「じゃあバランスを見て俺と春樹と名前ちゃん、ゆっきーと蛍で組むか!」
白が混じることなく青色が綺麗に広がる空の元、月城荘の庭に私はいた。
水鉄砲でサバゲーを模した遊びをする、との誘いに興味を惹かれた私はそれに乗ったのだ。
松岡さんよってサバゲーが出来るフィールドのように改造されたらしいそこは、トイガンを使ったゲームこそ出来ないものの、水鉄砲での疑似サバゲーをするには十分なようだ。
「二人組なそっちが先にフィールドインでいいぜ」
「はい! 行きましょうか雪村さん」
「ん〜」
松岡さんの采配に蛍と雪村さんは頷く。
二人は水をたっぷりと注いだ水鉄砲を手にすると、張り立てられた板やドラム缶等の障害物で視界の遮られたフィールドへと消えて行った。
今回は全滅戦を行うらしい。その名前の通り、敵か味方どちらかが全員撃たれるまで続くゲームだ。つまり、敵である蛍と雪村さんを倒すことが出来れば、こちらの勝利である。
そしてボディタッチ等の危険行為は無しだ。蛍に聞いたことだが、春樹さんを除いた三人で前にも水鉄砲を使った訓練をしたことがあったらしい。その時はTGCへ向けての訓練だったため、ボディタッチが有りだったようだ。
しかし今回はTGCへ向けたものではなく、あくまで息抜きのための遊びなようで、通常のサバゲーのようにやるとのことだった。
「なんか作戦とか組むのか?」
「いや、今回は純粋に楽しめればいいかなーってな。だから名前ちゃん誘ったってのもあるな。ただあっちは蛍がいきなり来るだろうなぁ」
春樹さんの問いに、松岡さんはあっけらかんと答えていた。
「私はどうしたらいいですか?」
「名前ちゃんはそうだなぁ……――」
立てられた板で出来た壁で身を隠すようにしゃがみ、板の壁にあえて空けられた隙間からあたりを窺う。
不安を紛らわすように水鉄砲をぎゅっと握り込んだ。
私に与えられた役目は、まず一番に来るであろう蛍を松岡さんが引き付けるのでそこを狙うものだった。その間の雪村さんへの対処は春樹さんがするようだ。
ふーっと深く息を吐く。あまり緊張しすぎて硬くなってしまっててはいけない。うまく動けなかったら、作戦を立ててくれた松岡さんに悪い。
もう一度、今度は気合いを入れるためにぐっとグリップを握り締めた、その時だった。
地面を蹴る足音に、蛍の声と微かに水が物に当たっているような音がした。
来た!
気づかれないように板に隠れながら音のした方をちらりと覗くと、かろうじて届くだろうかという距離にこちらに都合良く背を向けている蛍の姿があった。隠れているここから出てしまえば射程範囲に入るかもしれない。
しかし相手はあの蛍だ。私が出て行ったところですぐに気づかれてしまいそうだ。だが、松岡さんに任せてばかりもいられない。
一か八か。
私は駆け出すと決め、板から体を乗り出すと、一瞬だけ松岡さんと目が合ったような気がした。それから彼は、にやりと口角を持ち上げた。
途端、松岡さんが蛍に向けていた水鉄砲の引き金を引く。ふたつのノズルから勢い良く水が噴き出した。それは微かに左に逸れているようだった。
ああ、先ほどの笑いはそういうことか。自然と笑みが漏れた。
蛍が地面を蹴ると同時に、私は水鉄砲を構え駆け出した。水が蛍に確実に届くであろう距離は十分に取れた。宙を舞いながらも、蛍は身を晒した私にすぐに気付いたようだ。こちらを振り向く。だが、もう、遅い。ノズルの照準は、蛍がそちらへ避けるだろうと踏んだ右側に既に向かれている。
私は躊躇わずに引き金を引いた。
「っ! ヒットです!」
蛍のヒットコールを聞きながら、私はたいして疲れてもいるわけでもないのにはぁはぁと荒く息を吐く。自分で思っていたよりも随分と気を張っていたようだった。
それでも敵に水を当てることが出来た。
まだ試合は終わってもいないのに、私は達成感と、昂揚感で満ちていた。
「名前ちゃんやったな!」
松岡さんの声が聞こえ、ほう、と肺に溜まった空気を吐き息を整える。
