まに、滅茶苦茶に何もかもを破壊したくなってたまらなくなるのだと彼女は呟いた。それはコップであったり扉であったり本であったり機械であったり。いずれも物ばかり。
 結局もったいなくて壊さないんですけどねえ、なんて笑う彼女の声は空々しくて、酷く寒い。
 彼女はぐったりとソファの背もたれに体を預けている。そのさまは酷く気だるそうだ。実際だるいのだろう。
 ほんのり日に焼けたらしい肌はそれでも一応まだ白と言える程度に、彼女の肌は白い。化粧っ気の欠片もない顔は、しかしすっぴんと言われてもあまり気にならないだろう。彼女は決して美人ではなかったが、それでもどこか完成されていて、自然体だった。ありのままを晒して許されそうな雰囲気があった。美人か否かはこの場合大した問題ではないのだと改めて知る。
「……全部ぜーんぶ、壊しちゃいたくなるんですよ」
「なら、壊せばいいのではないか」
 ネレトーを磨き終えたギギナの返答は、実に素っ気ないものであった。
「そうですね、そうしたらいいんでしょうけれど。お金のこととか考えるとどうしてもね」
「ならば貴様は、壊した物の替えが利くならば、あるいは貴様自身に全く無関係で、貴様が不利益を被らないというのなら遠慮なく壊せると」
「多分?」
「ほう、」
 素っ気なさの中にほんのわずかに灯った好奇心を目ざとく察した彼女が、ソファの上で身じろいだ。
 ギギナはネレトーを壁に立てかけると、無遠慮に彼女との距離を詰める。彼女に逃げ道はない。あっという間に詰められた距離、微かに意を決するような息を呑んだ音。彼女がギギナを見上げる。人工の灯りを反射して少しばかり煩わしいレンズの向こう側に、茶の混じった黒い瞳が二つ、はまっている。目にかかるくらいに伸びた煩わしい前髪が重力に従って左右にばらけた。
「ならば、試してやろうか」
「何をです?」
「貴様が本当に壊せるか、どうか」
 言いながらその手に握らせたのはナイフだ。咒式具でもなんでもな、変哲のない、切れ味だけは良いナイフ。
 彼女の手は柔く、ぷよぷよとしていて、なんとも頼りない。武人の手とは程遠い、他者を暴力で傷つけることも殺戮も知らなさそうな手。爪先は短い深爪で、切り口が汚らしく、不揃いだ。噛み癖があるのだといつか聞いたことを思い出す。
 それでも、とギギナは思う。これは単なる勘であるが、彼女の中には何か強烈な、嵐にも似た激しい何かが眠っていると。
 ナイフを握らせたまま彼女を強引に抱き上げて、ソファに座る。そのまま己の足の間に彼女を座らせて、腕を差し出した。
「切ってみろ」
 もう一方の腕を肥満、とまではいかないがそれでも女の価値観から比較すれば肥えている部類に入るのだろう腹に回してがっちりと固定する。程々のふくよかさを持っている体の抱き心地は悪くない。痩せ細る美しさばかりを追求して骨と皮ばかりになっているよりはマシだ。
 彼女はナイフとギギナの腕を前に戸惑っているらしいことはよく分かった。
 そして彼女がギギナの腕を切ることはできないだろうことも、ギギナにはよく分かっていた。
 今はそれでいい。

 今は。

18.11.29

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