どこをみても人、人、人。興奮に沸き立つホール内、壁に背中を預けて立ち竦んでいたなまえはぼんやりと人が行き交う様子を眺めてふわぁとひとつ欠伸を漏らした。なんでも世界を震撼させるほどの仮想体感ゲーム機コクーンの発表会が今夜行われるらしい。確かにそんなゲーム機の開発に成功したとなれば大騒動にもなるのだろうが、叩き起こされて無理矢理連行された俺にとったら心底どうでもいいわけで。「あんたどーせゲームとかしたこないでしょ?このあたしが招待してあげるんだから絶対に来なさいよ!いいわね?」と有無を言わさぬ勢いで一方的に要件を告げた園子に口を挟む隙はなく、ぶつりと切れた携帯電話に白い目を向けたのは6時間前のこと。ゲームしたことなくて悪かったな。余計なお世話だちくしょう。手中にある無機物に恨みがま如く毒づくも、既にプープーと冷めた機械音を響かせる携帯電話は一言も届けてはくれなかった。
行かなければ後々面倒な事になりそうだと思考を瞬時に巡らせた俺は渋る身体を叱咤して泣く泣く米花シティホールに足を運んだわけなのだが。やっぱり来なきゃよかったと額を抑えたのはすぐのこと。何処を見てもお偉いさんばかりでいくら鈴木財閥令嬢達ての招待であろうと、一般庶民の俺には肩身が狭く全くもって生きた心地がしない。場違いにも程がある。どうせ来たんだらと高級な酒に手をつけようにもお偉い警官がいる手前、しがない高校生を演じるほかなく、どうにも発散できない歯痒さに散々だと隠すこともなく溜息を吐いた時だ。

「あ、なまえ兄ちゃんだ!」
「...お前らも来てたのかよ」

手持ち無沙汰に会場内を漫然と見渡していた俺の眼前に躍り出た小さな探偵に露骨に顔を歪めた。なんでここに居るんだよなんて質問は野暮。園子に招待されている時点で気づくべきだった。失念していた軽率な自分に頭を抱えたい。もう、なまえも来てたなら教えてよね!とにこやかに微笑む毛利や、毛利探偵、少年探偵団と馴染みの顔ぶれに内心で項垂れた。未来を予知する便利な特殊能力なんて持ち得ていない俺でも、スポンジの如く事件を吸収する人材がこうも揃っているとなれば十中八九、九分九厘この会場で事件が勃発するだろうことなんか安易に想像できる。うわ、帰りたい。

「なまえお兄さんこんにちは!」
「おー久しぶり」
「なまえさんお久しぶりです!」
「今日はあめーもん持ってねーのか?」

ひくりと引き攣る口元をなんとか抑え込んで、口々に挨拶を寄越す少年探偵団の面々の目線に腰を落とした俺はそのままぐりぐりと頭を撫で付けてやる。どうやら俺はお菓子をポケットに忍ばせておく習癖があるらしい。それもこれも小児科のガキ共の教育の賜物だ。あいつらお菓子やんなかったらぎゃーぎゃー煩くてたまったもんじゃねーからな。あれは酷かったと遠い目をしていた俺の裾を掴んで催促してくる元太の子供にしては大きい掌にころんとひとつ飴玉を転がす。ちぇ、飴かよと不満を零した元太の頬を加減なく引っ張ってやった。文句いうなクソガキ。どうやら何度かこいつらの引率をしてすっかり懐かれてしまっているらしい。俺としても前世の小児科の子供達を彷彿させるこいつらは好きだし、悪い気はしないので甘えさせてやっているが如何せん危難に自ら飛び込む厄介な性癖をお持ちの彼等には散々お世話になったのでこれ以上懐かれるのはごめん被りたいというのが本音だ。

「あまり彼等を感化するのやめてくれないかしら」
「相変わらず俺のことが嫌いだよなー哀ちゃん」
「あなたが悪影響なのよ」

つーと首筋に指を這わせた灰原哀に慌てて拳で情事の痕を覆う。あれほど痕はつけんなっていったのに。ぐちぐち脳内で悪態を吐いたところで消えて無くなる訳でもないのでへらりと笑って誤魔化した。あれ、この子確か眼鏡のガキと似た部類だったけなと僅かに残る知識を掘り返して頭を悩ませたのは随分前のこと。すっきりした頃には関係が築かれていて浅薄さに遠い目をしたものだ。やれやれと肩をすくめた哀ちゃんは「江戸川くんに見つかったら煩いわよ、彼」となんとも恐ろしい言葉を可愛い口から紡ぎだす。「ねぇねぇなまえ兄ちゃんこれ誰に付けられたの?」と青い瞳を冷たく光らせ笑顔を携え問い質されるのにはうんざりだ。背筋がひんやりと凍りつく様な、冷え冷えとした瞳に睨まれた時は本気で殺されるかと思った。あんな恐ろしい体験二度とごめんだ。過保護な探偵に気付かれる前に襟を正してもらった俺は「お、いたいた!らーん!」と活気溢れる会場内でも高く響く声に重い腰を上げる。

