期待にざわつく仮想空間内。自分の身体を見下ろして掌をぎゅっと握っては開いてと、感覚を確かめてみる。痛覚、味覚、触覚...体感するもの全てが機械によって支配されているんだからなんとも恐ろしい。試しにといつの間にか隣に立っていた眼鏡の頬を加減なく抓ってみた。 「なにすんだよ、なまえ兄ちゃん!」 「いや、どんくらい体感できんのかなーって」 「そんなん自分で試せよな...」 赤くなった頬を抑えて呆れたじと目を向けてくる眼鏡のガキにごめんごめんと気持ちの込めていない謝罪を吐く。こいつ隠す気あんのかよ。幾らか砕けた物言いに俺こそじと目を送りたい。先程の樫村さんの事件現場でもそうだが、関心するほど前だけ見据えて他のこと関しては意識がおざなりになるその集中力は時として自分を追い詰める。よく今までバレなかったもんだなと走り寄ってきた毛利を視界に入れて内心で毒づいた。知らないフリをするこっちの身にもなってくれ。 「コナンくん!なまえ!」 「ら、蘭姉ちゃん...!どうしてここに?」 「コナンくんが心配だからでしょう!」 「コナンくーん!」 仁王立ちで眼鏡を咎める毛利の背後から現れた面々に思わず額を抑える。歩美ちゃん、元太、光彦、哀ちゃん。馴染みの少年探偵団の姿にやっぱ来なきゃ良かったと舌を打つ。これじゃあゲームの世界だからとはいえ安心できやしない。面倒臭いことになりそうだと眉間に皺を寄せた俺の心を肯定するかの様に嫌な機械音声が仮想空間内に響き渡った。 『僕の名前はノアズ・アーク』 よろしくね。そう自分を紹介した彼はまるで意志を持っているかの様に感じた。1人の感情を持つ人間として。そんな馬鹿なとかぶりを振っても嫌な予感は拭えない。知らない内に底のない沼にずぶずぶと落ちているような、見えない恐怖に侵されている感覚。淡々と説明を述べるノアズ・アークに人知れず重い息を吐いた。 『これは単純なテレビゲームじゃない。君達の命が掛かったゲームなんだ』 ノアズ・アークによれば、5つあるステージの内誰かひとりでもゴールに辿り着けば現実世界に帰れるが、全員がゲームオーバーになれば特殊な電磁波を流して頭の中を破壊するらしい。子供50人の命を懸けたゲーム。どうやら純粋にゲームを楽しませてくれる気はないようだ。嫌な予感ほど当たるもんだなとごちる内心とは裏腹に口元はニヒルに笑う。こう見えても負けず嫌いなんでね。やるからには元々ゴールする気でいたからそれが命懸けであろうが俺には関係ない。もちろん巻き込まれたことは癇に障るが、なんとも単純明快なルールは俺にとったらやりやすいだけ。どう足掻こうがゲームは開始される。だったら後は腹を括るだけだと不敵に笑う俺は、おめーはいつまで経っても変わらねーなと優しい笑みを携えてコナンが見ていたことなんて気づくはずがなかった。 『つまり日本のリセットを懸けた勝負ということなんだ』 とはいえ、こいつらの傍にいたんじゃ思うようには動けない。ゲームオーバーになる基準ものちのち説明があるのだろうが、危難に首を突っ込みたがるこいつらの近くに居たんじゃ開始早々にお陀仏なんてのも有り得るはなしだ。めんどくせーなと思考を巡らせていた俺の耳に再びノアズ・アークの声が届いた。日本のリセットねぇ。ちらりと一瞥した周囲の子供達は恐怖に苛まれ身体を縮こめている。彼の言うことももっともだ。穢れた政治家の子供は穢れた政治家に。金儲けしか脳のない医者の子供は金儲けしか脳のない医者になる。だからって全員がそうとは限らない。教示してくれる大人や環境を与えさえすれば今からだってやり直しはきく。案外、人間はそう単純にできているんだ。意志を持って語るノアズ・アークは『ヒロキくんの命を弄ぶ権利が大人になかったように僕にその権利はない』と吐く。ヒロキくんの言葉に漸く思い出した。二年前、父親の仕事の都合でアメリカに連行された際、マサチューセッツ工科大学内で一度だけ会ったことがある。もの寂しげな表情が酷く印象的だった。へーそうか。じゃあこれが例の人工知能か。だから意志が、感情があるかのように話すんだなとひとり納得する。ノアズ・アークの言葉は、ヒロキくんはもうこの世にいないことを示唆しているようなもの。ちくりと痛む胸には気づかないフリをした。 『さて、子供達がお待ちかねだからそろそろゲームをはじめよう』 バイキング、パリ・ダカール・ラリー、コロセウム、ソロモンの秘宝、オールド・タイム・ロンドン。5つのステージのデモ映像も終わりざわざわと不安に揺れる空間内。どんだけお偉い肩書きを持っていようがまだまだ子供。命が掛かっているとなっては動揺に狼狽えるのも無理はない。毛利と眼鏡の激励を尻目にオールド・タイム・ロンドンーージャック・ザ・リッパーのステージまで移動する。 「...お前も一緒かよ」 「どーも」 複数人の足音に振り向けば、不服そうな表情を隠すことなく露骨に向けた色黒の少年とその友人達がいた。その後から毛利と眼鏡、少年探偵団が近づく。顔を合わせてそうそう悪態を吐く子供達にどうやらチームワークには期待できそうもないなと肩をすくめた。 『各ステージにはお助けキャラがいるから頼りにすればいいよ』 「よし、行こう!」 眼鏡のガキを筆頭に少年探偵団、毛利、色黒少年達と順に石門を潜って煌々と光る入口へと足を進める。眼鏡、歩美ちゃん、恐る恐ると光るゲートに腕を入れて留まる元太の背を押した光彦に続いて足を踏み入れた毛利、哀ちゃん、色黒少年達の背を見送って口角を持ち上げた。逃げられないのなら迎え撃つまで。ずぶずぶと底無し沼に落ちているのなら自力で這い上がるまでだ。しっかりと地面を踏みしめゲートに手を伸ばす。これを潜ればゲームスタートだ。 |