かの悲劇を回避するためには、別の誰かを犠牲にするのが一番良い。
 例えその悲劇そのものを回避したところで、どこか別のところで帳尻が合わなくなっていく。現象そのものを回避してしまうより、“代役”を立ててしまった方が手っ取り早い。
 そんなどこにでもありそうな話の中で、“代役”として選ばれてしまった側の者の一人が、私だった。
 悲劇と称するならば、それが私の第一の悲劇。
 物語の中、強姦、輪姦、果てには解剖までされた挙句、捨てられる少女の代役として選ばれた私は、果たしてその少女と全く同じ目に遭うこととなった。
 さらなる悲劇は、私は、代役に選ばれてしまったことはその時点では理解できなかったにせよ、自分自身に何が起こるか、何をされるのか、何をされているのか、その後どうなるのかを理解してしまっていたことだった。
 なにせ、私が代役として蹴り落とされた悲劇の舞台は、私の前世ではそれなりに知られたライトノベルの中であったからだ。
 悲劇と称するならば、それが私の第二の悲劇。

   * * *

「ファースト?」
「……、ガユスさん、どうかしましたか?」
「いや、ぼーっとしてるからどうかしたのかと」
「ちょっと、考え事を」
「どんな?」
「昔のこととか」
「やめとけ」
 あからさまに顔を顰めてみせるガユスさんに、私は笑いかける。
 昔のことを考えていると答えると、ガユスさんは普段から不機嫌そうな表情を張り付けている顔をより一層顰め、必ず「やめとけ」と釘を刺す。今のところ、ガユスさんから刺される釘に素直に打ち付けられたことはない。今日も首を縦には振らない私に、ガユスさんのため息が事務所内に零れ落ちた。
 何度繰り返したかも分からない、お決まりのやり取り。決まりきったやり取りだから、ガユスさんはそれ以上続けようとはしない。私も、続けようとはしない。普段なら。
「私、」
「ん?」
「多分ね、怖いんです」
「怖い?」
 オウム返しに尋ねてくるガユスさんに、私は頷く。
 知覚眼鏡のレンズ、その向こう側に飾られた美しいサファイアが視線でもって問うてくる。
 何が怖いのか、と。
「二度あることは三度あるというから、」
 ガユスさんは黙って私の言葉に耳を傾けている。
「私の歩んだ道に転がっていた過去が“悲劇”と呼ばれるものなら、三つ目は一体全体いつ降ってくるのかと」
 それが怖くてたまらないのだと結べば、ガユスさんはまた深いため息をついた。
「意外に夢見がち(ロマンチスト)だったか、そうでなければ下手な三文小説の読み過ぎだな、それは」
「そうでしょうか」
「そうだよ」
 くだらないとばかりに、ばっさりと私の悩み事(?)は一刀両断される。両断された程度ではすぐに再生してしまうだろうが。
 粉微塵にしたところで残滓からしつこく再生してへばりついてきそうなそれに、我ながら辟易する。生まれ持った性分はどこまで行ってももう、直りそうにない。
「でも、そうだな、」
「?」
「お前のそのくだらないお花畑みたいな空想に付き合ってやるなら、折角生き延びたってんのに俺たちに出会ったことが三つ目だろうさ」
 言われた言葉の意味を理解できず、しばらく咀嚼する。気まずさと気恥ずかしさが混じったのか、ガユスさんの頬がほんのり赤く染まっているような気がしないでもない。たっぷり時間をかけて(といっても数十秒程度だが)言葉の意味を理解し、私は肩を震わせた。
 もちろん、可笑しくて。
「笑うなよ。自分でも何言ってんだって思ったレベルなんだから」
「…いや、だって…ふふっ……それって悲劇っていうんですか?」
「悲劇だろ。人殺しの方法叩き込まれて飯と寝床だけで給料ももらえず酷使されてんだから」
「ご飯は美味しいですし、雨風凌げるってとってもありがたいんですけれどもね」
「おまけに性根が原子崩壊起こしてるギギナの性欲処理」
「結構大事にしてもらえてますよ」
「嘘だろ」
「ところがどっこい、事実です」
「ありえない。ギギナに他人を大事にするなんて真人間機能が備わっているわけがない。だってギギナだぞ」
「ギギナさん、結構優しいと思いますけれど」
「どこがだ。ギギナ基準で優しいを判断したら全人類どころか<異貌のもの>まで聖人君子になっちまうだろうが。それは明らかにお前の優しいの基準が地に着くどころか地の底へ埋没してマントルへ到達しているだけだ」
 ギギナさんの優しさについては全力で否定しかかるガユスさん。まったくもっていつも通りの光景。当のギギナさんがここにいたなら、間違いなくネレトーがガユスさんの頭を首の上から転がり落そうと振るわれるか、首筋頸動脈にぴたりと当てがわれていたことだろう。今はいないけれど。
 どこへ行ったのかは知らないが、外での性欲処理か、はたまた新たな領収書の量産か何かだろう。後者であった場合は漏れなくガユスさんの眉間の皺が三割どころではないレベルで増量される未来まで見える。
 頭の中で繰り広げられる光景は、まったくもっていつも通り。
 それらをいつも通りと思ってしまう程度には、私はこの日常になじんできている。
「ガユスさん、」
「あ?」
「もしこの出会いが悲劇なら、私、今までの悲劇にも意味があったのだと思える気がします」
「とんだ戯言だな」
「本当ですよ」
 なんて、嘘。
 私は今も第三の(彼らとの出会いが第三だと言うならば第四の)悲劇の訪れに怯えている。

   * * *

 誰かの悲劇を回避するためには、別の誰かを犠牲にするのが一番良い。
 例えその悲劇そのものを回避したところで、どこか別のところで帳尻が合わなくなっていく。現象そのものを回避してしまうより、“代役”を立ててしまった方が手っ取り早い。
 私の“代役”はどこにいるのだろうか。
 それとも、いないのだろうか。

18.11.30

back