此の手のWEB小説は度々読んできた。
兎も角面白い、と云うのが私の感想だ。
……極有触れた平凡で詰まらない感想だと思った人が居たら申し訳無い。私は如何にも捻りと独創性と云うものが足りない。人に嫌われたくない一心で知ったかぶりやら顔色窺いやらやっていた結果、私はすっかり私自身の個性と云うものを見失ったか、将又育む機会を永久に喪失してしまったのだと思う。
其れは扨て置き、作品によっては胸糞展開も当然用意されているが、基本、前世知識片手にチートしたりギャグしたり周りから愛されたり……兎も角、嫌な現実から離れられる彼の手の類のWEB小説には思いの外熱中した。ともすれば、憧れていたのかもしれない。
こんな風にやり直せたら、なんて。
美しい見目を手に入れて、未来を其れなりに知っていて、いろんな人から愛される振る舞いが無意識に出来て、天才だなんてちやほやされたりして。
そんな風に熱中はしていた、し。
妄想した事も、ある。
でも、だからと云って、
「……本当にそうなるだなんて、聞いてない」
呆然とした呟きは、珍しく取り乱した様子の周りの声に掻き消されて、幸か不幸か、誰の耳にも届いていない様子だった。
楽しい御茶会会場風に飾り付けられた広い部屋から個室へと連れ出された私は、今はベッドに寝かされている。部屋には御丁寧に外から鍵がかけられていて、私から外に出る事は出来そうにない。別に其処までしなくても、私は今、自分自身の事で手一杯なのだから平気なのに。
頭に巻かれた包帯に触れる。分厚くガーゼの当てられた箇所を軽く押せば、ずきりと頭痛とはまた種類の違う激痛が頭を走った。
一人にしてほしい、と云ったので使用人は扉の外に待機している。
扨て、此の間にさっさと頭の中を整理して一旦落ち着こう。
先ずはこうなった経緯――即ち個室に軟禁状態にされる事になった理由――は至極単純だ。
幼馴染であるタイロン=ベイルの母、エルザ=ベイルに斬りかかったからだ。いや正確には斬りかかった訳では無く、本当に、言い訳にしか聞こえないであろう事を承知の上で告白するなら完全なる事故であった訳なのだが……犯罪大国ギルカタールの人間が、そんな好意的(?)な解釈をしてくれる筈もない。と云うか然う云う解釈をされていたなら今頃部屋に軟禁なんてされてない。
ので、大人達は私が彼女に斬りかかったと思っている、と見て殆ど間違いないだろう。
此の件に関して後ほど誰かしらから追及があるだろうから、答えられる様に何か其れっぽい事を考えておかなくてはならない。……いやいっそ、信用されない事は承知の上で「事故でした〜★ てへっ」って笑ってみせるべき? 下手に何か言ってしまって勘繰られても困るし。
ちなみに額の怪我は、病弱であっても流石ギルカタールの人間というべきか、エルザさん本人からと、彼女を愛するトータム=ベイルさんの御夫婦より手痛いカウンターを食らった為だ。額がざっくり割れた。現代日本だったら間違いなく縫う位の大怪我で、痕が残るだろう。幸い此処は現代日本では無くフルークハーフェン大陸のギルカタール王国なので、魔法か何か、兎も角日本人からすると理解不能の原理によって跡形も無く治してもらえそうだけれど。
……然う、此処はフルークハーフェン大陸。日本じゃない。
至極当然の様に回想していたが、タイロン=ベイルだとかエルザ=ベイルだとか、そんな人間、私の身近には居なかった。いや抑々、現実に存在はしていなかった。彼らはあくまでも、二次元の存在。ゲームの登場人物。乙女ゲーム『アラビアンズ・ロスト』の世界で生きる人達……だった、筈なのだ。
「……でも彼らは現実に居て、生きている」
信じられない現実を前に呆然とした呟きが零れるのは許してほしい。
正直言って明晰夢でも見ている最中なんじゃないか、と今まさに思っている様な状態なのだ。
でもきっとこれは夢じゃない。
痛みが或る、と云うのも然うだけれど、今、私の中にはきちんとこの世界で過ごした数年分の記憶があるのだ。いや、いや、若しかしたら逆なんだろうか? 今此処に居る私の中に、嘗ての私と云う人間が過ごした三十年に鳥渡足りない位の人生の記憶が勢いよく流れ込んでいるのだろうか? 自分で言っていて、混乱してきた。
兎も角私には、スチュアート=シンクの双子の弟、ファースト=シンクとして過ごした記憶はきちんと存在している。其の上で、先程食らったカウンターの衝撃が切っ掛けとなったのかは定かでは無いものの、『日本人女性』として生きていた人間の記憶も存在しているのだ。厳密にはつい先程『思い出した』と言った方が正しいのかもしれないが、果たして此れが本当に『思い出した』だけなのか、其れとも何らかの切っ掛けで他人の記憶が『流れ込んできた』だけなのか判然としない為、敢えて存在しているという表現に留めておく。
……そして人格形成が未だしっかりと為されていない子供だった所為なのか、私の人格のベースはすっかり其の『日本人女性』となってしまっている。決して子供の私が消えた訳ではない。混ざっただけだ。只混ざるにしても明らかに『日本人女性』の方が人格が確り固まっていた為に、強く影響を受け、引きずられる様な形で其の面が色濃く前に出てきただけだ。……多分。
幼い子供の人格をがっつり食べてしまいましたなんてのは良心が痛むのでお願いだからそんな悲惨な落ちであってくれるなと祈る。
「……また脱線した、其処も大事だけれど其処じゃない」
ふう、と息を吐く。
ぼそぼそと吐き出された独り言が虚しく響く。切ない。
いや、然うではなくって。
一番の問題は、私と云う存在なのだ。
別の(しかも此の世界の、此の国の、未来に関する事を知ってしまっている)記憶が混じってしまった今だからはっきりと云える事ではあるのだが、スチュアート=シンクに双子の弟なんて存在しない。
私の存在は、はっきり言って異質なのだ。
若し、此処が本当に『アラビアンズ・ロスト』の世界であるのなら。
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19.2.18
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