論師と烈風の約束ごと
「っ、シンク…どきなさい」
「ヤダ」
「この…っ、馬鹿力!」
「シオリが非力なだけだろ?」
そう言ってふんっと鼻を鳴らすシンクは生意気そのものだ。
その唇が皮肉げな笑みを浮かべていたならばまだよかったのだが、思い切りへの字を描いている辺り本気で機嫌が悪いのがありありと解る。
そんなシンクに私は現在腕を捕まれてソファに押し倒されているわけで、いろんな意味で身の危険を感じている私は正常だと思う。
「…そんなに気に入らなかったの?」
「別に」
「じゃあどきなさいよ」
「それはヤダ」
ぶすっとした表情で私を押し倒しているシンクに、思わずため息が漏れた。
シンクはそれに対しさらにムッとしていて、この悪循環にどうしたものかと考える。
そもそもの発端は、レインがいつものように私の部屋で勉強をしていたことだった。
そのレインにおずおずと聞かれたのは、他でもないシンクのこと。
自分の兄弟のことを知りたいと言うのは当然の欲求だろうと、私が話したってことはシンクには内緒ねと言ってちょこちょことシンクのことを話していた。
そしてシンクが実は噛み付き癖があるとか、私の心音を聞くために抱きついてくる時もあるとかそんな話をしたときにレインに言われたのだ。
自分も、心音を聞いてみたい。と。
恐る恐るではあったものの、レインの言葉に私は迷った。
耳元に胸を当てられるというのは結構に恥ずかしいものがある。
下心がないと解っていてもやはり戸惑ってしまうものだ。
私の戸惑いを察したらしいレインは迷ったような表情を浮かべたが、それでも前言撤回をすることは無かった。
それどころか、シンクはよくて僕は駄目なんですか?と小首を傾げて聞かれる始末。
その言い方は結構に卑怯だと思うよレイン。
一体誰から学んだんだ。あぁ、私か。
それから数分の押し問答の末、結局レインに負けた私は今回だけだよと念を押し、レインの要望を受け入れた。
レインが私の脇に手を差し込み、身体を摺り寄せてきたかと思うと左胸に耳を当てる。
結局背中に回された手とか、結構に密着している体とか、やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしい。
それに布越しに当たる体は結構にごつごつしていて、可愛い顔をしているけどレインもやっぱり男の子だったんだなぁなんて思わせるには充分だった。
その後レインが体勢がキツイというので、仕方なく私がソファに寝転がりレインが上に乗るという形を取ったのだが、コレがまた長かった。
私の上に乗ったままずっと耳を済ませているレインに何度もういい?と聞いたことか。
シンクとはいつもしていることだが、やはり別人相手となると色々気になってしまう。
それでもレインがもうちょっとだけ、と何度もいうので耐えていたのだが、流石に長すぎたのだろう。
入室してきたシンクに、レインに押し倒される私、という画を見られるはめになったのである。
背後で顔を真っ赤にした後、背中を見せて何も見てませんと呟いていたレイモンド奏長に関してはもうノーコメントでいい。
シンクが入室してきた事でレインはパッと顔を挙げ、お帰りなさいと笑顔で言った後、長居をしてしまったようなのでそろそろ戻りますねと逃げて行ったのだが、その後が不味かった。
ぱたりと無情にも閉められる扉に思わず手を伸ばしかけたくらいだ。
シンクは仮面をとってむすっとした顔を露わにし、逃げ出そうとした私の上に覆いかぶさり……今に至る。
「……って…言ったじゃないか…」
「……?」
「僕だけって、こんな風に触れるのは僕だけだって言ったじゃないか!なのになんでレインにまで触れさせてんのさ!?」
「レインに懇願されちゃったんだよ。だから今回だけって約束して、」
「嘘つき!!」
ぎちりと手首を押さえつけられ、痛みに顔を顰めてしまう。
それでも泣きそうな顔で私に言うシンクを見て、私は自分がどれだけシンクを傷つけてしまったかようやく思い知った。
確かに私はシンクが触れるとき、シンクだけだからねと言った。
今では慣れたものだが、やはりシンクの時だって最初は恥ずかしかったから。
私にとっては照れ隠しに等しい言葉だったのだが、シンクにとってはとても嬉しかった言葉であるということなんだろう。
私はそれを裏切ってしまったのだ。
「シン、」
「嘘つき!シオリの馬鹿っ」
じんわりと瞳に涙を溜め、歯を噛み締めながら私を見下ろすシンクの言葉が痛い。
