「……
仲良うなりたいだけなんや。でもぼくにとって、仲良うなることと、自分を大事にしてもらうことと、何がどう違うのか分からん。ぼくは、ぼくを大事にしてほしい。大切にしてほしい。愛してほしい。でもひとっつもうまくいかん。どこかで破綻する。ぼくが求めるもんを誰もくれん。ぼくばっかり我慢して。耐えられないからぼくから切って。でも相手はぼくがいなくなっても平気なんや」
「………………」
「……必要とされるって、難しいわあ」
笑ってこそいるものの、その笑みに力はない。快活さや明るさとは正反対の位置にある、寂しげな笑みを浮かべる彼女を前に、瀧修司は考える。
彼女の欲しているものが分からないほど愚かではない。
彼女は、瀧に愛されたいと願っている。女性として、異性として。瀧からの愛情を、心底望んでいる。
だが、一方で瀧はといえば、彼女に応えてやれるだけの愛情を持ち合わせていない。彼女の気持ちも、望むものも分かってはいるが、それを与えてやれるだけのものを持っていない。
瀧にとって、彼女という存在は彼女の言うとおり、いてもいなくても同じ存在なのだ。
「俺は、」
「ええよ」
「………………」
「ええの。ええんや。知っとるよ。瀧さんがぼくをなんとも思ってないこと」
知っているからいいと、やはり彼女は寂しげに笑う。
瀧はそれ以上、言葉を続けられなかった。
彼女は寂しげに笑ったまま、海を眺めている。
「あんなあ、瀧さん」
「………………」
「悪い夢から覚めるには、どうするんが一番ええと思う?」
「……夢から、覚めるには……、」
唐突に投げかけられた問いに、瀧は思考する。
夢。
悪い夢。
悪夢。
悪夢から覚める方法。
――ふと浮かぶのは、<アリス>と呼ばれた少年のこと。
「自分が夢を見てるって分かってる上で、でも、目覚めたいと思っても目覚められへん。そうなったら、どうする?」
「……なってみないことには、わからん」
誤魔化すように、あるいは逃げるように、瀧は小さくそう返した。
一方で、モスグリーンのブレザーを身にまとった少年の姿が、徐々にはっきりとした輪郭を脳裏に形作っていく。
口ではどう言おうと、瀧の中では悪夢からの目覚めに対する一つの解が出ていることははっきりしていた。
「……さよかー。まあ瀧さんは常に悪い夢見てるようなもんやもんね」
見透かすように、さりとて追及するわけでもなく、彼女は瀧の抱えるものと現実とを重ね併せて例えながら、寂しげな笑みはそのままにゆっくりと立ち上がる。笑みの中に、諦めと共に何かしらの決意が宿っているように見えた。
嫌な予感がした。
何故だか彼女を引き留めねばいけないような、そんな気がした。
だが、瀧は彼女を引き留める術を持たない。彼女の望むものは与えられないし、持ち合わせていない。第一、形のはっきりとしない予感めいた感覚だけで、先ほどの会話の流れも合わせれば、彼女を引き留めるのは酷く不自然なように思われた。
結果として、瀧は彼女を引き留めることはしなかった。
「ほな、瀧さん、」
そこでいったん言葉を彼女は止める。
不自然な空白。
「――――――――また」
「……………………ああ」
だが、瀧が疑念を挟むよりも、彼女の方が早かった。
また、と笑って手を振って立ち去る彼女の背を見送りながら、瀧は息を吐いた。
「ああ、また嘘ついてもうたわ」
彼女が泣きそうな顔で笑っていたことを、瀧は知る由もない。
* * *
数日後、瀧は彼女がいなくなったと鹿狩雅孝から聞かされた。
19.1.3
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