片手を軽く上げて駆け寄ってきた彼に私もそっと片手を上げると、ぱちんっと軽く手の平が合わせられて、胸が奮えた。
「ありがとうございます! それにしてもすごいですね。こんなに綺麗に誘導できるなんて!」
「まぁ初心者にはまず当てた気持ち良さ味わってほしいからな。ちょっと頑張ったぜ!」
溢れんばかりの笑みで祝ってくれた松岡さんに、私は興奮を抑えきれないまま笑顔でお礼を返す。
ヒットを宣言した蛍はむすっとした顔で「今度は油断しないからな!」と私に言葉を残すと、そそくさとフィールドを抜けてセーフティーエリアと設定した水道まで下がって行った。
「よし! 春樹の応援に行くぞ!」
***
試合の結果から言うと、私たちの勝ちで終わることができた。
春樹さんの応援に駆け付けた松岡さんに気を取られた瞬間、雪村さんは春樹さんに撃たれヒットコールを上げることになったのだった。
その後体力回復の為に軽く挟んだ休憩もそろそろ終わり、二回戦目の開始だ。
試合ごとにメンバーは入れ替えをするようだ。今度はぐっとぱーで分けるとのことで、その結果は先ほどと同じく松岡さんに、そして雪村さんと一緒のチームということになった。
さっきのことがあるもので蛍と敵なのはちょっと怖いなぁと頭の隅で思う。
フィールドインはじゃんけんで決めたが、先に入ることになったのはまたしても二人組の方だ。
「……、19、20。よし、入るか」
前で使った待ち伏せ作戦は今度は使わない方針らしい。曰く、予測されて手を打たれてる可能性があるということだった。
フィールドに入ってすぐ、左右にそれぞれ立てられている板に分かれて身を隠す。右側に松岡さん、そして左側に私と雪村さんが隠れた。
左側の板は真ん中に横一直線の隙間が空いているため、しゃがんで姿が見えないようにして、さらにその左右の端に私と雪村さんがそれぞれ位置している。
先に動いたのは松岡さんだ。元々単独行動の予定だった松岡さんは先に人がいないことを確認すると、前に進んでいく。
私たちも続いて先に進んだ。先にはドラム缶、そのまたすぐ先には斜めになるようにして設置されている板の壁。サッとそれに隠れると、私はふうと小さく息を吐いた。その刹那、隠れていた壁の向こう側で、気配が動いた。
私はバッと横を向く。しかしこの時の為に準備していたであろう相手の方が早い。そして姿を確認して悟ったのだった。蛍の速さに叶うわけないと。
私の名前を叫ぶ雪村さんの声が聞こえたが、私はどうしようも出来なかった。
待ち伏せで蛍に勝利した私が、今度は待ち伏せで蛍にやられる。因果応報とはこのことだろうか。
「ひゃっ!」
こちらに向かって噴き出される水に、反射でぎゅっと目を瞑る。びしゃりと、衣服が水で濡れる感覚があった。
そしてついでに、足元が滑る感覚まで。
「名前!?」
「名前ちゃん!?」
蛍と雪村さんが私を呼ぶ声が聞こえる。
まるで場面がスローモーションのように見えた。
尻餅をつくように、後ろに倒れそうになる私を引き戻そうと蛍が手を伸ばし、私の手首を掴んだ。しかし重力に引かれる私の身体は蛍では支えきれず、蛍共々私は地面に沈んだのだった。
どさっと重い音をたてて地面に転がる。背中を打ちつけ、グッと息が詰まった。
「は、っ痛……」
「っ、名前、だいじょうぶ、か……」
蛍の声が途切れたのを不審に思ったが、まず胸部に圧迫感を覚えた私は、背中を打った衝撃を堪えながら視線を下に向けると、そこには蛍の右手が私の左胸を掴んでいるという、なんとも漫画で見るような景色が広がっていた。
「うわあああ!! わ、わるい!」
固まっていた蛍は我に返るとボッと赤面し、すぐに私の胸から手を離して体をバッと起こすと、やや躊躇ってから手を差し伸べてきた。私はそれに自分の手を重ね、立ち上がる。
「ごめん。ありがとう。あー、私は大丈夫だから気にしないで。ね?」
このメンバーの中での扱いは男だが、それでも蛍はれっきとした女性だ。つまり女同士であるし、助けようと手を伸ばしてくれた結果のものだ。私は気にしてないと、心からそう言ったのだが、蛍の顔は今度は青く染まっていた。