「おい園子、人を無理矢理連行したあげくほっぽり出すとはどーいうことだよ」
「ごめんごめん、そんなことより!」

真っ赤なドレスを翻して足早に近づいてきた園子に開口一番、文句を零すもひらひらと軽く交わされてしまいピキリと額に青筋を浮かべた。このお嬢様は本当に人を怒らせるスキルだけには長けていらっしゃる。一々憤慨したところで彼女の前で意味をなさないことは理解しているが、この俺の憤りはどこに放散させればいいんだ。釈然としない感情を頬に詰め、じと目で園子を見やるも気づいてはくれない。

「あ、園子さん!まさかそのバッチ...」
「あ、これ?」
「ひょっとして、園子も選ばれし者?」
「鈴木財閥がゲーム開発に資金援助した関係でね」
「いーですね〜...」
「俺もほしーなー」

園子のドレスの胸許で、鈍く光ったコクーン参加者のバッチに目敏く反応した光彦。羨望の吐息を吐いた少年探偵団に「諦めな!」と幼い声が轟いた。立場が違うだのちゃんと招待されてんのか?だの高慢に高笑う、いかにもお坊ちゃまな風貌の4人組を気怠げに見やってめんどくさそうだと内心でこちる。あーいうのが今後の世の中を担うってんだから世も末だ。どうでもいいとばかりに口内から溢れ出た欠伸を掌で覆う。朝方までさやかちゃんに捕まってたから眠いんだよ俺は。お偉いさんと顔見知りになりたい訳でも、コクーンに興味がある訳でもないんだから騒動に巻き込まれる前に帰らせてくれ。

「失礼でしょ!この子達はれっきとしたうちの招待客よ!」
「これはこれは、鈴木財閥のご令嬢」
「いいか人間ってーのはな、生まれた時から人生が決まってんのさ」
「そうそ!綺麗な服も着る人間を選ぶってわけ」
「選ばれなかった人間は外から指を加えて見てればいいんだよ」
「この連中、すっげームカつく...」
「お父さん!ちょっと説教してやって!」

にたにたと嫌らしい表情を顔面に貼り付けたガキ共にぼそりと呟く元太。少年探偵団も軽蔑を孕んだ眼差しを浮かべている。叱られず、のうのうと身体だけ逞しく育った彼等に同情の一瞥を向けた。苦言を呈してくれる大人にも、その環境にも恵まれなかったことが不憫でならない。嘲笑う彼等の態度に苛立ちを隠しきれなかった毛利が、酒を呷る毛利探偵に一喝した。いーかね少年達よ!と仁王立ちで驕り高ぶり公言する毛利探偵に思わず苦笑をこぼす。

「人生を舐めちゃいかんぞ。順調に見える人生にも落とし穴があるってもんだ。君達も大人になれば分かる時がくる」
「...女房に逃げられたり?知ってるぜ!おっさんのことなら。眠りの小五郎って、眠っている間に女房に逃げられたからそういうあだ名がついたんだろ?」
「...っのガキども...!」
「眠っている間じゃないわ!お父さんがトイレに行っている間にお母さんが出てったんだから!ね?」

おいおい、それじゃフォローになってねーよ。身内から思わぬ攻撃を受けた毛利探偵のがっくりと項垂れた背中に空笑う。天然ってこえーな。「ミニゲームでもしよーぜ」と駆け出そうとしたサッカーボールを抱える少年達の姿をなんとも形容し難い表情で見送る一行。遺憾を顕に唇を噛む彼等に肩をすくめた時、はたと気づいた。ほっとけばいいのにその選択肢が浮かばない自分の重度の職業病に胸中で自嘲する。気づいた時にはその腕を掴んでいたのだからどうしようもない。怪訝そうに仰ぎみる色黒少年の頬にはしる生傷に優しく指を這わせた。自分の病弱を連想させるほどの白い指と彼の健康な肌色が反発して浮き彫れる。な、んだよとたじろぐガキには素知らぬフリ。心置きなく触診して思いっきり絆創膏を貼り付けてやった。

「親からもらった身体、ちゃんと大事にしろよ」
「な、んだよお前」
「目一杯遊ぶのは別に構いやしねーしお前らがどうなったて俺には関係ないけど。人に迷惑をかけて返ってくるのは自分自身だ。そーいうの、ちゃんと教えてくれる人が現れたらいーな」

くしゃくしゃと頭を撫ぜた手は乾いた音で弾かれる。構わずそのまま手を下ろし、そっと絆創膏を労るように撫ぜてへらりと笑う俺に僅かに頬を染めた少年は行こうぜと呆然と様子を伺っていた友人達に一声あげて荒々しく立ち去っていった。

「なまえ兄ちゃんは優しすぎだよ」
「なんだよいっちょ前に妬いてんのかマセガキ」

立ち去って行った彼等の後ろ姿をぼんやりと見送っていた俺の横に気配なく近づいてきたもうひとりの不憫な名探偵。不機嫌な様子を隠すことなく全面に押し出した彼のぽつりと吐いた呟きにニヒルに笑ってその羨ましいほどに滑らかな頬を摘んでやった。