とろけるザッハトルテ


「んー、もうちょっとで完成ね」

「鼻が馬鹿になりそう…」

それはチョコレートを使う以上、仕方ない。
シンクの言葉に苦笑を漏らしつつ、私はその言葉を飲み込んだ。
シルフデーカンを迎え、奇跡的に仕事に空き時間ができた私はシンクを巻き込んで久しぶりにお菓子作りをしていた。
日本で言えば2月に当たる(?)この時期ならばやっぱりチョコレートだろうと、たっぷりとチョコレートを使ったザッハトルテだ。

まだ忙しくない時期からお菓子作りを手伝ってくれていたシンクは久しぶりだねと言いながら手伝ってくれた。
しかし今まで作っていたのがクッキーなどの焼き菓子がメインだったために、部屋中に立ち込めるほどの初めてのチョコレートの香りに眉を顰めている。

「甘ったるい?」

「すごく」

「窓開けようか」

「そうだね。換気しよう」

私の提案にシンクは生クリームをあわ立てる手を止めて窓を開けに行った。
窓が開けられ、フォンダンをたっぷりと塗っている私の横から風が入ってくる。
少しばかり肌寒いが、これで甘ったるい臭いも無くなるだろう。

「ねぇ、生クリームは砂糖無しで良いんだよね?」

「うん。ケーキが甘いからね」

「あぁ、確かに…」

スポンジにもチョコを使用し、さらにはフォンダンにもたっぷりとチョコが使用されている。
まさにチョコ尽くしといっても過言ではないザッハトルテを見てシンクはどこかげんなりとした表情で呟いた。
私は綺麗にチョコレートでコーティングできたザッハトルテを見て満足なのだが、シンクには糖分の象徴にしか見えないらしい。

「さて、できた。本当はココから冷やすんだけど、寒いからとろけるザッハトルテとでもいきましょうか」

「とろけるの?」

「さぁ?冷やしたのしか食べたこと無いから知らない」

適当に答えれば返って来るのは呆れたような表情。
だって本当に知らないのだから仕方ない。
でもあったかい溶けたチョコが乗っているのだ。
とろけるだろう。多分。

ナイフを入れれば、固まりきっていないチョコが断面へと垂れていく。
これはこれで良いんじゃないかとかけたチョコレートが崩れないようお皿へと移す。
シンクにはそこに生クリームを添えてもらい、ザッハトルテはようやく完成した。

「でも何でいきなりチョコケーキ?いつもは摘めるお菓子しか作らないじゃないか」

「ん?いやぁ、日本じゃ今頃バレンタインの季節だなぁって思ってさ」

「バレンタイン?」

「女の子が好きな男の子にチョコレートを贈る日のこと」

まぁ製菓会社の陰謀のせいなので、この習慣は日本だけだと思うが。
心の中だけで相槌を打ち、私は洗い物に手を伸ばす。
シンクは茶器を取り出していて、渋みが強い紅茶を淹れる為にお湯を沸かし始める。

「好きな男の子に?」

「そう。元は違うんだけど、私の故郷ではそうだったの。
といっても友達同士で贈ったり、義理チョコって言って皆に配る人も居たりと結構フリーダムだったけどね」

「…シオリの国でフリーダムじゃないものってあったの?」

「…あんまないな」

シンクの的を得た質問にそう答えつつ、ボールの冷えてこびりついたチョコレートを洗剤を使ってガシガシ洗う。
そう思うと好き勝手に発展させるのは日本の得意芸のようなものなのかもしれない。

全てを洗い終えた後、水を止めて道具を拭き始める。
その頃にはお湯も沸き始めていて、シンクは茶器を温めながら皿に盛られたザッハトルテをじっと見ていた。

「じゃあ、これはバレンタインのチョコ?」

「あー…そんなつもりで作った訳じゃないけど、まぁ時期的にそうなるのかな?」

「なら誰にあげるのさ?」

「え?」

シンクの質問に木ベラを拭きながら私は考え込む。
そこまで深く考えて居なかったので即答できなかった。
なのであげたい人を考えてみたものの、ポンと浮かぶ人は居ない。
アリエッタやフローリアン、レインなどにあげたら喜んでくれそうだが、わざわざラッピングするのも面倒だ。