青く変わってしまうほどそんなに気にしなくてもいいのになぁ。私は軽くそう思っていた。
私の後ろにいた、雪村さんの顔を見なかったがために。
***
やはりサバゲー常連の上級者が集まるこの遊びは、その上級者たちの助けはあっても初心者にはきつかったのかもしれない。組んだメンバーが生き残りチームが勝利することはあれども、私が最後まで残ることは初めの一度だけだった。
そのため、チームを入れ替えつつ何回戦も繰り返すうちに服が結構濡れてきてしまっていた。
濡れてもいい恰好で、とは言われていたが濡れて透けてしまうことまでは頭が回らなかった私は少し戸惑ったのだが、それでもTシャツの下は水着を選んで着てきている。下着が透けた、などという恥ずかしいことにはならずに済みそうだ。
しかし男性陣からしてみれば、下着かどうかなど関係ないようだった。
ふいにばさりと、頭に布のようなものが被せられた。
「わっ」
何事かと慌ててその布を引っ張り、ふわりと香る匂いにどきりとする。
もしやと思いつつ被せられたそれをそっと頭から退かせると、それは予測していたもので合っていた。普段から雪村さんが着用している黒いカーディガン。それが今、私の手元にあった。
「それ着て」
「え、え? いきなりどうしたんですか?」
「いいから」
いきなり目の前に現れた雪村さんは、ぶすっとした顔でそう言うと、私が手に持っていたカーディガンを奪って私の肩にかける。続いて「ほら、腕通して」と言われ、わけを理解せぬままとりあえず言われるがままに袖に腕を通した。雪村さんは今度はボタンを留めにかかる。するすると、前が閉じられていく。
戸惑いながらもなすがままにされる私の顔を、雪村さんはちろりと見ると、溜め息を漏らしたようだった。
「立花君に胸揉まれても大丈夫とか言ったり、下透けてるのに気にしなかったり、君危機管理能力低すぎなんじゃないの? 身近にいる男が立花君で、その立花君との距離が近くて感覚忘れてるのか知らないけどさ。ここにいるのは皆男なんだよ」
「あれは……気にされても気まずいじゃないですか。どれだけ親しくてもそりゃあ恥ずかしいですよ」
だってあれは女同士なので。とは言えないのでそれらしい嘘で誤魔化す作戦に出るしかない。でも異性だったら恥ずかしいのは本当だ。蛍だってもし男性だったとしたら、私もあんなに冷静な対応なんてできなかった。
「それに下に着てるのは水着ですし……気にするようなものでもないと思いますよ」
水着一着だけで肌を晒すとなれば恥ずかしさは確かにあるが、今は上にTシャツを着ているのだ。露出も普段着と変わらない。
ハテナを浮かべ、小首を傾げて雪村さんに返事をしていると雪村さんは再び溜め息を吐いた。
「名前ちゃん。男はこんな風な見た目だと、水着も下着も同じようなものだよ」
デコルテにとん、と人差し指を当てられビクリと身体が揺れた。
指はそのままつつーっと優しく下がり、胸の谷間あたりに差し掛かったところでぴたりと止まる。
「ッ……」
ぞくり。
背すじにまるで微弱な電流のような、何かが走った。
濡れた布越しに熱を感じる。触れる指の感触はむず痒く、変な感覚を覚えるものだった。
頬に熱が集まり、恥ずかしさや訳のわからなさに視界が微かに潤む。
「ほら、こんなことされても逃げない」
指は静かに離れていく。
目線を合わせるために腰を折った雪村さんの黒い瞳が私を射抜き、さっき味わった感情まで見透かされそうで私は視線を下に逸らした。
「……雪村さんだからですよ」
ぽつりと呟いた声は、雪村さんに届いただろうか。
逸らした視線をそっと戻し、雪村さんの顔を伺おうとした時だった。
松岡さんが「集合!」と声を上げたのが聞こえ、思わずビクリと肩を揺らして振り返る。
「そろそろ最後の試合始めようぜ! チーム分けするぞ!」
「は、はい! 今行きます!」
***
「……ほんと、性質が悪いなぁ」
松岡の声に慌ててそちらへ駆け寄る名前のその後ろで、雪村が頬を染め、ぽつりと呟いたそれに気づく者はいなかった。