「
構成練るのが苦手なんですわ」
「……ふうん」
似非関西弁を繰りながら、青年は笑った。
こじゃれたカフェの奥まった席で、徳田秋声と青年は顔を突き合わせるようにして座っていた。
二人は決して親しい友人同士というわけではなく、それどころか、今日出会ったばかりの初対面だ。
そんな二人が何故、カフェの席で仲良く顔を突き合わせているのかと言えば、それは今から大体一時間ほど前までさかのぼる。
日曜日の昼故か家族連れや友人連れで混み合い賑わう店内。涼む場所を求めて偶々カフェへ足を運んだ秋声は、人の多さにたじろぎ、一瞬、店に入ったことを後悔した。
席に案内されるまでの順番待ちをしている人々や店内の込み具合を見て帰ろうかどうか逡巡するも、外のうんざりするような猛暑と比較すれば天国と言っても差し支えない店内の涼しさ。順番待ちが必要ではあるが、涼める店内にいられることは変わりないし、椅子もある。そもそも特別何か食べたくて来たわけではなく、本当に涼むことが目的であったのだ。それに、一度入ってしまったのだし出るのも……、という惰性が後押しする形で、席に案内されるまでの順番待ちをすることにした。
ハンカチで頬や首筋を伝う汗をぬぐいつつ、涼しさに息をつく。
暫く待っていると、子供連れの家族などを差し置いて、店員が秋声に近づいてきた。
一人であったからだろう。相席してもよいという客がいたため相席でも構わないか、と店員が尋ねてくる。少し考えた後、秋声は店員の申し出にうなずいた。
あからさまに安堵した様子の店員に連れられて、店の奥まったボックス席に通される。席ではノートパソコンの画面とにらめっこをしている、赤毛の、赤いフレーム眼鏡をかけた目つきのきつそうな青年が腰掛けていた。自然な色とは思えないから、恐らく染めているのだろう。こんな暑い中で赤い髪なんて余計うんざりしそうであったが、幸い、ここは涼しい店内。多少、見た目に暑苦しいものを感じたとて、大した問題ではなかった。見た感じ、赤い髪ときつそうな目つき以外、これといって奇抜なものは見受けられない。アクセサリーの類は身に着けていなかったし、服装も、白と黒のボーダーの上から、ゆったりとした黒のパーカーに、ジーンズ。足元は下駄風のサンダルという出で立ちだった。
店員が控えめに声をかけると青年は顔をあげ、人懐っこい、というよりはどこか厭らしい裏のありそうな意味深な笑みを浮かべ、どうぞどうぞと相席に愛想よく応じた。
明らかに気の合う気がしない相手と相席することになってしまい心中深いため息をつきつつも、別に相席したからと言って無理に会話をする必要もないのだと気を取り直す。秋声は渋々ながらも向かい側に腰掛けた。
「アンタぁ、物書きさん?」
席について早々、青年の方から声をかけてきた。
声を掛けられたことにも驚いたが、物書きか、と尋ねられたことにも驚き、秋声はつい、青年をまじまじと見つめた。
「そうだけど……、なんで……」
「指、ペンだこ出来とるからなあ」
ほら、と言いたげに指をさされ自分の手を見れば、確かに立派なペンだこができている。だが、これだけでは理由にならないだろう。ペンだこなんて、珍しくもない。物書きでなくともアナログのデスクワークがメインの人間であったらできるはずだ。
納得のいかない顔を隠そうともせず、秋声は青年を軽くにらみつけるように視線を戻した。
「そんなの誰にでもできるだろう」
「あははは、せやなあ。アンタ、なかなか鋭い」
「……誤魔化さないでくれないかい。なんで僕が物書きだって、」
「なんとなく」
「はあ?」
間髪入れずに返ってきた返答に、素っ頓狂な声が漏れたのは致し方のないことだった。
そんな秋声の様子ににんまり笑いつつ、青年は悪びれもせずに続ける。
「なんとなぁく物書きさんかな思て聞いてみたら、ほんまに物書きさんだっただけや」
「……かまかけたってこと?」
「そうともいうかもしれへんなあ」
「………………………………はあ」
