※夢主:ポオのそっくりさん(?)
※ポオは推理小説以外書いたことがない設定
部屋には沈黙が落ちている。
ポオの隣には、ポオに瓜二つの外見をした青年がソファの上で両膝を抱え、背もたれに寄りかかってぼんやりと天井を眺めている。薄暗い室内の天井は、高さも手伝って見通すことは困難だ。灯りによって居場所を追いやられた闇が、ぎゅうぎゅうと身を寄せ合って密集している。彼はそんな天井を熱心に見つめている。ほんの微かに開いた唇から、薄い吐息の音がこぼれていた。
そんな青年もといファースト・ミドル・ポオと名乗る青年は、その実、ポオと同じ名――即ち『エドガー・アラン・ポオ』――だというのだから、瓜二つの外見を含め、最早笑うしかない。ファーストはポオの影なのだという。ファーストはポオなのだという。
だが、ポオはファーストではないらしい。
ファーストがポオであるというのなら、ポオもまた可逆的にファーストであると言えるのではないかと思うのだが、それは違うとファーストは否定する。ファーストがポオであるという事実は不可逆的なものなのだという。
ある日、突然現れたファーストは、当初は『エドガー・アラン・ポオ』と名乗っていた。
そしてある時、江戸川乱歩の突然の訪問を受けた際、名を尋ねられた彼は咄嗟に『ファースト・ミドル・ポオ』と名乗り、自分はポオの弟なのだとうそぶいた。表面上だけの偽りの関係は周知の事実となってしまい、今では誰もがファーストをポオの弟だと認識している。頭の痛くなる状況であった。ポオに弟なんぞいないというのに。ましてや、瓜二つの外見をした双子の弟なんぞ。
「なあ、エド」
親愛と親しみがたっぷりとしみ込んだ甘ったるい声で、ファーストが唐突にポオを呼んだ。
「……馴れ馴れしく呼ばないでほしいのである」
喉焼けしそうな、到底ポオには出せそうもないような声でありながらポオ本人のそれとたがわぬ声帯から発せられる甘い声に、ポオは眉根を寄せる。返事にはなっていない言葉には不快感に近しいものが滲んでいた。
「時に君は、此処最近、ずっと推理小説しか書いていないな」
「……此処最近も何も、我輩は推理小説家だ。推理小説を書くのは当たり前である」
「否、そうではなく。我輩……ではなく小生、君の書く恐怖小説やゴシック小説も好きなだけである」
「? 可笑しな事を云う、我輩は生まれて此の方、創作と言えば推理小説一筋である」
「…………、」
「抑々、恐怖小説やゴシック小説と言えば君のお得意であろう。君は確かに我輩自身だと言っていたが……到頭自分と我輩の区別がつかなくなってきたのか? それとも元からそうであったか」
ファーストはポオ自身であると名乗っておきながら、言葉の端々ではポオとファーストを其々別の人間として考えているらしい事は分かっていた。というより二人は、外見や声音が似ている事、そして同じ名を持っている事以外はほぼ別人と考えて良いほど性質が異なっているのだ。宛ら中身が異なった双子といった具合に。勿論、両者の間に血縁関係は無い。仮にあったとしてもポオは知らないし、知りたくもないし、調べようとも思わない。藪蛇を突いて余計な事に巻き込まれるのだけはご免被りたかった。
兎も角、同一人物の様で有りながらその実、別人であるという認識を持っているという前提で考えると、先のファーストの発言は随分と可笑しなものであることに違いなかった。
ポオが小説を書くように、ファーストも小説を書く。
だが、ポオが推理小説を書く一方で、ファーストはそれ以外の、恐怖小説やゴシック小説と言った類のものを得意としていた。
そう、恐怖小説やゴシック小説はファースト自身が書いているものであって、ポオは一度たりとて書いた事もなければ、抑々構想を練ろうと考えた事さえないのだ。
にも関らず、ファーストは躊躇いもなく言った。
君の書く恐怖小説やゴシック小説も好き、だと。
ポオは一度も書いた事がない。
ならば此の場合の『君』に該当するのに適するのは誰か。書いているファースト自身に他ならない。だがファーストは余り自分の作品について語りたがらないどころか、抑々自身で書いたものを嫌悪しているようにすら見える。何より先の言葉は間違いなく、ポオに向けて放たれたのだ。
矛盾、違和感、其れらに対する答えをポオはよく回る頭で考える。
考えるが、考えて、途中で考える事をやめた。
答えは恐らく、最も不可解であり、かつ、最も簡潔なものに違いないのだ。
「……我輩に恐怖小説やゴシック小説を書いた記憶はない。生まれて此の方、一度も。だが、君は我輩が書いた其れらを好きだという。我輩にとっての真実に矛盾しないように考えるなら、君は我輩と自分とを到頭混同してしまって、自分の書いた作品を我輩が書いたものだと思い込み、そうして好きだと口走ったと考えられるが、却説、そうするとまた別の矛盾が発生する。君は君の書いた作品を好いていない。自身の作品を好いていない君が、幾ら我輩が書いたものと、真実を誤認していたからと言って、好きだなんて言葉が口をついて飛び出すだろうか? どうにも我輩はそうではないように思う。で、あるならば、答えはもっとシンプルなのだ。即ち、『君は確かに我輩の書いた恐怖小説やゴシック小説の類を読み、其れを好ましいと思っている』」
「其れを小生が肯定したとして、君は果たして信じられるかな?」
「余りに不可解で信じ難いのが正直なところである。が、最も適切な答えが其れ以外に浮かばない」
「……ふふふ」
なんとも言えぬ渋い顔をポオが浮かべれば、何が愉快なのか、ファーストは肩を小さく震わせ、抱えた膝に額を押し付ける様にして顔を俯かせる。
何がおかしいのであるか、と言いかけたポオの言葉は、初めの音を発する前にファーストの言葉に遮られた。
「“私”、貴方も、貴方の作品も、本当に好きなんですよ、ポオセンセ」
ファナティック
その日はそれっきり、ファーストが言葉を発することはなかった。
19.2.21
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