「特に考えてなかった」

だから素直にそう答える。
シンクは湯気を立てるやかんを見て火を止めてから、それなら、と口を開いた。

「僕が貰っても良い?」

……それは私からチョコが欲しい、という意思表示なのか。
じ、と真っ直ぐにコチラを見ているシンクに思わずきょとんとしてしまったが、すぐにぷっと吹き出してしまった。
私が噴出したことにシンクはムッとしてしまって、ごめんごめんと謝りながら私はボールの水気を拭き取り続ける。

「良いも何も、シンクも一緒に食べるでしょう?それともシンクは要らなかったの?」

「そりゃ…食べるつもりだったけど…そうじゃなくてさ!」

そういったシンクは言葉を続けようとして、何度か口を開いてまた閉じるということを繰り返した。
何を言うのかと待っていたのだが上手く言葉が見つからなかったのか、もう良いと言って唇を尖らせてしまう。

ああ、もしかして一緒に食べるのではなく、私からの贈り物という形で欲しかったのだろうか。
シンクは人を言いくるめたり言い負かしたりする言葉は私と居るせいで非常に豊富だが、自分の気持ちを表現するという点に置いてはボキャブラリーが少ない。
…今度絵本でも読ませるか。

私は拭き終えた道具を仕舞い、シンクが紅茶を淹れるのを見届けてからザッハトルテが乗ったお皿を持ってソファへと向かう。
ふてくされたまま紅茶を運ぶシンクに窓を閉めてもらい、シンクがいつものように隣に来たのを見計らってから、私はお皿を手にとってシンクへと差し出した。

「はい、バレンタイン。受け取ってくれる?」

「…え?」

「私からのチョコ…っていっても、シンクに手伝ってもらったしラッピングも何もしてないけど。私からの贈り物、要らない?」

「…要る」

シンクはおずおずと手を伸ばし、私からお皿を受け取った。
その顔は先程のようにふてくされておらず、唇をきゅっと噛み締めてどこか嬉しそうだ。

「…ありがと」

「どういたしまして」

小さく呟かれた言葉に笑顔で答える。
口にしたらどつかれそうなので言わないが、反応が可愛くて仕方が無い。
私は紅茶の入ったカップを手に取り、ザッハトルテを見て嬉しそうに目を細めているシンクを見る。

「ホワイトデー楽しみにしてるから」

「え?」

「さーて、シンクは何を返してくれるのかなー」

「え?ちょっと待って、ホワイトデーって何!?」

「チョコレートを貰った男子は一ヵ月後にお返しを贈るのが流儀なのよ」

「何その後出し!?」

「女の子から贈る日があるんだから、男の子から贈る日があってもおかしくないでしょー?」

「詐欺!?」

ホワイトデーを詐欺呼ばわりとは何事だ。
ころころと笑いながらいつもの調子を取り戻したシンクをあしらいつつ、ザッハトルテにフォークを入れる。
寒いせいでチョコレートは既に冷え始めていたが、口の中に広がる濃厚なチョコの味に私は頬を緩めた。

「んー、あまーい」

「はァ…はいはい、一ヵ月後ね」

「シンク、甘いよー」

「そうだね、甘いね、ハイハイ」

何故か私があしらわれた。何故だ。
咀嚼していたものを飲み込み、また一切れ口に放り込みその甘さを楽しむ。

別にザッハトルテを作るのは今日が初めてというわけではない。日本でもたまに作っていた。
けれどシンクと一緒に作ったというだけで、必要以上に甘くて美味しい気がした。





とろけるザッハトルテ





言論IF〜とろけるザッハトルテ〜でした。
チョコは甘くても小説が甘くならないのは言論仕様とでも言いましょうか。
まぁ恋愛に発展して無いので仕方ないのでしょうが…。

ふてくされたシンクは可愛いと思います。

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