話しているだけで、どっと疲れが押し寄せてくるようだった。
そんな秋声を見て、青年はからからと面白そうに笑う。
反論する気も失せて(したところでまた何かからかいを受けるか、煙に巻かれる気しかしなかった)、ただじろりと青年を見つめる。
ひとしきり笑ったところで、青年は謝ってきた。
「えろうすんまへんなあ。まあ、かまかけっちゅうんは強ち間違いでもあらへんけど、物書きさんかなあ、思たんは別の理由もあるんよ」
「……………」
「ははは、そう睨まんといてぇな。
あれやわ。アンタの肘、こすったようにてかっとるやろ? ちょっとやそっとじゃ服ってそんな風にはならんわなあ。しかも両腕。
さらに手には、アンタが気づいとるかわからんけど、ちょいと洋墨が付いとるさかい、せやから物書きさんなんかなあ、って思たんよ」
「……ふうん」
ようやく納得のいく説明を受け、一先ず秋声は小さくうなずいた。青年への不信感がぬぐえたわけではないが、観察眼には優れたものがあるようだった。そこは、認めなくてはならない。
「気分害したなら謝りますわ。すんません」
「……別に」
「どうも、こう、人のびっくりした顔見たくって意地悪してしまうんよ」
「悪趣味だね」
「よく言われますわ」
厭らしい笑みを引っ込め、代わりにいたずらっ子の少年のような無邪気な笑みを浮かべた青年に、秋声は、やはり自分とは合わない人間かもしれないな、とひっそりため息をつくとともに、眉間を軽く指でもんだ。
そんなこんな、会話のきっかけも掴んだことで、ぽつぽつと秋声と青年は言葉を交わし、冒頭に至るわけである。
「……僕は見たまま感じたままを書くタイプだから、順序立てて書くことは僕も苦手、かもね」
「そうなんです?」
意外そうに青年がまじまじと秋声を見てくる。
「……なんだよ」
「ああ、いや、意外やなあ、と」
「それは顔を見ればわかる。悪かったね」
「いやあ、別に悪くはないんとちゃいます? 感情と筆の赴くままに書くことでしか生まれない作品もあるやろうし。人それぞれっちゅうやつやろ、それは」
ふん、と鼻を鳴らして見せるが、青年はからかいもせず、これまでのやり取りとは打って変わってどこか真剣みを帯びた表情で微かに小首を傾げつつ言葉をつづけた。
「……君はとやかく言う人じゃないみたいだね」
「なんや、とやかく言う人おるん?」
「ああ、顔を突き合わせるたびに毎日毎日、小姑か何かみたいに小言を言うやつが一人」
脳裏によぎるのは転生してから毎日欠かすことなく小言を言ってくる兄弟子の姿。
思い出すだけでもうんざりして、深くため息がこぼれそうになったのをぐっと飲みこんだ。
「うわあ、そら面倒やなあ。ぼくやったら荷物持って家出してしまいそうやわ。よお一緒に暮らしておられますなあ」
「……仕方なくだよ」
「えろう苦労してはるんやねえ。……っと、アカン。つい楽しくて長話してもうたらもうこんな時間やわ」
すっかり止まっていたらしい手を思い出したように動かそうとして、青年はPCの時刻表示を見たらしく、少し慌てたように立ち上がる。あわただしくパソコンを閉じ、傍らのトートバッグに乱雑に突っ込むと、何故か秋声の分の伝票もひっつかむ。
「え、ちょっと、」
「ここはぼくが払っときますわ。暇人の話に付き合ってくださったお礼! ほなな、先生!!」
止める間もなく、風のように青年は立ち去ってしまう。
その後姿を見送ってから、はたと秋声は気が付いた。
「……名前、聞きそびれてた」
聞いたところでまた会う可能性があるかどうかなど分からないが、それなりの時間を共有していたにも関わらず、相手にかかわることが殆ど分からなかったことに、座りの悪い気持ち悪さを覚える。そんな気持ち悪さを飲み干そうとするように、秋声はすっかり温くなった珈琲を一気に飲み干した。
19.1.9
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