同時に思い切り握られている手首も結構な痛みを訴えていた。骨がミシミシ言いそうな勢いで押さえつけられている。
シンクがこんな風に感情的になることならともかく、私が傷つくのを構わずに力を込めてくることは今まで無かった。
それだけ今は自制が効かないと言うのが解り、痛みに顔を歪めつつも私は何とかシンクの名を呼ぶ。
「シンク…ッ」
「嘘つき…ねぇ、信者達だけじゃなくて、僕にまで嘘つくの?今までも嘘ついてたの?ねぇ、」
「シンク!落ち着きなさい!」
どんどん感情を昂らせるシンクを一喝すれば、シンクは肩をびくりと跳ねさせて言葉を途切れさせた。
多分、そこでようやく私が痛みに顔を歪めているのに目が行ったのだろう。
ハッとしたかと思うと慌てて手を離し、私の手首に恐る恐る手を伸ばしてくる。
視線だけで確認すれば赤くなっていて、試しに動かしてみれば痛むものの何とか動く。
骨に異常が出るほどではないようだと私はホッと息を吐いた。
「ご、ごめん…僕…っ」
「…私こそごめんよ。シンクがそんなに傷つくとは思わなかったんだ」
私の上で馬乗り状態になったシンクの顔に手を伸ばし、頬に触れる。
シンクがきゅっと唇を噛んで俯いたので、私は目尻を拭った後頭を撫でた。
前髪に隠れて表情は見えないが、後悔しているのか、はたまた悲しんでいるのか…。
「もうレインにはしないよ、約束する。
元々一回だけだからねって約束してからだったし、勿論他の人にももうしないから」
ゆっくりと、言い聞かせるように柔らかい声音を心がけて言葉を紡ぐ。
それでようやく顔を上げてくれたシンクだがやっぱり泣きそうな表情をしていて、唇を噛んだかと思うと思い切り抱きついてきた。
ぎゅうぎゅうと抱きしめられ、多少息苦しさを覚えるものの抵抗しようとは思わない。
「…絶対?」
「うん、約束」
シンクの背中に手を伸ばし、あやすようにぽんぽんと叩く。
するとシンクが身体をずらし、先程のレインのように私の胸元に頭を置いてきた。
なのでその緑の髪を撫でつつ、もう一度ごめんねと謝る。
「本当に僕だけ?」
「そうだね、シンクだけだよ」
「…こっちも?」
「っぁ!」
上半身を起こしたシンクが法衣の襟を寛げたかと思うと、顔を近づけてくる。
噛まれる、と思った瞬間にはもう痛みは走っていた。
いつもより少しだけ大きい痛みに、シンクの団服をぎゅっと握り締める。
「シンク…ッ、痛いっ」
「ねぇ、他の奴にもこんなことさせてないよね?」
「してないっ、というか、シンク以外にしたがる人なんて居なっぃ!?」
「そんなの解らないじゃん。またレインが僕みたいにしたいって言うかも…」
「ちゃんと、断る…からっ」
「本当?」
「本当、だから。ねぇ、痛い」
普段がぶっと噛まれるのとは違う、アレよりもずっと痛い。
涙目になって痛いから止めてくれと懇願する私に納得したのか、シンクはやっと口を離してくれた。
もしかしてコレはアレか。脅しなのか。
自分以外とこんなことすんなっていう脅迫なのか。
「いたた。まだじんじんする」
「舐めてあげようか?」
「遠慮させて頂きます」
噛まれた所を摩りながら言えば、シンクがさらりと変態発言。
それを丁寧に断れば、シンクはもう一度抱きついてきた。
ただし、今度は胸元に顔を埋める形で。
「シンク?」
「……レインのこと嫌いになりそう」
「は?」
ぼそりと呟かれた言葉が予想外すぎて、思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
そのまま額をぐりぐりと押さえつけられ、背中に腕を回されぎゅっと抱きしめられる。
甘えている、というよりは拗ねた子供のようだ。
なのでシンクの背中に手を回し、
「…もしかしてレインに嫉妬したの?」
と、訊ねてみた。
するとシンクが顔を上げたが、その顔はどう見ても拗ねていて…それが図星だったことを知る。
思わず笑みが零れてしまい、私の唇の端が上がるのを見たシンクにもう一度噛みつかれそうになるのを何とか防いだ。
「馬鹿にしてるでしょ!?」
「してないしてない」
「嘘だ、絶対それは嘘だ!」
「ホントだって。可愛いなって思っただけ」
「やっぱ馬鹿にしてるじゃないか!」
「違うって、本当に」
ムキになるシンクにまた笑いが零れ、そのまま真っ赤になっている顔をぎゅうっと抱きしめる。
シンクは暫く抵抗を見せたものの、私が離す気をないのを悟ったのかやがて抵抗をやめてまたしがみついてきた。
あぁもう、何でこんなに可愛いのか。
「約束。シンクにしかしないからね」
「したら許さないから」
