っていた気を緩める。このままでは過労で肉体にガタがくる前に精神がやられそうだな、なんて考えに気が遠くなった。