11月、なまえがホグワーツに入学して初めての寮対抗クィディッチ戦、スリザリンとグリフィンドールの初戦はグリフィンドールの勝利により幕を下ろした。その日のスリザリン寮では、最年少にしてシーカーに任命されたハリー・ポッターの非難が飛び交っていたが、どれだけ不平不満を訴えようと技術の差で敗れたのは覆しようもない結果である。寮杯から遠のいたことは残念だが元々クィディッチにあまり関心のないなまえにとって、マルフォイから熱心にクィディッチのルールやハリー・ポッターの卑劣さを演説されようと心細い枝一本でボールを奪い合うことの面白さはちっとも分からなかった。

「君は本当に、此処に残るのか?」
「ええ、家にある本は読み尽くしたしホグワーツに残った方が有意義に過ごせそうだもの」
「何言っても無駄よ。なまえったらさっさ名前を記入しに行ってるんだから。諦めて行きましょうよ、ドラコ」
「おいっ、引っ張るな!」
「気をつけてね、いってらっしゃい」

突き刺すような寒さにホグワーツ生がローブを纏う季節、親元に帰省できる長期休暇がホグワーツでも実施される。クリスマスには毎年盛大なパーティーを催しているマルフォイ家に招待を受けたなまえだが、マルフォイにどれだけ説得されてもルームメイトのパンジーから誘われても折れることは無かった。着飾るのも愛想を振り撒くのもごめんである。マルフォイ家の長男直々の誘いを断ったと知れれば両親に吠えメールを送られる可能性もあるが、日中大鍋を掻き混ぜている父親と癒者として聖マンゴ魔法疾患傷害病院で絶えない患者の治療に追われている多忙な母親ではその確率は極めて低いだろう。かといって報告しない訳にも行かず、渋るマルフォイを引き摺って手を振るパンジーの背中を見送ったなまえはその足で郵便配達用の梟や在学生達の梟が羽を休ませているふくろう小屋へと足を向けた。動く階段や、気紛れに消える段差を慣れた足取りで跨ぎ、人気の無い廊下を抜け、更に上へと階段を登る。漸く西塔の最上階に位置するふくろう小屋へと到着したなまえは、扉を開けた途端に通り抜けた風の冷たさにぶるりと肩を萎縮させた。乱れたマフラーを巻きなおしながら梟達をぐるりと見渡してはみたものの、この寒さにかそれともただ単に億劫だからか、突如入ってきた訪問者にも僅か片目を開けた興味しか示されない。ぴったりと羽を閉じて我関せずとそっぽを向いた梟達に当惑から眉を下げたなまえは、風圧により益々重く軋む扉の開閉音が次なる稀な訪問者を示唆したことにより、顔半分をマフラーで覆ったままゆっくりと身体を捻らせた。

「あっ、」

丸い眼鏡にくしゃくしゃに跳ねた真っ黒の髪の毛。風に遊ばれて巻き上げられた前髪から覗く稲妻形の額の傷。魔法界で騒がれている有名なハリー・ポッターの姿を捉えてなまえは唖然と目を丸くする。斯く言うハリーもまさかスリザリン生と鉢会うとは思っておらず、ましてやそれがマルフォイと共に行動していることの多いなまえだと認識するや驚愕に喉奥から声が漏れた。真紅と黄金のカラーと緑と銀色のカラー。敵対する寮生との対峙に、ハリーは反射的に身構える。なまえが変身術の授業でネビルと訪れた一件以来、ネビルと彼女が話す姿は良く見られていた上、ネビル本人から彼女との仲を聞いてはいたがハリーにとってなまえはマルフォイと同等、卑怯で嫌味なスリザリン寮生だった。いつ嫌味が飛んでくるのか。日頃、マルフォイの後方にいる彼女から今まで直接攻撃を受けたことはないが、いつ飛んできても返せるよう唇を開いたり閉じたり、用心の為ローブのポケットに掌を忍ばせる。「こんにちは、ポッター」剣呑を滲ませてなまえを見やるハリーの一方、マフラーを引き下ろしたなまえは微笑みを浮かべて言葉を連ねた。

「貴方も配達を?」
「あー...、うん、まあ、そんなとこ」
「そう、ネビルからポッターのペットはとても綺麗な梟だと聞いたわ。ねぇ、良かったら紹介して貰えないかしら?」

見ての通り、だーれも構ってくれないの。そう、おどけて肩を竦めてみせたなまえにハリーは信じられないものみたとばかりに深いエメラルド色の瞳を丸くする。強ばった肩を解す平静もなく、警戒心が行き場をなくす。自身が魔法使いだと知ってからというもの、その生い立ち故に好奇の視線を向けられるか将又、友好的とは言い難い皮肉の混じった言葉を投げられるか。スリザリン寮生からは特に、散々嘲笑を浴びせられていたハリーはそのどれにもうんざりしていた。どうせ、彼女も僕を馬鹿にするんだろう。諦めにも似たそれは、彼女の髪を巻き上げた冷たい風と共に攫われる。

