家に知らない住人が増えていた。しかも女の子の宇宙人。信じられるかと散々馬鹿にしていた俺も尾骨から生えた尻尾や宇宙植物、はたまた動物と会話できる能力など地球人ではありえない異質な能力をみせられたら諦めもついた。しかも転入先の彩南高校にはデビルーク姉妹の他、リトの生命を狙う生体兵器姉妹や念力が使える元幽霊、男女変換能力を持つメモルゼ星人なんかが普通の人間と変わらず生活をし周りも甘受しているのだから抗う気も失せるというもの。どこがいいんだか馬鹿兄貴のハーレム計画やティアーユ・ルナティーク先生が赴任してきたことでヤミとの仲を取り持とうと慌ただしかった生活も漸く落ち着きをみせ、最近では穏やかな日常を送れているはず。いやもうこの際、セリーヌを膝に乗せてゲーム機を弄っているのも風呂上がりにすっぽんぽんで遭遇するララの躰を見慣れたのも普段の日常だと思えている俺の神経が麻痺しているのは仕方ないと思う。広々としたリビングにごろんと仰向けになった不憫な俺には眼中もくれず、まうー!とひとり先程部屋に取り込んだばかりの清潔なタオルと格闘するセリーヌがすこし羨ましい。どれだけ渇望したところで現状変わるわけないのだ。それならまずは空かした空腹を満たすに限る。今日は今年最高の猛暑になると天気予報のお姉さんが言っていた。そんな日に珍しく用事があるといって出かけていった住人のいないリビングの冷房を独占出来るのも悪くないと前向きに捉えることにする。なんだろう惨めすぎて泣けてきた。 「てゆーか、セリーヌってなに食えんの?」 「まう?」 「聞いときゃ良かった」 ごそごそと普段は美柑に任せっきりの冷蔵庫を漁って食材を確認。気になったんだろう、危なげな足取りで近づいてきたセリーヌを片腕で抱き上げ返答を促すも小首を傾げられるのみ。まいった。セリーヌとはゲームで遊んだり背中に乗られたりと基本放任していた俺が、食事云々の幼い子供の育児の仕方などわかるはずもなくお手上げ状態。ましてやセリーヌは宇宙植物だ。下手なものを食べさせられない上、あいつらがいつ帰ってくるかも分からない。うんうんと頭を抱えて唸る俺にセリーヌがまう!と戸棚を指し示す。「え、これ食えんの?」セリーヌの指の先にはカップラーメン。地球人には慣れ親しんだそれを宇宙植物が食べられるのか。驚愕にセリーヌを見遣れば、小さな唇に指を咥えてもの欲しげな瞳とぶつかる。大きな瞳から星がでてきそうだ。まあ本人が言ってるんだし、と幼児に負けた俺は小さな勝者をその腕に抱えたままお湯を沸かす。冷蔵庫から拝借したコーラとセリーヌをリビングに置き、台所へ踵を返したところでガチャガチャと扉が開く音がした。 「あれ、リトとモモ。一緒に出かけてたのか?」 「ああ、なんかモモが買いたいものがあるっていうから」 「それで、リトさんに付き合ってもらったんです」 「ふーん。お前らもなんか食う?」 「いや、いいって...あーっ!セリーヌおま、それ!」 リトの悲鳴にセリーヌを確認するより早く視界が霧に包まれた。霧というより鼻腔を擽る甘い匂いは花の香りによく似てる。あら、とモモの歓喜を含んだ驚きの声もどこか遠くに聴こえるようだ。いや、晴れた視界でモモを見遣れば先程よりも離れた距離にいた。こいつ逃げたな。おっとりとした性格を演じるモモもその俊敏さはさすが宇宙人。視線を下に落とせば、コーラを抱えて顔を上気させたセリーヌが覚束無くふらふらとしたままリトに捕えられていた。「やばい...まさかなまえがセリーヌの花粉を浴びるなんて...」どくり、セリーヌを抱えたリトの焦燥の瞳と視線が交わり心臓が高鳴る。