※夢主成人済み設定
ピンポーン! と盛大にチャイムが鳴り響いたのは、夜も22時に迫る時間だった。
あまりにも非常識な時間の来訪だ。机に向かったまま無視を決め込むが、チャイムは再び鳴り響いた。
一度。二度。三度。単調な音が続けて聞こえる。
チャイムが故障していて外には音が聞こえないことがあった。しかしそれは数年前の出来事だ。チャイムは既に修理されていて、来訪者にもしっかりと聞こえているはずだった。
はず、なのに。チャイムは幾度となく部屋に響く。
「はぁ。ほんと、誰だろ」
諦めの悪い客に、重い溜め息を吐いて椅子から立ち上がった。
俺の知り合いはだいたいが直接連絡を入れてくる。しかし今はその連絡は一切なく、誰とも約束をしていないのだ。
不審者ではないといいが。まずチェーンを掛けてからドアを開けた方がいいだろう。
沈む気分のままぺたぺたと廊下を進んでいくと、外の声が小さく聞こえてくるようだった。
ドアを挟みながらも声聞こえるって……ほんとに得体の知れない人物かもしれない。
気分はさらに落ちていく。やはり無視したままの方がいいのではないか。そう思いだした時だった。
微かに聞こえた、聞き覚えのある声と、聞こえてきた名前に、ぴたりと足を止めた。
「立花君……?」
立花君の声で、かなえと聞こえた気がしたのだ。鼎とは確か立花君と名前ちゃんの友人の子ではなかっただろうか。
そして名前ちゃんは今日立花君の部屋で友人と集まると言っていたではないか。
思考が結びつくや否や、俺は玄関に駆け寄って勢いよくドアを開けた。
掛け声もなくいきなり開け放たれたドアに驚いたのだろう。そこには目を丸くした立花くんと矢島さんが立っていた。その矢島さんの隣には、彼女に支えられている名前ちゃんがいた。
名前ちゃんの頬は赤く染まっている。瞳はとろんと眠そうにこちらを見つめていた。そして、三人から微かに漂うアルコールの香り。
どうやら酔っているようだ。
「あー! やっぱりいたじゃない! ほら蛍! 言った通りでしょ?」
「わ、わかった。わかったから声を押さえろ鼎!」
目の前でぎゃーぎゃーと騒がれ、自然と眉間に皺が寄っていく。
とりあえず状況を説明してほしい。
「ちょっと二人とも、近所迷惑なんだけど。なんなの? なんの用?」
「あっすみません雪村さん! 立花は止めたのですが、鼎がどうしてもって押し切って……」
「雪村さんこんばんはー!」
桃色の髪を揺らしながら、矢島さんはおちゃらけた風に笑って敬礼をした。
彼女もしっかり酔っているのか、普段よりまたさらに陽気なように感じる。
「……こんばんは。で、どうしたの?」
明らかに酔っている人に真面目に対応しても疲れるだけだ。俺は早急に説明を求める。
するとこの立花君の友人は、名前ちゃんの背中を押し、こちら側へ差し出してきた。俺はとっさに手を伸ばし、その腰を支える。
そして彼女はこう告げたのだ。
「この子酔っちゃったんでよろしくお願いしま〜す!」
言うや否や、彼女は立花君を引っ張って足早に去っていってしまった。
引っ張られるがままに遠ざかる立花君が慌てているのを止めることも出来ずに見送る。
俺は相変わらず状況が呑み込めずにいた。
立花君とも名前ちゃんとも友達のあの子は、過去に共にサバゲーをした経験があり、トイ☆ガンガンのメンバーとも関わりが出来ていた。故に、俺たちが付き合っていることだって知っていた。
しかし、だからって酔ってる子を男の元にわざわざ送り込むなんて、何を考えているのか。
差し出された名前ちゃんを支えるために、咄嗟に伸ばした腕には、彼女の手が触れている。俺の腕に支えられ立つ彼女は、先ほどからとろんと惚けた瞳をこちらに向けている。
