「あの子、可哀想に……」
「一体どうしたのかしら?」
「さあ……? 余所者のようだし……多分、外の魔物に?」
「可哀想……でも、もう安心ね。ここはソロモン王の加護厚き国だもの」
「ええ!」
「とはいえ……あのままにしておくのはあんまりではないかしら?」
そんな婦人方の、他人事の様な会話。彼女たちの視線の先を追えば、分厚い包帯を目に巻いた、白い異国の装束を身にまとった子供がふらふらと通りの端を、居心地悪そうにしながら歩いている。目的地があるようには見えない。今にも建物の壁か、通行人にぶつかってしまいそうな勢いだ。相手の方が子供に気を遣い、あるいは薄気味悪く思って避けてくれているため、今のところはそういった事態は避けられている様ではあるが、さて。
と、そこまで考えて、お忍びで街までやって来ていたソロモンは固まった。
「……見えない?」
つらつらと婦人方に倣って他人事の様に子供を観察していた為、本来ならば真っ先に浮かぶはずであった違和感に気が付くのが遅れてしまった。
見えない。
あの子供が、見通せない。
そんな莫迦な事があるだろうか?
だが、現時点で問題なく働いている千里眼でもってどれだけ子供を注視してみても、まったくその「過去」も「未来」も見透かすことができない。かといってどこかにぽかりと穴が開いているのかと云えば、そういうわけでもない。云うなれば、本来存在するはずのないものを見ているかのような。そんな、そこらの人間ならばいざ知らず、ソロモン王であればまずありえないような所感を抱いた。
見えないついでに、どういうわけか、こういったときにこそ響く天の声が今はない。
つまり、ソロモンは今、自分で考えて選択しなくてはならない。
こんなことは初めてで、だから、どうしていいか分からない。
近づくか、声をかけるか、其れとも見て見ぬふりをするか。いずれのどの行動をとることが最適解なのか、また、それぞれの行動の結果はどうなるのか。何一つ分からない。分からないが故に、動けない。
『王よ、』
そんな彼の脳裏に響く、彼が編み出した魔術式ゲーティアの声。
(うん、なんだい?)
『原理は全く分からないにせよ、現状があの者の何らかの術によるものである可能性は考えられまいか』
(うーん……その可能性も無くは無い、だろうけれど。干渉を受けているならわかるはずだし、何より、十の指輪が手元にあるというのに、私に影響を与えられる様な術を、果たして使えるような術者が当代にいるかなあ?)
『それは確かに。だが、で、あるからこそ、あの不穏分子をそのままにしておくのはよくないのでは』
(と、いうと?)
『せめて目の届く場所に置いておくべきでは。貴方の千里眼でも見通せぬアレを一度見失えば、もう一度探し出すのは難しいだろう』
(あー、それもそうか。いや、本気で探したいなら人を動かせばいいだけなんだけれども……うーん)
迷う。
迷っている間にも、子供はふらふらと着実にソロモンから離れていく。
ゲーティアがじれったそうにしているのが伝わってくる。
とはいえ、ソロモンは動けない。
千里眼でも見通せず、天の声すら聞こえて来ないこの現状、手出しをしていいものか、どうか。
(うん、よし、静観しておこう)
常の悪い癖で、結局静観を選ぶこととした。
ゲーティアが何やら言いたげにしていたようにも思うが、其れは気にしないこととした。
それから間もなく、子供は雑踏にまぎれて完全に姿が見えなくなる。
千里眼は問題なく働いていたが、過去・未来を探ってもやはりあの子供の姿は何処にも見つけられなかった。
19.3.3