「ごめんなさい、迷惑だったかしら?ネビルから貴方の話を聞いていたから一度話してみたかったの」
「君はネビルと友達なの?」
「ええ、そうよ。貴方もグリフィンドールとスリザリンが仲良くするのは可笑しいって思う?」
「今にもマルフォイが飛んでくるんじゃないかって気が気じゃないよ」
「私が誰と仲良くしたってあの人たちに関係ないのに、スリザリンとしての自覚がないのかとか君は友達を選ぶべきだってほんっと面倒臭い」

ぼんやりとなまえを見つめ、微動だにしなくなったハリーに不安げな表情で一歩、足を踏んだなまえにハリーは慌てて頭を振った。ほっと安堵を浮かばせたなまえのころころと変わる表情を観察しながらも、ハリーも一歩、彼女に近寄る。「マルフォイやクラッブ、ゴイルもまだ良いよ。マルフォイの後にいるアイツ...あーみょうじだっけ。アイツ、君が何言われても笑いもせず見てるだけだなんて、逆に気味悪いよな」以前、ロンが言っていた事が頭を過ぎった。その時は彼女と一体一で話す日が来るなんて思わずただ相槌を打ったハリーだが前言撤回、彼女は変わってる。ハリーとは違った意味で、彼女もまたスリザリンの掟に振り回されている異質な存在のようだ。やれやれと煩わし気に息を吐いたなまえのその表情に、くすりと耐えきれず笑みを零したハリーの中の警戒心はすっかり形を無くしていた。こっち、そうなまえの細い腕をとったハリーはふくろう小屋の奥で羽を閉じていた、雪のように真っ白な1羽の梟の前で足を止める。「へドウィグ」主人の甘い呼び掛けに、バサバサと羽を広げ、喜びを露わにした梟はハリーが差し出した手の甲に頬をすり寄せた。

「触っても?」
「もちろん」

わぁ、小さく歓声をあげたなまえはハリーにひとつ確認をとって恐る恐ると指先を伸ばす。寒さのせいで氷のように冷たくなった指先をへドウィグは臆することなく甘噛みし、同様に頬をすり寄せる。こんな綺麗な梟はじめて見たわ。へドウィグの滑らかな背を撫でながら、感嘆の吐息を漏らしたなまえの真っ直ぐな言葉にハリーは頬を緩ませた。

「君は、」
「なまえでいいわ」
「あ、うん。なまえはペット買ってないの?」
「んー私の両親変わっててね、父はマッドサイエンティストだし母は毎日仕事に追われて私に構ってる暇ないの。ペットなんて買ったら、父の大鍋で煮詰められるだけだもの」
「なんていうか、とてもユニークなご両親なんだね」
「ユニーク過ぎるのも困りものだけどね」

そう、眉を寄せたなまえにハリーは苦笑で返す。両親が健在なだけマシなのか、それともーー。そこまで考えてハリーは止めた。彼女に嫉妬の類を向けたところで意味は成さなし、彼女が「ハリー・ポッター」のことを知っているのかも分からないからだ。ただのグリフィンドール寮生のハリー・ポッターとして見てくれている今が、ハリーにとって大切だった。へドウィグが喉を震わせる度になまえは小さな唇を緩ませる。それがスリザリン生だということが、奇異でなんだかおかしかった。「そういえば、ハリーはふくろう小屋に用があったんじゃないの?」なまえの横顔を眺めていたハリーはどことない痛た希さに顔を逸らす。忙しさにかまけてへドウィグの相手を忘れ、彼女が機嫌を損ねる前に訪れただけのハリーは「あー、うん。もう終わったから」と誤魔化すように頬をかいた。

「じゃあ、へドウィグ借りてもいい?」
「僕に手紙を出す相手がいないから退屈させてたところなんだ」

嬉々としたなまえの問いに応えたのはへドウィグだった。一声鳴き、バサバサと羽を上下に応えるへドウィグの姿にハリーはもちろんと首を縦に振る。「じゃあ、私に出したらいいわ」へドウィッグの足首にしっかりと手紙を括り付けたなまえは変わらぬ抑揚で言い切った。きょとんと目を瞬かせてなまえを見やるハリーになまえは悪戯な笑みを向ける。