酔いで頭が回らず、自らの状況を把握出来ていないのだろう。
酔っている瞳に見つめられ、自然と心が昂った。ハッとして思わず頭を振る。
とりあえずこのまま外にいるのはよくないし。酔っているのだし、介抱してあげないと。
誰にするでもなく、必死に自分に言い訳を重ねる。これは名前ちゃんを思ってのことなのだと。
彼女を玄関に上げて、ドアを静かに閉めた。
「靴脱げる?」
玄関先で突っ立ったままの彼女に問う。すると、こくんと頷いた。
しかし、脱ごうとしてしゃがめば、その身体はふらりと揺れる。慌てて彼女の腕を取って支える。なんとか転ばずに済み、安堵の溜め息を静かに吐く。
掴んだ腕を支えたまま玄関先に座るように促す。
また転びそうになられては大変だ。
靴を脱がすために名前ちゃんの前に俺もしゃがんで、細い脚を手に取った。そうなれば自然と脚を持ち上げることになる。脚に角度がつけば、するりとスカートは滑り落ちて太腿が露わになった。
思わず溢れ出た生唾を呑み込んで、白い太腿を目で辿る。視線が滑り落ちたスカートまで来れば、その中にちらりとショーツが覗いてることに気付いてしまう。
いつもの名前ちゃんならこんな無防備な格好はないだろう。すぐにスカートを抑えるはずだ。
しかし、今の彼女はただじっと俺を見ているだけ。いつもの彼女を思うと、酔っている状況でそんなことをするのは、なんだか後ろめたさを感じる。さっと視線を足元に落とした。
太腿の奥に向かう意識を必死に遮って靴を見れば、アンクルストラップは垂れていて、足首に巻き付いてはいなかった。ただ靴を足に引っかけただけで出てきたのだろう。
酔っているため、きちんと履くことが出来なかったのか。それともあの友達にさっさと連れ出されたのか。
幸いなことにただ脱がせばいいだけになっているパンプスをするりと脱がして床に置く。カツッとヒールと床がぶつかる硬質な音が鳴った。
「ほら、立てる?」
靴を両足とも脱がすと早急に立ち上がり、彼女を見下ろし手を伸ばす。
顔の前に手を差し出すと、彼女はその手を注視した。そして一拍置いてこちらに視線を向けてくる。
俺を目に留めると名前ちゃんはふにゃりと破顔した。酔いで仄かに潤んだ彼女の瞳に、俺が映される。
“ゆきむらさん”
唇がそう形作り、嬉しそうに笑った。淡く漏れた吐息のような声が空気に溶けた。
途端、俺の顔に熱が集中する。まるで度数の高い酒を飲んだ喉のように、頬がカッと熱くなった。たまらず、差し出した手と逆の手で自分の顔を隠す。
差し出した手に、名前ちゃんの手が重ねられた。重なる手は、酔いのせいか、熱かった。
あ〜これは……やっぱり断ればよかったかもな……。
もごもごと顔を隠した手の中で呟く。
しかしそうは思っても後の祭りだ。今からあの部屋に返すことなんて出来そうにない。
ふぅと細く息を吐いて自分を落ちつける。重なる手に力を込めてぎゅっと握ると、彼女を引き上げた。
名前ちゃんをソファに座らせ、俺は仕事机の前に置かれた椅子に向かった。腰を落ちつけ、彼女の様子を窺うと、彼女は眠そうに目を擦っていた。
「寝ていいよ」
遠くから静かに声を掛ける。
ここまで酔った名前ちゃんを見れるのはそれなりに貴重ではある。しかしながらこんな無防備な状態で一緒の空間なんて、生殺しにも程がある。いっそ寝てもらった方が俺の精神衛生上よろしいのではないか。
そう思い寝てもらうように誘導しようとした。
けれど、彼女はふるふると首を横に振る。
「いや、です……。もっと、ゆきむらさんと、おはなししたい……」
依然瞳をとろんとさせたまま、俺を見上げ、少し不服そうに彼女は言う。
……酔って素直になってる? こんな可愛い彼女に手を出すのを我慢してるなんて俺って偉くない?