な、んだこれ。たかが馬鹿兄貴と視線が合っただけなのに胸骨を叩き、突き破りそうなほど心臓が激しく動きだす。「いまの、なに」漸く絞り出した声は平静を装えていただろうか。リトの声も、視線も全てが甘く優しく心を捕らえて空腹さえ忘れてしまった。身体が熱い。 「リトさんのことが大好きになるただの花粉なので安心してください」 「セリーヌはコーラで酔っ払うんだ。そ、それよりなんともないのかお前...!」 「なに焦ってんだよばーか。それよりセリーヌ寝かせたほうがいいんじゃない?変わる?」 「あ、ああそうだな...!お前ご飯食べなくていいのか?」 「ん、そういう気分じゃなくなったし」 うふふと食えない笑みを見せるモモを睨みつけ、リトからセリーヌを奪うように抱き上げる。触れたリトの意外と逞しい胸筋にびくりと指先が震えたが、なんとか押し殺して起こさぬようゆっくりとリトに背を向けた。普段より随分と静かな廊下をぺたぺたと素足で歩く抜けた音が響く。リトから離れ、心臓が一定のリズムを刻みだした俺の後ろを間隔をあけ着いてくる人物に内心で舌を打つ。リトのハーレム計画を企てる彼女にとってこの状況も放置とはいかないらしい。めんどくさい。とりあえず美柑のベッドにセリーヌを寝かしつけて、今日一日は部屋に篭る。そういう思考すら彼女にはお見通しなんだろう。「なまえさん、本当にリトさんにドキドキしていませんか?」美柑の部屋に入り、ベッドにセリーヌを寝かせた俺の背中に蛇の如く執拗に絡みつくようなねっとりとした視線が這う。美柑の部屋の外、廊下にいる悪魔のような彼女を視界に入れるのは非常に癪だが質問に答えるまで引く気はないらしい。兄貴も変なのに好かれんな。渋々と振り返れば、彼女の弓なりに弧を描いた唇が目に付いた。 「別に、兄貴は好きだけどそういう意味で好きなわけじゃねーし」 「でも花粉の効果は強力みたいなので」 「心配してくれてんの?それとも男の俺もハーレム候補にしたいわけ?」 「それはそれで面白そうですね」 「お前な...リトのこと好きなんだろ?自分以外に盗られてもいいのかよ」 「リトさんが全員を愛してくだされば、私もリトさんから愛を貰える。素敵なことだと思いません?」 「...要するに一人に絞られた時に愛される自信がないんだろ。お前はそれでいいかもしれないけど、リトの気持ちはどうなんだよ」 「だからこそ、リトさんを変えるために努力してるんです。なまえさんのそれも私にとってはチャンスなんですよ」 「だからって俺まで巻き込むなよな。それに俺とリトがそうなるなんて絶対ありえないから」 「それはやってみなくちゃ分かりませんから」 目が本気だ。ぺろっと赤い唇から見えた舌は獲物を見定める獣を彷彿させる。どう説得しても聞く耳を持ち得ていない彼女との会話はこっちが疲労するだけで無駄骨だ。好きにしろよ、額に手を起きため息と共に吐き出したそれにモモはにっこりと笑み浮かべる。もちろん好きにさせてもらいますわ。語尾にハートを付け勝利の微笑を携え踵を返した彼女を見送った俺の精神はぼろぼろ。どっと疲れが伸し掛る。こういう時こそ可愛い妹に癒されたいが生憎いるのは頼りない馬鹿兄貴と悪魔とすやすやと眠る元凶の宇宙植物のみ。てゆーか頭に生えたこれはいつ抜けるのか。重要なことも聞けぬままただただ疲れただけじゃねーかちくしょう。ずるずるとセリーヌの眠るベッドに背中を預けて足を抱える。とにかくリトに会わないようにしようそうしよう。そろそろ部屋に戻るかと、腰を上げた俺は寝惚けたセリーヌにまたもや花粉を浴びせられるのだった。 |