「マルフォイがびっくりして泡を吹くかも」
「いいね、それ」

寒空の下、ふたりはぴったりと寄り添い暖を取り合いながら梟達が休む小屋の壁際で他愛ない話に花を咲かせた。ハリーを預かるマグルの親戚達の事、ハロウィン日の事、マルフォイから受けた決闘の事、互いの友人たちの事。そのどれにも熱心に相槌を打っていたなまえだが、ホグワーツの手紙から逃げる為に、ぽつんと佇む一軒のおんぼろ小屋にまで連れていかれた時の話にはあんぐりと血色の悪くなってしまった唇を開け、信じられないと整った眉を顰める。今までマグルの世界に触れたことの無いなまえにとってハリーの話は興味深いものであり、その待遇は同情以上のものをなまえに与えた。ヴォルデモートを退かせたというハリー・ポッターの名を知ってはいたなまえだが、生まれてまもないなまえからすればそれは御伽噺にも酷似したもの。当時、興味は微塵すら浮かばなかったがネビルの話や、ホグワーツで共に生活するハリーの姿に少しずつ変貌していたのは事実である。自分の生い立ちを鼻にかけ、ふんぞり返っている有名なハリー・ポッターであったならばなまえは金輪際関わることは無かっただろう。けれど、彼は余りにも普通だった。純血主義に誇りを持つことはもちろん良いことではあるが、それに驕り相手を見下す数名のスリザリン生よりも遥かに好感が持てた。一同級生のハリー・ポッターだからこそなまえは彼の話に耳を傾けているのである。

「ハリーの親戚って言っちゃ悪いけど最悪ね」
「いいんだ、僕もそう思ってるから」
「ハリーさえ良ければ、家に遊びに来て?なんにもないし、臭いは最悪だけど」
「全然、食べる物さえあれば最高だよ」

力無く笑うハリーに、なまえも困ったように笑む。十数年という長い年月を耐えてきた彼になまえはそれ以上掛ける言葉は浮かばなかった。そういえば、となまえは重くなった空気に話題を変える。「最年少シーカーおめでとう!凄いわ!」片手を両手で握りしめ、身を乗り出したなまえにハリーは赤くなった鼻以外もほんのりと赤く染め、その賞賛を年相応の笑顔で受け止めた。マルフォイのおかげだよ。はじめて行われたグリフィンドールとスリザリンの合同飛行訓練の際の暴動を思い返したなまえもハリーに乗るように口角を上げる。思えば、ハリーとマルフォイの犬猿の仲を垣間見たのもあの時だった。スリザリンとグリフィンドールの不仲は承知の事実ではあったし、マルフォイの高慢さはスリザリン生以外誰にでも向けられる。別段、マルフォイの言動を咎めることも無かったなまえだったが誰かにあそこまで嫌な構い方をすることを目の当たりにしたのははじめてだった。幼少の頃からマルフォイ家と僅かに付き合いはあっても、パンジーのように幼なじみと言えるほど長い付き合いでもないなまえはマルフォイを咎めることも出来ず、振り回されてばかりだった。彼のことは嫌いではないが、プライドが山よりも高いマルフォイの鼻を折ってくれたのはなまえにとっても忘がたい出来事である。

「あんな細い箒に乗って、びゅんびゅん飛び回れるの凄いわ。私なんて今だに上がれ!って言って一回で成功したことないもの」
「え、君って箒に乗るの苦手なの?」
「箒に乗るのなんて授業以外にしたことないの」

身振り手振りでクィディッチの試合の際のハリーの箒捌きが如何に素晴らしかったかを表現するなまえに、ハリーはじんわりと暖かさの残った片手を撫でつけながら、その意外さに声を上ずらす。どの授業でも加点を取り、ハーマイオニー同様卒なくこなすなまえにも苦手な分野があったことにハリーは親近感が募った。その上、整った顔を赤く染め滑舌に賞賛されて嬉しくない訳がない。「良ければ今度教えようか?」自然と口から零れ出た言葉にハリー自身が驚愕した。しまったと思っても、出してしまったものは戻ってこない。これでは自分の技術を過信したマルフォイと同じではないか、そう不安が押し寄せる前に色素の薄い綺麗なブルーの瞳が向けられる。

「いいの?」
「君さえ良ければ、だけど」
「私、鈍臭いから途中で嫌になるかも」
「わぉ、教えがいがあっていいね」

そうおどけて笑うハリーに、なまえも最高の先生ねと満面の笑みを浮かべる。長期休暇中にヘドウィグで連絡をすると彼女に約束を交わしながら、ハリーは談話室で帰りを待っているだろう親友になんて伝えようかと考えあぐねていた。スリザリンに偏見を持つロンのことだ、彼女との関係にいい顔はしないだろう。けれど、一番の親友だからこそスリザリンの一風変わった友達のことを紹介したいと思う反面、彼女との関係は自分だけの秘密にしたいとも思う。その矛盾した気持ちに結論の出ないまま、ちょっと変わったスリザリンの友人と足取り軽やかにふくろう小屋を後にしたのだった。