私のささやかな抵抗を感じたのか、私の後頭部を押さえる雪村さんの手にはさらに力がこもった。私はただただされるがままに、甘い口づけに必死についていくしかなかった。私の舌を絡め口腔を荒らす彼は、さらに奥を求めるかのように口づけを深めてくる。
荒いそれにどんどん息が苦しなり自然と涙が滲む。
さすがに限界だと今度は押すだけではなく力を込めてドンドンと必死に彼の胸を叩くと、雪村さんはようやく私を解放してくれた。
雪村さんの体に乗ったまま私は彼の肩口に頭を預け、荒れた息を整えるためにはっはっと呼吸を繰り返す。
その間彼の腕は私を離すまいとしているかのように、私の背中に強く回されていた。
「雪村さん、酔ってるんですか?」
なんとか呼吸も整えられた私は雪村さんの上から降りようと試みてみたものの、彼の腕はやはりしっかりと背中に回っていて降りられなかった。緩めてくれそうな気配もなく、どうやら本当に離す気はないようだ。
仕方ないなぁと諦めの溜め息を軽く吐く。
雪村さんの上に乗っているそのまま、上半身を少しだけ起こして雪村さんの顔を覗く姿勢を取った。
頬はお酒の力か少し赤い。
黒い瞳の奥は影を落とし、切なそうに私を見つめてた。
その表情はどこか寂しそうな子供のようだと感じられ、無意識にぐっと胸が詰まった。
「どうか、しましたか?」
極力穏やかになるようにと意識して声をかけると、雪村さんは腕の力をすっと抜いたようだった。
降りていいということだろうか?
私は先ほどは中途半端に起こした体を今度はしっかりと起こして退けようとした。しかし、雪村さんも一緒に起き上がると、そのままの勢いで彼が私の肩を押した為に、私は今度は仰向けになるように後ろへと転がってしまう。
いきなりのことに身を硬くして衝撃に備えたが、ソファの上だったため軽く息が詰まる感覚だけで痛みは無く済んだようだった。
ど、どうしたのだろう?
先ほどまでとは逆転して、私の上には雪村さんが覆いかぶさっている。私は雪村さんを不安気に仰ぐと、彼はぐっと表情を歪めていた。
それは泣きそうなのを我慢しているかのようで。私は思わず彼の頬に手を添えた。
「雪村さん……どうし……」
「名前ちゃんは」
ぽつりと、声が落とされた。
「どうして俺を好きになったんだろうね」
落とされたそれに息を詰めた。声が出なかった。
予想だにしなかった言葉に瞠目したまま私は彼を見つめる。しかしそんな私を気にもせず、雪村さんは言葉を続けた。
「……不安なんだ」
苦しげに吐き出される声は震えていた。
雪村さんは自らの顔を隠すように、私の胸元にとん、と額を乗せる。
「なにが、不安なんですか……?」
私のことで不安になる何かがあるのなら、思うこと全てを否定してあげたい。吐き出せるものは、全て吐き出してほしい。
私は胸元に置かれた頭に手を添えた。頭を撫でるようにして柔らかく髪の毛を梳く。この気持ちまで伝わってほしいと、願いながら。
「……いくら友達とはいえ、立花君と仲良いから不安で。学校内のこともわからないから、立花君以外でも、そっちで好きな人見つけないかも不安で……。だって、こんな俺なんかよりも同年代の子の方が話が合うに決まってるでしょ?」
私はずっと頭を撫でながら、ぽつりぽつりと途切らせながらも言葉を紡ぐ彼の声を聴いていた。
心配性なのだろうか。いや本当に自分に自信がないのかもしれない。
それでも私は確かに雪村さんが好きなのだ。雪村さんだけが、好きなのに。まったく心外だ。
それに蛍については心配するだけ無駄だというのに。本当の性別を知らないから仕方ないけどなぁと、心の中で苦笑してしまった。こればっかりはあとで蛍に文句を言っても許されるはずだ。
「雪村さんって結構弱いんですね?」
自然と、くすりと笑みが漏れてしまった。
「こんな姿晒したの名前だけだよ」
ぐりぐりと胸元に頭を擦り付けるようにしながら雪村さんは小さく言う。
その仕草はまるで犬猫のようで微笑ましい。
「雪村さんが不安になることなんてないのに。私は雪村さんから離れませんよ?」
信じてもらえるか、わかりませんけど。茶化すようにおどけて笑いを含んだ声音でそう続けた。
いまだ私の胸元に預けられている頭から手を離す。そして今度は腕を回して。その腕で彼の頭をぎゅっと抱いた。
私の想いが伝わる様に。
雪村さんは私のその言葉を聞くと、静かにまた眠りへと落ちてしまった。
私の胸の上ですぅすぅと気持ちよさそうに寝息をたてる彼は、どこか安心したような表情が窺えた。
痩せているとはいえ、成人男性の身体は少し重く感じるが今は退かす気にはなれない。私はそのままふわふわとした彼の髪の毛を梳きながらぽつりと呟いた。
「私だって、こんな子供な私じゃ、大人な雪村さんに飽きられちゃわないか不安です」
小さく溢したその言葉は、眠る雪村さんに届いていないのだろう。
それでも、少しは届いてくれていたらいいなぁと思いながら、私も目を閉じたのだった。