※青柳帝と兄弟
※夢主が精神的に病んでいる
『
あ、もしもし、兄さん?』
電話越しに聞こえた声は喜色を帯びていた。
「やあ、名前!元気にしてたか?」
『うん、そこそこ元気だよ。兄さんは相変わらず?』
「相変わらずだなあ」
『そっか』
有触れたごく普通の、近況を報告しあう兄弟の会話。
其処にはただ、平穏で、当たり前のような日常だけがある。
この電話越しの会話を切り取って誰かに聞かせたとしても、きっと信じないだろう。
帝の弟が、その実、精神を患って隔離病棟にいるだなんて。
『そういえば兄さん、この間は急な仕事でも入ったの?』
「この間?」
『お見舞い、来てくれるって言ってたけど来なかったから』
ひゅ、と一瞬だけ帝は息を飲んだ。
「……あ、ああ、すまないな! 急にバイトのシフトに穴が開いたらしくて呼ばれたんだ!」
それから慌てて、取り繕うように努めて明るい声でそう返す。
『もー……来なかったことは別に怒ってないけどさ。仕事入れすぎて倒れたりしたら、やだよ』
名前はそんな奇妙な間を気にする事も無く、呆れたような、それでいてどこか心配そうな声音でそう言った。
ほ、と帝の口から音のない安堵が零れる。
「その辺りは気を付けてる。本業は声優だしな」
『まだ卵でしょ』
「直ぐに孵るさ」
『はいはい』
軽口をたたく帝と、それと適度にあしらう名前。
先ほどの事などなかったかのように、『当たり前のような日常』が戻ってくる。
ほんの些細な違和感やゆがみに、名前は気が付くことはない。
それでいい。
もうこれ以上、苦しんでほしくない。
それは帝の優しさというよりもエゴであり、単に帝自身がこれ以上傷つきたくないだけのきわめて自分勝手な感情だった。
* * *
名前は知らない。
この間、約束通り帝が病室へ見舞いに行ったことなど。
知るはずもないのだ。
名前にとって、見舞いに来た人物は兄の帝とはまったく別の誰かだったのだから。
名前にとって、青柳帝という男は携帯電話越しに聞こえてくる声そのものなのだから。
精神を病んだ弟が治る日が来るのか、帝には分からない。
分かることは、治ることがない限り、帝と名前は二度と出会うことはないだろう、ということだけだ。
名前は、帝を帝と認識することができなかった。
18.11.26
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