季節外れの肝試し 前編


「度胸試し?」

「そ。今騎士団内で流行っててさ、ちょっと問題になってるんだよね」

シオリの元を訪れた際、珍しくも今日は仕事が少ないということで僕は一つの相談を持ちかけていた。

「どんなことするの?」

「上から落ちてくる刃を潰した剣を避けるとか、高いところから飛び降りるとか」

「怪我しないの、それ」

「怪我人が出てるから問題になってるんだって」

僕の言葉にそれもそうか、と頷いてから考え込むシオリ。
ぎしりとソファを軋ませながら背もたれに身体を預け、腕を組んで暫く考えた後、何かひらめいたらしく急に手を合わせて僕に向き直る。

「それじゃあ、度胸試しじゃなくて胆試しにすればいいよ」

「……胆試しって何?」

「あれ?無いの?」

「少なくとも僕は聞いたことが無いね」

僕の反応にきょとんとした後、シオリは胆試しについて説明をしてくれた。
その説明を聞いてから、なるほど、と僕も納得する。
確かにコレなら怪我人は(居なくなりはしないだろうが)ぐっと減るだろうし、最近仕事を詰め込み気味な団員には良い息抜きになるかもしれない。

「ヴァンに提案してみるよ。良い息抜きになりそうだし」

「やるとなったら教えてね」

「は?シオリも参加するの?」

「当たり前でしょ?胆試しなんて久しぶりだわー」

きゃっきゃっとはしゃぐ様子を見て、一瞬胆試しの意味を頭の中で再確認する。
しかし相手はシオリである。シオリの頭の中は誰にも理解できないのだ。
僕は早々に考えることを放棄した。

「まぁいいや。論師も参加するってことは教団員も参加可能にしちゃっていいよね?」

「いいんじゃない?いっそのこと夜の教団でやろうよ!ヴァンと私で詠師会に提出するから」

「できるの?」

「できるかどうかじゃなくて、やるのよ」

実に楽しそうに笑うシオリに、コレは実行されるなと僕は密かに確信し、事実1週間後に胆試しは開催されることになった。















「皆様、"第一回☆神託の盾主催胆試し大会"に参加して頂きありがとうございます。
全て攻略された方には商品も出ますので、今晩は心の底から恐怖し、楽しんで行って下さいね」

どこかおかしいような気がする短い挨拶を終え、拍手を受けながらシオリが壇上から降りる。
ヴァンとシオリが提案した胆試し大会は、案外あっさりと許可が下りた。
14歳以上60歳未満の教団所属者のみ参加可能としたが、結構な人数が集まっている。
その大部分が騎士団員なのは、各師団長から師団員たちに度胸試ししたいならこっちに参加しろと通達があったからだ。

ちなみに60歳以上の参加が駄目なのは、驚かされた際にぽっくり逝かれては困るというなんとも間抜けな理由である。
多分詠師達があっさり許可を出したのは、この年齢制限があるからじゃないかと僕は思っている。
論師と入れ替わるようにしてヴァンが壇上に上がるのを見ながら、僕はこっそり"別の意味で参加する"メンバーたちに合図をした。

「では、ルールについて説明する。
今回騎士団本部の深夜使用許可を取っているため、舞台は騎士団本部となる。
参加者は二人一組となり、あらかじめ決められたルートで食堂、会議室、休憩室、懲罰室を回ってもらう。

各部屋にはこのような丸い玉が隠してある。これらを全て集めた者のみ、今回の景品が与えられる。
あまり難しい場所に隠しては居ないため、そこまで構えなくともすぐに見つかるだろう。

ただしいくつか禁則事項がある、これらに反した場合即失格となる。
まず各部屋に入れるのは一度きり、戻って再度入室することとルートを逆行することを禁止する。
二つ目は武力行使は禁止、という点だ。武器は全て置いて行ってもらう。

