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「論師、失礼ですがそれはどういう……?」
「そのままですよ。ダアト自体は預言重視ではありますが、ローレライ教団の中でも神託の盾及び論師直下情報部などは完全に実力主義の世界。貴方のほどの頭の良さと、度胸、そして剣の腕と統率能力があれば、教団内でそれなりの地位を築くことは容易でしょうし、神託の盾騎士団にこの人ありとセシルの名を轟かせることも不可能ではないでしょう」

 私の言葉にセシル少将の喉がごくりと鳴った。その表情は全く変わっていないが、私の言葉に惹かれているのは事実だった。
 このままキムラスカに留まりクリムゾン達に媚を売りながらいつできるか解らないお家再興のためにひたすら忍耐を続けるか。
 それともダアトに来てその力をふるい、家の再興は出来ずともセシルの名をオールドラントに轟かせるか。

 家を復興を第一にするのであればダアトに来るなど愚策でしかない。貴族としての名誉を捨てるようなものだ。
 しかし復興に必要なのはセシル少将の実力だけではない。後は時の運と、上級貴族たちの胸のうち一つで決まる。つまり自分の人生を他人の手に委ねるしかなくなる忍耐の道だ。

 ただし名前を売りたいのならば、セシルの名誉を復帰させたいのであればダアトだけでも事足りる。私がその手助けをしよう。汚名とすら呼ばれた過去すら美談に仕立て上げ、お膳立てだけはしてやろう。
 その代わり頼りになるのは己の実力のみの上、貴族のように将来が約束されることは決してない。それは自分の持てる全てをぶつけて人生を切り開く茨の道だ。

 自然と自分の口角が上がるのが解った。今の私はきっと、毒のある微笑というものを浮かべているのであろう。しかし私はそれを取り繕うことなく、セシル少将を見やる。
 爛、と輝く瞳。期待が浮かんでいるのが解った。けれどそれだけでは駄目だ。私を妄信するだけの部下は要らない。
 必要なのは自分の人生を、将来を得ようとする強い意志。故に私は、手を差し伸べられている、と思っているであろうセシル少将の思いを完全に否定する。

「ああ、勘違いしないでくださいね。私は貴方を引き抜きたい訳ではないのです。貴方の人生は貴方のもの、その選択肢は誰かに強いられるのではなく貴方が選ぶべきもの。惜しいとは言いましたが、選ぶのはあくまでも貴方自身。それでももう一つ、言っておきましょうか? 私が欲しいのは軍人であるジョゼット・セシルです。女であるジョゼットでも、落ちぶれたセシルの名でもない。それらは全て貴方に付随するモノでしかない。私が何よりも買っているのは、あなた自身が築いてきた貴方の実力なのですから」

 その言葉にアイスブルーの瞳が緩やかに見開かれる。唇が戦慄いているのは恐怖かそれとももっと別の感情か。
 もしも私の手を取りたいのであれば、全て捨ててこちらに来るしかないと暗に告げたのだ、当然の反応だろう。
 私は飲みかけの紅茶が入ったカップをもう一度手に取ると、カップを傾けて喉を潤す。いつも飲んでいるものよりも格段に良い紅茶が、するりと喉を通っていった。

「ジョゼット・セシル」

 空になったカップを置き、名前を呼ぶ。出された紅茶に未だに手をつけないまま、セシル少将の肩がピクリと跳ねた。
 確実に毒に犯されているであろう彼女を見て、私はソファに腰掛けたまま足を組み目を細める。

「私の提示した選択肢を、貴方がどう扱おうと構いません。ですがもし貴方が神託の盾騎士団の門扉を叩く日が来たならば、私は喜んで貴方を迎えましょう」

 今のように使い走りにされるのでもなく。飼い殺しにされるのでもなく。
 貴方が貴方の望むままに、思うがままに実力を振るえるように。

 自然と喉が鳴り、笑い声が漏れた。セシル少将といえば先ほどまでの何かに耐える様子はなく、まるで化け物でも見るかのような目で私を見ている。
 顔色が悪いのも、きっと気のせいではないだろう。私がそれほど怖かったのか、失礼しますと言って立ち上がったセシル少将の背中に私はそういえば、と声を掛ける。

「貴方の謝罪を、私は受け取っていませんでしたね」

 そう、私は許すとも何とも言っていない。
 少将はぴたりと足を止めると、恐怖の中に怒りを滲ませた顔で私を振り返った。

「セシル少将は私のお話がしたいという望みを叶えてくださいましたから、それで今回の件は終わりにしましょう。先ほども言ったとおり、キムラスカに禍根を残すつもりはありませんし。楽しい時間でしたよ。やはり女同士の内緒話はいつになっても良いものです」
「……論師が謝罪を受け入れてくださったこと、心より感謝いたします」

 最後にそう言って深々と頭を下げたセシル少将は、今度こそ部屋を出て行った。私は守護役長にお見送りをするように言ってから、パタンと閉じられたドアに笑みを深める。
 ここで話したことを内密にするならば謝罪は受け入れようという私の言葉がうまく伝わったかどうかは解らない。
 解らないがセシル少将の頭の回転の速さは少し話しただけでも解るほどだから、きっとちゃんと受け止めてくれたことだろう。

「ふ、ふふ、ふふふ」
「随分と楽しそうだったじゃないか」
「ねぇシンク、セシル少将は来ると思う?」
「さぁね。少将が優秀なのは認めるけど、それ以外はほぼ知らないに等しいからシオリの言葉がどれだけその身体を蝕んだかなんて僕には図れない。けどまぁ……あの表情を見る限り、心をぐらつかせることぐらいはできたんじゃない?」

 もう誰も聞いていないと判断したのだろう。
 シンクの軽口に私も敬語を取っ払って話せば、シンクはため息混じりにカップを回収していく。

「けど一個言われてもらうなら……ちょっと刺激が強すぎたんじゃないの? いきなりそんな笑み見せられたら誰だって固まるよ。ただでさえシオリは見た目だけは人畜無害なんだから」
「失礼な。私の戦闘力はほぼゼロよ?」
「戦闘力はね。でも君の言葉は毒にも薬にもなる。今のは確実に毒だった。それも、猛毒の類の。あんまりにも強烈過ぎて、少将がぶっ壊れないと良いんだけど」
「心配するとこそこ? 毒が回らないかも、とは考えないの?」
「僕は君がこの世界に着てからずっと側で見てきたんだ。それはありえないって断言できるよ。君の毒は確実に少将の身体を侵している。その結果がどうなるか解らないだけで」

 カップを回収したシンクはそう言うと簡易キッチンの方へと行ってしまった。
 実は物凄く失礼なことを言われたんじゃないだろうかと考えてみるが、シンクに関しては今更かと思い直してすぐに考えを放棄する。

 ソファに身体を沈めてあの怯えた表情を思い返す。
 落ちてきてくれないかなぁと微笑む私は、きっと誰が見ても完璧な悪役だっただろう。


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