07.5
※シンク視点
「……何?」
「いや、シオリに用があったんだけど……居ないの?」
「寝てる。起こすな」
「ハイハイ。僕のレプリカ殿は随分と短気みたいだね」
くすくすと笑う忌々しいオリジナルを睨みつけながら僕は仮面を着ける。
オリジナルは僕の顔を知っているから本当はつける必要なんてないけれど、コイツに顔を見られるのは何となく嫌だった。
シオリの護衛を勤めるようになって早くも二ヶ月以上が経ち、僕の拳闘士としての腕も随分上がったと思う。
そして僕が腕を上げている間にシオリはホスピスを初めとした新しい企画を次々と打ち出していて、『論師』の名は今やダアトだけでなく全世界から注目されているほどだ。
シオリはこの世界にはない独特の考え方を持ち、幼い見た目に反して大人びた態度を貫き、のほほんとした雰囲気に反して頭の回転も早い。
大の大人たちを相手に笑顔でやり取りをする姿は見た目を裏切りすぎていて、どこか人間離れしているようにも見える。
そんなシオリがあの慈愛に満ちた笑顔を崩すのは自室である此処と、僕と居る時と、それと……オリジナルと居る時。
似た者同士なせいだとシオリは笑うけれど、何処が一緒なのか僕には解らなかった。
そりゃあオリジナルもシオリも笑顔で相手を煙に巻いてチクチクどころかグッサグッサと嫌味を言うところとかは似てるけれど、結局そこだけだろう。シオリとは似て非なる僕の元。
僕は、コイツが嫌いだ。
「おお怖い。そんなに睨まなくたって良いだろ?」
そのどこかおどけた口調、全く怖がって居ない態度に苛々する。
「シオリは寝てるって言ったろ。用がないなら帰れ」
「用があるから来てるんだよ。それに僕は導師なんだけどね。良いのかい、そんな口の利き方して」
「此処にはアンタと僕しか居ないんだ。取り繕う必要があるわけ?」
そう言って仮面越しではあるものの更にキツク睨み付ければ、オリジナルはくすくすと笑っている。
その笑みすら忌々しい。
「まぁこんなところで畏まられたら気持ち悪いだけだから良いけどね。それより客人にお茶も出さないの、ここは」
「とっとと出てけって僕は言ってるんだけど、通じないの?」
「ホント生意気……まぁいいや。シオリの体調はどう?」
その言葉にマグカップを片付けようとしていた僕は一瞬手を止めかけた。
コイツ、気付いてたのか。
「寝れば治るんじゃない。食事はちゃんと取ってるし」
「だと良いんだけどね。ちゃんと休養は取ってるの?」
「僕が知る限り"ちゃんと"とっては居ないね」
「ふぅ。ちゃんと休めって言ったはずなんだけどね」
勝手にソファに座ったオリジナルはため息をつきながらぼやいた。
正直、オリジナルがシオリの体調不良(という名のただの寝不足)に気付いていたのは以外だった。
シオリは自分を偽ることが得意で、部屋の外ではそれはもう完璧な『論師様』なのだ。
事実彼女自身も体調に関しては僕以外には誰も指摘されなかったと言っていたし。
それとも、僕だけじゃないのだろうか。彼女がオリジナルにも(あの刺々しくも毒々しい)本性を垣間見せているのは知っていた。
けれど、それ以上深く、それこそ僕と居る時のような、何もかもさらけ出すような素も見せているのだろうか。
「とりあえず、シオリにはちゃんと休むように再度言っておいてくれる? 此処で倒れられたら色々と面倒だ。ホスピスの件でシオリの知名度は一気に高まったからね」
「解った。で、用件はそれだけ?」
「それだけだよ。本人は隠してるみたいだったけどね、よくよく見れば解る。それも伝えておいてよね。今度隠したらお仕置きだから」
嫌な台詞を眩しい笑顔でのたまったオリジナルに思わず眉根を寄せる。お仕置きってなんだ、お仕置きって。
内心突っ込みつつ、同時にどこかホッとしている自分が居るのに気付いた。
深いため息をついたりとか、普段の愛想の良さから想像もできない目つきの悪さで毒づく姿とか、無防備にしがみついたりしてくるとことか。
見せていないのだ、オリジナルには。
シオリは僕の前でだけは全てを曝け出してくれる。
優越感にも似た感情を感じながら、オリジナルに向かって再度出て行くように言う。
嫌な笑みを浮かべて出て行く背中を見送ってから、執務室から直接繋がっている私室に足を運ぶ。
ベッドの上では猫のように丸まっているシオリが居て、ベッドに腰掛けてからそっと頬を撫でた。
シオリは僕の気配に気付かないまま、静かに寝息を立てている。当たり前だ、彼女は何の訓練も積んでいない一般人なんだから。
頬を撫でながら、初めて出会ったときを思い出す。幼い見た目に反して落ち着いた表情でベッドに座っていた少女。
語られる内容に少女が賢いのがすぐに解った。それとは相対的にヴァンの頭の悪さに呆れが隠せず、彼女の計画を聞いて賛同した。
次に見た目に反して口と性格が悪いことに密かに驚いて、次々に打ち出される奇抜なアイディアには目を丸くした。
そして護衛という名目で傍に居るうちに、シオリが僕に信頼を寄せていることに気付いた。
シオリにとって、僕という存在が"お気に入り"であることは知っている。シオリ自身が明言しているし、だからこそヴァンが僕を傍に置くことに対して文句を言わないことも。
その上で信頼を向けられたのは、正直意外だった。それでもまぁ、悪い気はしない。
シオリは僕を代用品として見ない、失敗作として見ない、僕を僕として扱ってくれるから。
サラサラと指通りのいい黒髪を幾度かすいて、僕はベッドから腰を上げた。彼女の傍に居るのは、正直心地良い。口には出さないけれど、そう感じているのは事実だ。
「夕食、作っとくか」
部屋を出てキッチンに向かう。目が覚めて僕が食事を作っておいたと知ったら、シオリはどんな反応をするだろうか。
目をぱちくりさせてから眉根を寄せて失礼なことをのたまうシオリが簡単に想像できて、つい笑みを漏らしてしまう。
どうせならもっと驚くように、彼女の好物でも作ってやろう。
仮面を外して笑みを漏らしつつ、僕は静かに部屋のドアを閉めた。
このお話のシンクは自分が空っぽだとは思ってません。預言やオリジナルを憎んではいるものの、それでも夢主という存在に救われています。
本人に救われているという自覚があるかは解りませんけどね。ただこのまま進むとヤンデレに走りそうな気がする…。
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