※口をきけない訳あり夢主



ぃーっ……。
「あ、あの……書家様?」
 じぃーっ……。
「さ、先ほどから、その、何を熱心に見つめられているのでしょうか……? 私の顔に、何かついておりますか?」
 うが、居心地悪そうに身じろぎをしつつ自身の頬を摩る。別に、うの顔に何かついているわけではない。普段通りの綺麗に整った顔がそこにある。名前は首を横に振り、別に顔に何かついているわけではないと伝えつつも、うの顔――正確には瞳――を熱心に見つめる。
 気のせいでなければ一瞬だけ、言霊おろしをした際にうの瞳の色が変わった気がしたのだ。空……いや、澄み渡った海を写したかのような、美しい青い色に。
「あ、あの、書家さ、まぁっ……!?」
 思い切ってうの両頬を包み、顔を近づけて瞳をのぞき込んでみる。青色の残滓はどこにも見当たらず、柔らかな桃色の瞳がそこにはまっているだけだ。気のせいだったのだろうか。
「しょ、しょしょしょ、書家様、ち、ちか、近い、顔が近い、ですよ……!?」
「!」
 焦ったような上擦ったうの声にはっと我に返り、名前はそっと距離を取った。唇の形で謝罪の意を伝えれば、まだ顔を赤らめたままながら、うはこくりと頷いた。
「い、いえ、大丈夫です……。あの、書家様、本当にどうしたのですか……?」
『あなたの瞳が、気になりました。』
 耳慣れている言葉や簡単な単語はともかく、複雑な意思疎通を図るとなると、言葉が出せない関係上、手話に頼らざるを得なくなる。まだ手話に慣れぬうにもしっかりと伝わるよう、ゆっくりとした手の動きで言葉を伝えようとする。
 うは瞬きすら惜しむようにじっと名前の手の動きを見てから、ふむ、と不思議そうに小首を傾げた。
「瞳、ですか」
 どうやら正しく伝わったらしい。
 そのことに安堵しつつ、こっくりと頷く。
「何故、私の瞳が気になるのですか、書家様?」
 伝えるべきか、伝えぬべきか。
 ほんの少しばかりの逡巡の後、名前はゆっくりと手を動かす。
『とても奇麗な、海の色に、見えたもので。』
「海の色? 私の瞳が?」
 虚を突かれたように、うが目を瞬かせる。
 頷いて肯定すれば、ふむむ、とうは腕を組んで思案顔になる。
「生まれてこの方、今の瞳の色以外の自分を見たことがない……と思うので、書家様の言う海の色、というのは残念ながら分からないのですが……、」
 そこで言葉を区切ってから、ふ、とうは相好を崩した。
「もし本当に海の色になったのなら、私に似合いの色ですね。なんせ――」
『「う」は「うみ」の「う」。』
「あ、ひどいです書家様!! 私のセリフを取るなんて!」
 大げさに大きな声を出しつつも、うの表情は柔らかで、どこか嬉しそうに見えた。
 うが嬉しいと、名前も嬉しい。
 うは、嬉しいのうでもあるから、うには、誰かに嬉しいという気持ちを分け与える何かもあるのかもしれない。
 出会ったばかりでまだまだ彼について知らないことばかりだが、ゆっくりと、知っていくことができればよいな、と名前は思いながら、穏やかに微笑んでいた。

19.1.8

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