沖野ヨーコのライブに伴い再び照明が落とされた会場内、暗闇に乗じて酒を呷っていた俺はふらふらと覚束無い足取りで熱気溢れる最前列を陣取った毛利探偵を目の端で捉え、こりないなーと眉を寄せた。赤、白、青と色取り取りのライトに照らされ高揚しきったその表情はかの有名な眠りの小五郎も形無しだ。普段、無精髭を無造作に生やしたまま酒に溺れる様を見ている俺は今更なにも思いやしないけど。歯止めとなる毛利の姿も見えず、仕方ないなとばかりに足を向ける。毛利探偵が世間にどう思われようと俺にはどうでもいいことだが、お偉いさん方で溢れる会場内、知り合いが酔い潰れるのはこちらの面目が立たない。自分の為だ。決して毛利探偵の為じゃない。ちょっとした出来心。なにも先程優作さんから貰ったゲーム参加のバッチに浮き足立っている理由じゃない。そう言い聞かせて、熱狂に沸き立つ人混みを縫って歩み寄る。僅か気温の上がった空間に、酒のせいもあってか身体の熱が高まった気がした。 「毛利探偵、ちょっと風に当たりませんか?」 「あー...そうだな、酔醒ましにちょっくら外出るか」 「僕もいくよ」 区切りのいいところで掛けた声に下方から賛同が上がった。驚愕で見開いた瞳とにっこりと笑みを携えた青い瞳が交差する。うわ、いたのかよ。小さくて見えなかった。「別にいいけど...付いてきたって面白いことねーぞ」付いてくんなとそう暗に含めた言葉は「なまえ兄ちゃん呑んだ?...酔ってるの?」とネクタイを引っ張り火照る頬をさらりと撫でた小さな名探偵には響かない。飲んでねーし、お前んとこの世話の焼ける探偵よりかは正常だよと無防備な額を指先で弾いてやった。痛みに悶えて唸る眼鏡のガキには目もくれず、毛利探偵と肩を並べて足を進める。親子揃って厄介だ。人の感情に敏感で、些細な変化も見逃さない。熱い身体に触れた冷たい体温が心地よかっただなんて少しでも感じた自分に嫌気が指す。お陰ですっかり酔いが冷めたじゃねーかばか。 「...パトカー?」 「なに?!」 冷たい風がそよそよと火照った身体を滑るのに目を細め、気を鎮めていた俺の目に止まったホテルを囲む無数の車。その内、ここ最近嫌というほど馴染みのある赤いサイレンをつけた車に小首を傾げる。なんかあったんかな。ぽつりと呟いた俺の声を拾った毛利探偵が慌てて外に目を走らせた。慌ただしく駆け出した背を我関せずとばかりに横目で見やっていた俺を小さな名探偵が逃がすはずがなく、「なまえ兄ちゃんも行くよ!」と唖然としたまま強引に手を引かれて思わず駆け出す。どこにそんな力があるんだか。振りほどこうにも思いの外強く握られた手に諦めの溜息を零した。俺に拒否権がないのなんて元からだ。なんで俺までと抗って叶ったことがあっただろうか。結果、無駄に体力を消費するだけ。人生諦めも肝心だよなと遠い目をした俺と、コナン、毛利探偵は近くにいた警官に事情を聞いて事件現場へと足を急がせた。 「警部殿!」 「おお、毛利くん君も来ていたのかね」 飛び込む様に開け放ったコクーン開発主任樫村さんの部屋の中には、目暮警部、白鳥警部、第一発見者の係員そして中央には胸から夥しいほどの血を流した樫村さんの姿。心臓をひとつき。息絶えていることは顔色、血の量からしても明らかだ。顎に手を添えて現場を観察している眼鏡をちらりと一瞥して扉付近に背を預ける。何を期待して毎回現場に連行されるのかは知らないが、生憎一般的な頭脳しか持ち合わせていない俺が居たところで邪魔なだけ。どうせいつもどうり小さな名探偵がちゃちゃっと事件を解決してはい終了。殺人現場を見せられる俺からしたらたまったもんじゃない。いい加減連れ回されるのは辟易だ。そうぐちぐちとぼやいてみても元凶の名探偵はパソコンのキーボードにお熱で、機嫌が急降下を辿っている俺のことなんか気にしちゃいない。 「ねぇ、机のキーボード、ダイイングメッセージじゃなーい?」 「なにぃ...?!」 ハードディスクのデータが破壊されていると伝えた係員に対して、ライバル会社の破壊工作かと呟いた毛利探偵。コクーンは完成してんだからそれじゃあ遅いだろ。胸中で吐いた俺の言葉を代弁するかのように眼鏡のガキが遅いんじゃない?だってコクーンはもう完成してるんだものと豪語する。名探偵の助言でキーボードに齧り付く大人達を一瞥してなにやら思案している小さな背中に足を向けた。 「なんか分かったのか名探偵くん?」 「いや...あのキーボードに記されたダイイングメッセージがどういう意味なのか分かんねーんだよな...」 「へーなんて記されてたんだ?」 「TとRとJに血の跡が...って!なまえ兄ちゃん...?!」 TとRとJ。これは...その...!とあたふたする名探偵を尻目に頭の中でぐるぐると組み替えてみる。確か樫村さんって優作さんの大学時代の悪友だったけ。先程、記者にそうコメントを述べていた優作さんを思い浮かべる。RTJ...TJR...JTRーーへぇジャック・ザ・リッパーね。どうやらとんでもないプレゼントを優作さんから貰ったようだ。あの百年前のロンドンを気軽に堪能できると浮かれていたのにちくしょう。これ返品できねーかなと掌で弄るバッチに目をやった眼鏡も漸く気づいた様だ。バチッと合わさった瞳が不敵に光る。 「なまえ兄ちゃん、百年前のロンドンだよ」 「...そう、らしいな」 こくりと頷く名探偵に嫌な予感がして口角が引き攣った。いやいや、この事件の真相なんかどうでもいいしゲームは純粋に楽しみたい。そうは思うも掴まれた腕を振り払うことなど難易度なゲームをクリアするよりも困難で、強いられるままゲーム参加の列に並びコクーンに搭乗してしまったのだから笑えない。まあ殺人鬼は現実世界にいるわけだしゲーム内で危険に合うことなんかそうそう無いだろう。この切符が地獄行きか、天国行きか...どちらにしても片道切符にならないことを願って静かに目を閉じた。 |