あさん……どうしてますか?
 ともだち……やっぱりできま――……



「あなた、何をしているの?」

「!? えっ、ええっと、あの……!」
「……あ、ごめんなさい。驚かせてしまったかしら……」
 背後を振り返れば、ヨヨ姫の妹であるファースト姫が佇んでいた。興味深そうに、ゼロシンの手元を覗き込もうとしている。
 母親に宛ててしたためていた手紙を慌てて懐にしまい込みつつ、ゼロシンはファーストに向き直る。
「す、すみません……母に、その、手紙を……」
「お母様に手紙? 素敵ね」
 人から、ましてや異性からまともに話しかけられたことのないゼロシンはそれだけでどぎまぎしてしまう。ぎこちなく、どもり気味な返事。けれどもファーストはそれに気を悪くした様子も見せず、柔らかな笑みで素敵なことだと頷いて肯定してくれる。
 柔らかな雰囲気のファーストに、ほんの少しばかりゼロシンの緊張もほぐれた。
「あなたのお母様はどんな方なの?」
「へぁっ…? え、いえ……あ、あの、ファースト姫様に話して聞かせられるような話は多分、そんなに……」
「ううん、なんでも構わないから、聞かせて。私ね、お母様が早くに亡くなってしまって、あんまりイメージがわかないのよ。だから、お母様ってどんな存在か、とても知りたいの」
「あっ……す、すみません……その……」
「何故謝るの? ……あ、お母様のこと? それなら別に、謝るほどのことでもないわ。もうずいぶんと前のことだし……あまり思い出とかも、なくって」
 冷たい娘よね、私。
 なんて苦い笑みを浮かべて肩を竦めるファーストに、ゼロシンは首をちぎれんばかりに横に振る。
「ふっ、ふふ……そ、そんな必死にならなくても……でも、ありがとう」
 そんなゼロシンの様子を見て、少しおかしかったのか、ファーストは口元を隠すように抑えながら肩を震わせた。
 馬鹿にされているわけではないが、それでも笑われていると意識すると途端に羞恥心を覚えるもので、口元を隠す布の下、血液が集まり顔が赤くなっていく。
「い、いえっ、その……っ……」
「……ふふ、ごめんなさい。……ねえ、あなた、お名前は? 私はファーストっていうの。……知ってるみたいだけれど、お話しするのは初めてだから、改めて自己紹介させてね」
「あっ、ぼ、ぼくは、ゼロシン、ですっ……」
「そう、ゼロシン。ねえ、もしよかったら、だけれど……暇な時で構わないから、私とお話してくれない?」
「ひぇっ…!? ひ、姫様と、ですかっ……!?」
 思わぬ提案に、暗殺者らしからぬ素っ頓狂な声が上がった。少し離れたところに佇むサジンが少々咎めるような視線を向けてくるが、気にしていられない。
「そうよ…? 駄目かしら……?」
「だだ、だめ、ではない、ですけれど……でも、ぼく、面白い話は、何も……そ、それに、その、姫様ならぼくでなくても話し相手くらい……」
「私はあなたと話したいの、ゼロシン。……駄目?」
「ぅ……だ、ダメでは、ないです」
「そう、なら決まりね!」
 手を叩き、ファーストは心底嬉しそうにゼロシンに笑いかけてきた。
 羞恥とはまた別の意味で、ゼロシンの顔は赤いままだ。
「よろしく、ゼロシン」
「よ、よろしくおねが、いしま、す」
 何のためらいもなく差し出された白い手。
 戦いも殺しもきっと知らないだろう、きれいな手。
 こんなきれいな手に自分が触れていいのだろうか?
 そんな迷いを抱きながら、ゼロシンはその手を壊さぬよう、慎重にそっと握ったのだった。



 かあさん……どうしてますか?
 ともだち、できました。
 聞いておどろくかもしれませんが、なんと、お姫さまのおともだちです。
 こんなぼくなんかと仲よくしてくれる、やさしくて、とてもきれいな、お姫さまのおともだちです。

19.1.7

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