「また噛みつかれるのか私は」
「……もっと酷いこと」
「何されるんだ私は」
シンクの言うもっと酷いことが思い浮かばなくて、思わずげんなりとした顔をしてしまう。
でもまぁ、シンクには二度とあんな顔をさせたくないと思う。
あんな今にも泣き出しそうな顔、もう見たくない。だから私はちゃんとこの約束を守らないといけない。
「はい、約束のちゅぅ」
だから私が腕の力を緩めた途端顔を上げたシンクのおでこに、約束のちゅぅを一つ落とす。
そうすればシンクは凄く間抜けな顔で額を抑えていて、その顔に私はまた笑顔になる。
「な、なな…っ」
「おでこにちゅぅくらいで何そんなに慌ててるの」
「…っ、馬鹿!」
「何よー、シンクにしかしないわよ?」
「そういう問題じゃないっ!!」
ガチャリ。
そうやってシンクと戯れていた途端、ドアの開く音がした。
そう言えば鍵かけてなかったっけ、なんて思いながらドアのほうを見れば、ドアを開けた体勢でコチラを見ながら固まっているリグレット。
片手に封筒を持っている辺り、何かしら相談にきたか仕事を持って来たのだろう。
その背後ではレイモンド奏長顔を真っ赤にしたあとくるりと背中を向け、何も見ていませんと呟いている。
いい加減彼には弁明すべきなのかもしれない。
「リグレット、すみませんがドアを」
閉めていただけませんか、という言葉はリグレットがわなわなと震え始めたので途切れてしまった。
シンクは慌てて仮面をつけ、震えているリグレットに首を傾げている。
「シンク…貴様と言う奴は…っ!」
「は?」
素早く譜銃が抜かれ、安全装置が外されたかと思うとシンクに向けられる。
シンクを見るリグレットの瞳は怒りに彩られていて、私は色々と誤解があるようだなぁと思いながら、リグレットが譜銃を抜いたことにぎょっとして顔を上げたレイモンド奏長を手招いた。
「幼い論師に手を出すとは、男の風上にも置けん!ココで私が成敗してくれる!!」
「は!?ちょ、うわああぁぁ!」
ガウンガウンッと譜銃が鳴り響く音を聞きながら、逃げ出したシンクを見つつ床に座ってソファを遮蔽物にして奏長を待つ。
シンクの悲鳴とリグレットの怒声、そして譜銃の発砲音を聞きながら待つこと数分。
流石は若いながらも守護役に選ばれるだけはある。
リグレットの譜銃の嵐を潜り抜けたレイモンド奏長がこっそり私の元にやってきた。
「お疲れ様です、レイモンド奏長」
「あの…論師様、逃げなくて宜しいのですか?」
「私の場合万が一当たったら回復できませんから、今は防備に徹底しようかと」
「左様でしたか。差し出がましいことを申し上げました。それで、ご用向きは何でしょうか?」
「えぇ、一つ誤解を解いておきたいと思いまして」
私はそこで一つ言葉を切る。
リグレットを説得しようとするシンクの声と、問答無用と怒るリグレットが譜銃を乱射するのを尻目に、レイモンド奏長に微笑んだ。
「あの、誤解とは?」
「私にとって、シンク謡士も導師も等しく幼い子供のようなものなんです」
「幼い子供、ですか?」
「そうです。二人とも今に到るまで親に甘やかされたり、無償の愛情を受け取った記憶など無いという共通点があります。
だから私だけは、あの二人を存分に甘やかしてやりたいと、そう思うのですよ」
「論師様……」
「だから、二人とはそういう関係でもありませんし、泥沼の三角関係を発展させていたりしないので誤解しないで下さいね」
「ぅあ!?な、何で解って!?あ!は、はははい!失礼致しました!!」
レイモンド奏長の解りやすい反応にくすくすと笑いつつ、未だに背後から聞こえるリグレットとシンクの追いかけっこを横目に見やる。
さて、シンクも元気になったことだし、わざとシンクを煽ったであろうレインにはどう説教をしてやろうかな。
論師と烈風の約束ごと
コノハ様フリリク、言論IFでシンクが嫉妬する話、でした。
何か途中から嫉妬と独占欲の差が解らなくなり混乱したまま書き終えましたが、コノハ様いかがでしょうか(びくびく)
論師の推察通り、レインはわざとシンクを煽ってます。
論師は好きだけどシンクに独占されてるし、シンクも好きだけどやっぱり論師に独占されてるし…っていう弟心(?)による悪戯です。シンクは気付いてませんが。
しかも微妙にオチてないな、この結末…。
レインに嫉妬するシンク(?)ですが、お気に召していただければ幸いです。
フリリクありがとうございました!
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