道中及び各部屋には参加者を脅かす為の人員が隠れている。
咄嗟に彼等に危害を加えないよう注意することだ。

それでは二人でパーティを組め、5分ごとに出発とする」

ヴァンの説明が終わり、団員達はそれぞれに親しい者とパーティを組み始めた。
僕は特例でシオリとパーティを組むことが決まっているため、そこまで焦る必要は無い。
無かったのだが…。

「シンク、もう誰と組むか決まってるの…?」

「アリエッタ…アンタも参加するわけ?」

「景品の中に有給プレゼントあるから…有給とって、ベルケント行こうと思って」

「あぁ、そういうこと…アンタの場合すぐ目を回してゲームオーバーになりそうな気がするけどね」

「そんな事無いもん!アリエッタ、頑張るんだから!」

「ま、精々頑張りな。僕は論師の守護役として組むことになってるから」

「え……シオリ様も参加する、ですか?」

「……無駄に楽しみにしててね、自分で年齢制限かけたくせに、中身は24歳だからって無理矢理参加してるんだよ」

「シオリ様、楽しそう…」

うん、無駄にね。
実際、今も団員達と話しているが実に楽しそうだ。
あんなつやつやした笑顔は久しぶりに見た気がする。

「まぁリグレットあたりでも誘えば?景品に欲しいものがあるとか言って参加するって言ってたし」

「ホント?じゃあ、誘ってくる、です」

とてとてと去っていくアリエッタを見送り、僕は副師団長が寄越してきたメモを確認した。
各部屋には第一、第二、第五、特務師団が腕によりをかけて驚かせるための仕掛けを用意し、フルメイクで待機しているのだが、そちらの準備が済んだようだ。

なのでヴァンに合図をすれば、早速くじで順番を決めたとおりに最初の一組が灯りをもって出発した。
ちなみに各部屋ごとに別の師団が潜んでいるので、僕は休憩室の仕掛けの内容しか知らない。
シオリは仕掛けに関してはあえて聞かず、楽しみにしているらしい。

待機組がどの景品が良いか話している中、廊下から悲鳴が届き一気に室内が静寂に包まれる。
そしてどたばたと足音を立てながら、慌てた様子のトップ組が戻ってきた。

「よ、よう、よよよよ、ようよう、よ、」

「失格」

何か言いたいのにかみ合わない二人組にあっさりと言うヴァン。
先程まで浮ついた雰囲気だったというのに、今はそんな空気は微塵も無い。
あるのはこの先に待っている恐怖に対する緊張。

それから3組出発した後、アリエッタとリグレットのコンビが出発。
更に2組後に、ディストとアッシュのコンビ…というより、アッシュとアッシュにしがみ付いているディストが出発した。

ディストは椅子を取り上げられ、怒鳴るアッシュに震えながらもしがみ付き廊下に向かっていった。
叫び声が聞こえたが、帰っては来ないのでそのまま次の組が出発する。

そして更に2組後、ようやく僕とシオリの番になった。
何人かリタイアした団員たちがシオリを必死になってとめていたが、シオリは大丈夫だと言って僕の元へやってくる。

「そんなに心配しなくとも、いざとなったらシンクにしがみつきますから大丈夫ですよ」

「…その場合ココまでお運びすれば宜しいので?」

「そうですね、いざとなったらお願いします」

期待に満ちた笑顔で言われ、それは無いだろうなと頭の中で思う。
ヴァンにランタンを渡され光の無い廊下に脚を踏み入れれば、廊下は耳が痛くなるほどにしんとしていた。

「確か灯りは第六音素を使用していましたね…杖に引っ掛けますか?」

「確かにその方が両手は開きますが…宜しいのですか?」

「えぇ、構いません。話し方も、いつものように話してくださって結構ですよ」

「解った…じゃあコレ宜しく」

自分たちの靴音のみが響く深夜の廊下で、結構に呑気な会話を繰り広げていると思う。
ぐわぁ、と叫びながら飛び出してきた(実に良くできている)ゾンビメイクの団員にお疲れ様ですと言って通り過ぎるあたり、どうもシオリはこういった行事に慣れているらしい。

