突然だけど「宇宙人」或いは「異星人」と呼ばれる地球外生命を信じる人間はどのくらいいるんだろうか。未だ科学でも解明できていない未知の生命体を専門として研究する者もいれば信教として崇拝する者もいるけれど、実際、馬鹿馬鹿しいと鼻で笑い話題にすら上がらないのが人口の約9割。もちろん俺もその9割の人間として生きてたわけで、テレビ番組の特集として上げられても微塵の興味すらなくチャンネル変更。存在するはずもないものをネタにしてなにが面白いのかと失笑どころか呆れや憐れみすら向けていたのに、まさか眼前で味噌汁を啜っている少女が宇宙人だといわれてもはいそうですかなんて首を振れるわけもない。どっか抜けてて馬鹿でドジでそれでも兄弟想いの優しい純粋な兄の恋人だと紹介された方がめちゃくちゃ癪に障るが百歩譲ってまだ信憑がある。いや、兄の婚約者らしいし恋人のハードルまで軽く飛び越えてんのか。なんだそれ。しかもちゃっかり妹まで懐に入れてんのにも腹が立つ。つまりは俺がちょっといない間になんでこんなことになってんだってはなしなわけで。

「へー!なまえはリトの弟なんだ!」
「だったらなんだよ」
「そういう言い方はないでしょ。ララさんはなまえとも仲良くしたくてこんな時間まで待っててくれたんだよ」
「だれも待っててくれなんて言ってねーし、俺は馬鹿兄貴や美柑と違って簡単に信用したりしねーの」
「おま...兄に向かって馬鹿はねーだろ馬鹿は!」
「内緒で宇宙人の婚約者作ってる人は馬鹿で充分」

ガチャガチャと美柑が皿を洗う音やリトと俺がつまらない口論をする中でも話題の中心はにこにこと毒気も抜かれるような笑みを浮かべて与えられたご飯を嚥下するだけ。こっちは落とした箸を美柑が洗って渡してくれても喉に詰まったなにかが邪魔して一向に進みやしない。どれだけ睨んでも目が合えばにっこりと微笑まれるのだから呑気なもんだと呆れたため息がでる。1年、たった1年母親と一緒に海外に行ってただけでこれだ。きっと両親どちらも知ってて黙ってたんだろう。あの親め。「なまえもついに高一かー」やっと掴んだ米粒を口内に放り込んで吟味する。感慨深げに天井を見つめる馬鹿兄貴と美味しい!と美柑におかわりを促す宇宙人の女の子と明日から同じ高校だと思うと先が思いやられていくら丈夫に産んでもらった躰でも目眩がしそうだ。

「お母さん元気だった?」
「元気ないわけないだろ。むしろ毎日こき使われて死ぬかと思った」
「なんで帰ってこれたんだ?母さんも忙しいんだろ?」
「中学は義務だから卒業できるけど、さすがに高校は無理だから帰れって」

ほんとうちの親は勝手だよな。久しぶりの妹の料理の成長に舌を巻きつつ箸を咥えたまま毒づけば兄妹揃って苦笑い。フォローの仕様もないのだから困ったもんだ。両親共々自由が行き過ぎて振り回されるこっちの身にもなってほしい。大体、長男のリトには親の不在中家を守って貰わなくちゃいけないし妹の美柑はいくら兄よりしっかりしてようとまだ幼い上、家事全般を任せてるしで消去法、振り回されるのはいつも次男の俺。好きで次男に産まれた訳じゃないなんて文句垂れつつも、結局は振り回されてやるんだから俺も大概家族には甘いわけで。単位のとれるギリギリまで海外にいたのがその証拠だ。これじゃあシスコンだのなんだのと兄貴ひとりをからかえない。

「じゃあなまえも私達と同じ高校〜?わー!じゃあナナとモモと同じクラスだったらいいね!」
「ナナとモモ?」
「あ、私の妹だよ!明日から編入するの!」
「げ、お前妹いんの?しかも2人って」
「ナナとモモは双子だからね、それに一緒に暮らしてるよ?」
「は?」

話しかけられるまで忘れていた。忘れていたというよりいないものとして扱っていた存在から発せられた言葉に愕然とする。ちょっとまて。この家そんなに部屋ないぞ。訝しげに眉間に皺を寄せる俺に美柑が慌てて説明をくれる。どうやら宇宙人の発明した機械で異次元と空間を繋げ、その向こうで生活しているらしい。そういわれても容量不足の脳内ではちんぷんかんぷんキャパオーバーだ。そもそも宇宙人すら信じていないのだから異次元だのなんだのいわれてもピンとすらこない。ますます怪しさが募るばかりでジト目で見やる俺に緩んだ表情で「いまからくる?」なんて弧を描いて取りやすいボールのような軽い言葉を投げてくる女の子に目眩を通り越して頭痛がする。項垂れた俺の背中を狼狽えながらもゆっくり摩るすこしゴツゴツとした優しい温もりさえいまは煩わしく思うのだから重症だ。てゆーか元を辿ればお前のせいだ馬鹿兄貴。この際もう宇宙人だとか婚約者だとかそんなことどうでもいい。信じるか信じないかは自分次第だって誰かが言ってた。もういい。だけど、思春期の男の子がいる家に年頃の女の子が3人住んでるってどうなんだ。詳しく詰めれば宇宙植物から産まれた女の子もいるらしい。ほんとどうなってんだこの家。とりあえず元々使っていた俺の部屋は美柑が頻繁に掃除してくれていたようだから直ぐにでも寝れるみたいで安堵した。うちの妹こそ天使だと思う。