でもそんな彼女に微かながらも嗜虐心が顔を出すのは仕方ないことで。
俺はつい意地悪な会話で返す。
「話すだけでいいの?」
「っ! ……」
可愛い彼女の反応にフッと笑みが漏れた。その通りだから否定も、恥ずかしさで肯定も、どちらも出来ないのだろう。
にまにまと心の中でほくそ笑んでいると、暫く黙っていた彼女が言葉を落とした。
「……こっち、こないんですか?」
酔いでうまく回らない舌で紡がれる言葉は幼く響く。しかしその言葉に宿された意味は大人びていた。
そりゃあ隣に行きたい。普段より熱を持っているであろうその肌に触れたい。でも。
「近くにいると色々しちゃうかもね〜。いいの?」
悪戯に笑い、再度意地悪に言葉を返す。
普段なら頬を赤く染め、抗議してくるような内容だった。そうなるだろうと、そう言った。
なのに、今日の彼女はそんな俺の期待を裏切るように言葉を紡ぐ。
「したいこと、していい、って言ったら、どうします、か」
「な……に、それ〜。俺をからかってどうしたいの?」
途切れ途切れにたどたどしく紡がれた言葉は、俺を揺るがすには十分だった。
動揺した。いやするでしょこれは。いくら酔ってるからって名前ちゃんからこんな言葉出る? いやいや、俺は乗らない! 乗らないぞ!
と、頭では思ってたのに……抗えなかった。
「本気?」
こんなに酔った名前ちゃんに手を出すなんて、と思っていた過去の俺に別れを告げる。そもそも俺はそういうキャラだし! なんて言い訳も重ねる。
とりあえず、可愛い彼女にこんなことまで言われて、手を出さないなんて男じゃない。
静かに立ち上がり名前ちゃんと距離を詰めていく。緩慢な動作で横に座ると、彼女は気恥しそうにこちらを見上げた。
潤む瞳の奥に、欲が隠れていた。
彼女の指が俺のカーディガンの袖を掴む。微かな力でくいっと袖を引かれた。
堪らず、きゅっと閉じられた唇にキスを落とす。軽く、一度。もう一度。ちゅう、と、わざと音を出してまた離れる。薄く開いた彼女の唇から、熱を含んだ吐息が漏れた。その吐息ごと呑み込むようにまたキスを交わす。今度は深く、舌をさらう。熱い吐息が混ざり合った。
彼女の口腔に残るアルコールなんて微々たるもので、一緒に酔うには不十分だ。なのに俺まで酩酊していくような感覚に陥っていく。
そっと太腿に手を這わす。お酒の効果か、触れる肌は普段より熱い。ずっと触るのを我慢していたその肌の感触に、思わず喉が動く。そこに触れるのは初めてではないけれど、お預けをくらっていたからか。一際感情が昂り、自身に熱が集まるのを感じた。
太腿に触れている手のひらを内側へと滑らせていくと、重なる彼女の唇から甘い声が漏れた。
「名前ちゃん、もし嫌なら、今逃げて」
とろけた瞳でぼうっとこちらを見つめる名前ちゃんと目を合わす。彼女は躊躇わず、首を横に振った。
「おさけ、ほんとは勇気だすためだったの」
だから、つづけて。
耳に届いた、か細い声が紡いだ言葉に目を瞠った。
そもそも、逃げて、なんて。酔って判断力も、普段以上に力もない彼女が逃げられるわけないのに。ましてやこの状況だって彼女から引き起こしたようなものだ。我ながら意地悪な言い方だったと思う。
しかしまさか、こんなカミングアウトがあると思わなかった。
お酒の力を借りて俺のところに来た彼女。
素直で大胆な可愛い彼女のイイところ全部、暴いてとろけさせようと決めたのだった。