の国を、彼女はふらふらと暇そうに歩いていた。一見すると危なっかしい足取り。実際は単に目的地が決まらずにふらふらしているだけであることを、ヤタガラスは知っている。
 彼女はいつも行き先を持たない。ふらふらとあっちへこっちへ。気まぐれに出会う人間にちょっかいを掛けたり、あるいは知らん振りをしたり。それが知らない人間であっても、知っている人間であっても、この世界の救世主に等しい太陽の巫女であっても同じこと。誰にも何にも縛られない。彼女のことを決められるのは、彼女自身。
 宙に浮いているかのように地に足つかぬさまは、身軽で自由にも見えたし、宙ぶらりんでいつ落ちるともしれぬ不安定な均衡を保っているようにも見えた。
 話しかけるわけでもなく、ただじっと彼女の動向を見守っているとふらふらすることに飽きたのか、疲れたのか、彼女はその場に座り込んだ。黒々とした瞳が、ぼうっと明後日の方へ向けられている。
 それからさほど間を置かず、汚れることも厭わずそのままこてりと横になってしまった。
 そんな彼女の一連の行動を見守って、やっとヤタガラスは動く決心が出来て、ふわりと彼女のすぐそばに舞い降りる。浅く上下する、男に比べれば(同年代の女性と比較しても)小さな肩を見降す。手を伸ばそうか、どうしようか。たっぷりと逡巡した後、小さな肩に手を掛けてゆすぶった。
「んん……?」
 眠っていたのか、煩わしいのか、訝しげな声を上げて彼女がごろりと体を転がした。丁度、仰向けになってヤタガラスを見上げるような恰好になる。
「ああ、なんだ、ヤタガラスさんですか。巫女様は此処にいませんよ」
「知ってマス」
「じゃあ私に何かご用事でも?」
「ありませんケド……」
「それじゃああれですか、何処かで頭でもぶつけましたか?」
「……失礼な人ですネ。用がなければ声を掛けてはいけませんカ?」
「貴方は用が有っても人間風情に声をかけるのは嫌がりそうですが」
 知ったような口ぶりで彼女はそう言いながら体を起こす。実際、彼女の言うとおりであるから、ヤタガラスはぐうの音も出ない。
 そうだ、自分が気にかけ、触れられても良いと思える人間は太陽の巫女ただ一人。例外なんて、なかったはずなのに。
「頭でもぶつけたか、それでなければまた熱でも上げたのかなと思った次第なんですが」
 でも健康そうですし、違うようですね。なんて、何も答えられないヤタガラスの様子なぞ気にした風もなく、顔を覗き込む彼女は全く持っていつも通りだった。
 いつも通りの、淡々とした様子。言葉にも態度にも出しはしないくせに漂わせている拒絶の空気。どうしてか、早くどこかへ行けと言われているようにしか思えてならず、落ち着かない。彼女はいつも通りで、口調だっていつも通りで、どこにも棘らしいものは見当たらないというのに。
 それでもどうしてか、彼女は自分に対しての風当たりが強いように思えた。いや、ヤタガラスに対してだけではなく、彼女は基本的にこの世界の存在に対しては風当たりが強い気がした。
「……、貴方は此処で何をしていたんデスカ」
「私? 疲れたから取りあえず寝たいなあ、寝よっかなあ、くらいには考えて横になろうとはしてましたが」
「獣か何かデスカ、貴方」
 居心地の悪さを飲み込んで、話題を逸らす。
 彼女の返答は相変わらず呆れるようなものだった。
 本当に、自分の思うままに、自由がままに彼女は生きて、振舞っている。
「人は皆獣だってどこかで誰かが言っていたように思うんで問題ないですね」
「そうだとはちっとも思っていない癖シテ」
「誰かの受け売りが私の得意技です」
 へらへらと笑いながら彼女は体をゆらゆらと揺らした。猫背なせいでだらしのなさに拍車をかけているその恰好は、完全に気を緩めているようにしか見えないのに、どうしてか拒絶されているような印象が強まるばかりだった。
「貴方、」
「はい?」
「私のこと、嫌いでショウ」
「藪から棒ですねえ」
 居心地の悪さと、勝手に感じている拒絶の空気に耐えかねてぽろりと零れ落ちた言葉に、彼女はへらへらと笑ったまま、うんともすんとも言わなかった。肯定もしないが、否定もしなかった。
 そのことにひどく傷ついている自分がいることに、ヤタガラスはただただ、戸惑いと困惑と、小さな痛みを覚えた。

18.11.24

back