「前に居た所ではこういうのよくあったの?」

「暑い時期に盛んでした。肝を冷やして寒さを感じよう、という趣旨の元行われていましたから、ココとは少し違いますが…」

「じゃあ慣れてるわけだ」

「えぇ、次はどんな仕掛けが出てくるのかとても楽しみです」

カンテラの引っ掛けられた杖を片手に、わくわくしながら言ってくれる。
コレで中途半端な驚かし方をしたら逆に拗ねられそうだと思いつつ、途中落ちてくる水滴や壁を伝っている赤いペンキに感心しながら先へと進んだ。
あちこちで気配がうろちょろしているのを感じるため、僕もあまり恐怖心は無い。

「最初は確か…食堂でしたね」

「食堂は…黒い玉があるはずだよ」

お互い確認をしながら、食堂の扉開ける。
頭上からざんばら頭の人形がふってきたが、それを軽く避けて室内へと足を踏み入れた。
いつもは団員たちでにぎわっている食堂も今はぽつりぽつりと灯りがあるだけで、ほぼ真っ暗闇と言っていい。

途中逃げ出してきた団員たちがシオリにぶつからないよう気をつけながら、二人で黒い玉を探し始める。
僕が何故か机の上に置いてある箱を漁っている横で、シオリがふと机の下を覗き込んだ。


「ぐああああぁあああああぁぁぁあ!」


「お疲れ様です。黒い玉、お持ちではありませんか?」

「え……あ、はい。持ってます。どうぞ」

「ありがとうございます」

「…ちょっとは怯えてあげようよ」

「怖く無いので」

微塵も動じない論師に逆に困っている脅かし役に多少の同情を覚えつつ、黒い玉を受け取る。
どうもドッキリ系はシオリに通じないようだ。
困った顔をしている団員に再度隠れるように指示してから、僕等はさっさと食堂を出て次の部屋に行くことにした。
水滴の音が聞こえる廊下を歩いていると、シオリがふと思い出したらしく楽しそうに語り始める。

「あ、そうえいば…ヴァンに頼まれて私も脅かす側にちょっと参加したんです」

「……シオリも?」

「はい。一番最後の最期。出口が見え始めたあたりの廊下で待機しているはずですよ」

「何しかけたのさ?」

「内緒です。彼も楽しそうでしたから、気合を入れて脅かしてくれていると思いますよ」

にっこりと微笑みながら言われ、何か冷たいものが背中を走った気がした。
……脅かされても動じないシオリが提案した仕掛け。
しかも出口が見え始めたあたり…つまり気が緩んだあたりで発動するという。
とても悪い予感しかしない。

思わず仮面の奥で眉を顰めていたら、そのまま会議室に辿りついた。
室内に入ればマットなどを使ってなだらかな斜面が作られていたため、シオリの手を引きながら会議室に入る。
やはりぽつぽつとしか灯りは置かれておらず、壁中に血痕の跡がある。

しっとりとした音楽が微かに聞こえ始めたかと思うと、突然女性の甲高い笑い声が響き渡る。
どうやら会議室は音で攻め立ててくるらしい。
音機関が大活躍しているこの仕掛けは実に第二師団らしいものだ。

「いい感じですね、少しわくわくしてきました」

……結構に作りこまれているのだろうが、シオリの前では恐怖のきの字も存在しなかった。
むしろ楽しみにされている。
この調子では僕の担当した休憩室もあまり驚いてはくれないだろう。
そんな事を考えながらこの部屋にあるはずの白い玉を捜していると、急にピアノの音量が上がり不協和音を奏で始めた。

「……うーん、怖がらせるつもりなのでしょうが…結構煩いですね」

ため息混じりに呟くシオリ。
そしてきょろきょろとあたりを見回したあと、音源らしい音機関を発見してそのままスイッチを切ってしまう。

「出て行くときにもう一度つけておきましょう」

やっぱり笑顔で言われ、僕はボードの裏にあった白い玉を片手にこっそりため息をつくのだった。


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