※不特定多数と援助交際している、かつ口調や人称がやや女性っぽい男主



んぽんぴんぽんぴんぴんぽーん――」

 扉の前、調子の外れた怠さ全開の大声で言い続けること約三分。
 ドアチェーンと鍵が外される音。やや遅れてノブが下がり、扉が動く。

「……口で言うな、ちゃんとインターフォンを押せ」

 眉間にぎゅっと皺を寄せた、陰気な顔をしたお疲れリーマンこと観音坂独歩が扉の隙間から顔を出した。

「えー……昨日押したら居留守されたんで近所迷惑法に変えてみましたー」
「やめろ」
「独歩チャンがきちんと顔だしてくれたらやめまーす……おじゃまー」

 名前は悪びれなくそう言い放ち、ずい、と家主である独歩を押しのけ、ブーツを玄関先に脱ぎ捨てるとさっさと家に上がる。後ろから「勝手に上がるな」云々抗議の声が聞こえてきたが、それらは華麗にスルーした。
 ボストンバッグを適当にその辺に降ろし、片手に提げたビニル袋の置き場所を求めてテーブルの上を見やる。片付けられないゴミやら私物やらが雑多に占拠していた。昨日も適当にどかした記憶があるのだが、一日でこうなるとはなかなかの手練れだな、とよく分からない感心を抱きながら、食事のためのスペースを得るべく、名前は買ってきた食料(某チェーン店の牛丼2つ)を一旦キッチンへ避難させると、袖をまくってせっせかテーブルの上を片付けだす。片付けると言っても明らかに見てゴミと分かるゴミを捨て、そうじゃないものは適当にまとめて端に寄せたりテーブルの下に一時避難させたりするだけの簡単な作業。
 さほど時間をかけずにスペースが出来、キッチンに置き去りにした牛丼を取りに戻ろうと腰を上げかけて、独歩がぶすくれた顔でビニル袋を下げてやってきたため、その手間は省けた。
 テーブルの上に、プラスチックの器に収まった牛丼が二つ、割りばし、適当に引っ掴んできた薬味が乗っかる。ボストンバッグを引き寄せて、適当にコンビニで買ってきたお茶のペットボトルを2本取出し、一本は独歩に差し出した。
 相変わらずの渋面で、独歩はそれを受け取る。

「いただきまーす」
「……いただきます」

 独歩がペットボトルを受け取ったのを確認してから、手を合わせた。
 ぱきり、と今日もうまく割れなかった割りばしに少しがっかりしつつ、蓋を開け、牛丼をもそもそと食す。会話ゼロ。テレビは沈黙を守っている。外の喧騒だけが静寂に割って入るように部屋を満たしていた。
 黙々と食べる、食べる、食べる、成人男性なだけあって独歩の食べる速度は速かった。あっという間に完食。茶でごくりごくりと上下する喉仏をぼんやり観察しながら、箸でつまみ上げた米を口の中に押し込む。汁と肉と米の味。不味くはないが特別おいしいとも感じない。汁を吸って柔らかくなった米が掴む端からぽろぽろ落下していくのに苦戦しつつ、名前も独歩から大分遅れて完食。
 お茶で一息つく。
 それから徐にスマホを取り出した。LINE通知がたまっている。メッセージに一通り目を通し、当たり障りなく返信しつつ、ボストンバッグから手帳を取り出す。予定確認。

「それ、」
「んー……?」

 それ、と言われ名前は顔を上げず首を傾げる。

「援交、まだやってんのか」
「んー……」

 呆れたような独歩の声音に頷きつつ、新たな予定を書き込んでいく。

「やめろよいい加減」
「お金―……」
「そんな金に困ってるのか、お前は」
「んー……どうだろうねー……わかんない」

 正直金をどこでどんな風に使ったかなんていちいち覚えていない。それでも金が必要な世の中だってことは分かっていて、てっとり早く稼ぐ方法がこれだっただけだ。上手くやれば食費や宿代まで浮く。この上なくボロイ商売。
 コミュニケーション能力が低いことは自覚していたがそこはただひたすら経験を積み重ねてカバーした。どうやったら相手の機嫌を損ねないか、どうやったら可愛がってもらえるか、そんなことばかり覚えていって、代わりに日々の記憶が平坦に薄らいでいく。青春のせの字もない。
 独歩は何やらぶつくさ呟いている。終いにはこれも俺のせいかだなんて言い始める。馬鹿だなー、と思いながら、やっとスマホから顔を上げ、名前はぽかりと口を開けた。

「独歩チャンさーあ……」
「……なんだよ」
「そんなに言うなら買ってよ、私の残りの人生」

 途端に押し黙ってしまった独歩にこれ幸い、と名前は再び視線をスマホに落とした。
 スマホのタップ、スワイプ音と、時折さらさらと手帳に書き込む音が部屋に満ちる外の喧騒に混じる。
 どんな雑音も遠くから聞こえるなら静かな雨音と変わらない気がして、静かだなあ、と名前は思った。
 互いに一切口を利かないまま時間だけが流れる。
 ひと段落付き、手帳を閉じてスマホをスリープモードにすると、適当に床の上に転がした。

「片付けるよー……」

 一言、独歩に断って、テーブルの上に放置されたままの空の器を重ね、ビニル袋に放り込んで口を縛る。片手にそれをぶらぶらと引っ提げて、玄関付近にある燃えるゴミの袋へ放り込んだ。そのまま踵を返して一旦キッチンへ、シンクで軽く手を洗ってから部屋に戻る。
 独歩は未だ沈黙している。

「独歩チャーン、今日は泊まってってもいー……?」

 声をかける。
 反応がない。

「おーい……?」

 とことこと傍に寄り、眼前で手でも振ってみようかと片手を持ちあげたところで、手首を掴まれた。

「っ?」

 ぐい、と乱暴に引っ張られて体勢を崩し、独歩の腕の中に飛び込む格好になる。
 一体何事かと尋ねようと顔をあげれば、空かさず唇が重ねられて、流石に少しばかり驚いて目を見開いたまま固まった。
 押し付けられた唇が離れる。

「独歩チャン……?」
「買えばいいんだろ、買えば」
「え、」
「社畜舐めんなよ、働くばかりで金の使い道どころかそもそも金使う時間すらないんだよ」
「あーっとー……? 独歩チャン、なんかキレてるー……?」
「五月蠅い、全部、」

 そこでひと呼吸おかれる。
 また俺のせいだなんて言い出すのかな、なんてぼんやり唇のあたりを見つめる。
 ためらうような、不自然な間。
 やがて瞳をぎらつかせて独歩は名前を睨みつける。

「全部、お前のせいだ」

 らしくもない攻撃的な言葉と共に唇に噛みつかれ、そのまま組み敷かれた。

売り言葉に買い言葉



19.3.25

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