君と年の瀬〜前編〜
朝。
ふ、と目が覚めたまず感じた違和感。
オフホワイトを基調とした壁に、ウッド&グリーンで纏められた室内。
身体を起こして見渡してみてもその正体は解らない。
なので室内の細々としたところに目を向けてみることにする。
ピンクとシルバーのカバーがつけられたノートパソコン。
電源の入っていない薄型テレビに、最近は殆ど使っていない据え置きのゲーム機。
窓にはホワイトベージュに三つ葉の柄のカーテンがかけられていて、何と無しに開いてみれば間近に隣の家の窓がある。
そして窓の向こうでは緑の頭が揺れていて。
「……シンク?」
思わず窓を開けて名前を呼べば、窓の向こうで何か作業をしていたシンクもまた顔を上げてコチラへと歩み寄ってきた。
そして私と同じようにカラリと窓を開け、どうしたのさと声をあげる。
「おはよ。随分と遅いじゃないか。寝坊?」
「あ、うん。おはよう」
濃いグリーンを基調としたチェック柄のシャツの上に紺色のセーターを着て、ジーパンを履いたシンク。
何故か強烈に違和感があり、同時にシンクの格好だなとも思った。
あの紺色のセーターはシンクのお気に入りの一つなのだ。違和感を覚える方が間違いだ。
「なんか……違和感があって」
「は?違和感?」
「うん、違和感」
「年末だからじゃないの?明日になれば今年も終わりだし」
「年末……ああ!お蕎麦買ってない!」
「はぁ!?昨日買っとけって言ったじゃん!やめてよね、今晩晩ご飯抜きとか切れるよ僕!」
今すぐにでも怒り出しそうなシンクを見て、違和感などどこかに吹っ飛んだ。
年末なのに年越し蕎麦が無いなど大問題である。
思い出した最重要事項にシンクに買い物に行って来ると告げ、慌てて窓とカーテンを閉める。
そしてクローゼットから白いタートルニットを取り出し、ワインレッドを基調としたチェック柄のロングスカートを合わせながら先程まで違和感を感じていた自分を阿呆らしく感じた。
私はシオリ。さっきのはシンク。
ずっとお隣で世間では幼馴染と呼ばれる存在である。
お互い両親が家に不在であることが多いことと、窓と窓の隙間が30cmという超近距離のため幼馴染というよりは腐れ縁といった方がしっくりくるが。
年の瀬もまた両親は仕事で帰ってこれないため、シンク達はうちで年越しをすると言う話でまとまっていたのだ。
そう、別に何もおかしいことじゃない。
顔を洗って髪を整え、コートを羽織ってマフラーを巻く。
財布や携帯などをバッグに詰め、食事を取るのも忘れて買い物のために家を飛び出せば、そこには黒いコートの上に黄緑色のマフラーを巻いたシンクが何故か立っていた。
「遅い」
「へ?」
「へ?じゃないよ。蕎麦買いに行くんだろ」
「シンクも一緒に行くの?」
「そうだよ、悪い?」
「シンクも買いたいものでもあるの?」
「まあね。それにシオリに任せたらまた何か忘れそうだからさ」
「うっわ、相変わらず超失礼」
鼻で笑うシンクと一緒に歩き出す。行き先は確認せずともわかる。一番近いスーパーに行くのだ。
歩いて5分ほどで着くそこはそこそこの広さがあり、確か年末大特化セールをやっていた筈である。
「イオン達はどうしてるの?」
「イオンはアリエッタとデート、レインは部活動があるとかで年末はそっちで過ごすって言ってたし、フローリアンはアッシュと遊び倒してくるってさ」
「年末なのに誰も家に居ないとは……シンクは予定ないの?」
「別に無いけど」
「寂しい奴だなオイ」
「シオリに言われたくないね。君だって寂しい年末じゃないか」
「そうだけどさ、彼女とか居ないの?イオンみたいに」
「居るわけない、だろ。居たらこうやって一緒に出かけられないじゃないか」
「それもそうか」
ちょっとそっぽを向かれながら言われた言葉に、確かにと一人ごちる。
シンクに彼女が出来たらこんな風に一緒に出かけるのも遠慮した方が良いのだろう。
デートとかと間違えられたら嫌だもんね。
「彼女できたら教えてね」
「は?な、何さ急に」
「こんな風に出かけてるの誰かに見られて浮気相手と間違えられたら嫌だもん」
「あ、ああ……そういうこと」
何故か動揺するシンクをまじまじと見れば、サッと目を反らされる。
私と目をあわせようとしないシンクを追いかけつつ、辿り着いたスーパーは人でごった返していた。
まあ当たり前かとかごに手を伸ばせば、シンクが既に持っている。
相変わらず早いなと思いつつシンクの隣を歩き、目当てのお蕎麦は後回しにして人の流れに乗りながら順番に食品コーナーを見て回っていくことにした。
「お惣菜多いなー。お寿司でも買ってく?」
「今月の食費余ってんの?」
「まあね。全部へそくり行きだけどまあ年末くらいパーっと使っても良いかなって。
大体父さんと母さん二人揃って食費くれるんだもん。絶対余るって」
「いいね、うちは今月はカツカツだよ。
フローリアンがクリスマスパーティの時に大量にお菓子買って来てくれたからね……」
「あんな大量のお菓子どっから出てきたのかと思ってたけど、食費に手つけてたのか」
「それを知ったイオンに説教喰らってたけどね」
「だろうね」
サラダや天ぷらなどを籠に放り込みつつそんな話をする。
お昼もう食べた?って聞けばまだとの事なので、そういうことなら昼はうちで食べればと誘えばシンクは迷うことなく頷いた。
あっちの家はさぞかし冷蔵庫が寂しいことになっているに違いない。
「何か食べたいものある?」
「肉」
「カツで良い?」
「トンカツ」
「ハイハイ、トンカツね」
奢ってやるというのに何という図々しさ。
まあいつものことなので適当にスルーした後、更にお肉とお蕎麦と飲み物をかごに放り込んで会計を終わらせスーパーを後にする。
シンクと共に我が家に帰宅した後、寝坊した私の朝ごはん兼昼ごはん、もといシンクの昼ごはんを準備するためにキッチンへと向かった。
シンクも勝手知ったるなんとやらということで早速リビングのソファに陣取り、テレビをつけてニュースを見ている。
トンカツはいつもシンクがリクエストしてくるメニューでもあるので、最早私も手馴れたものだ。
カウンターキッチン越しに煎餅をバリボリ食べているシンクを見つつさっさと豚肉に火を通す。
「なんか面白いニュースやってる?」
「雪国トリオがお笑い番組に出てる」
「またサフィールいじめてるの?」
「正解」
雪国トリオはマルクトというアイドル事務所が出している男性三人のユニットだ。
明朗快活なピオニーをリーダーにして、頭脳派ながらお茶目なジェイドと打てば響くサフィールの三人で構成されている。
全員30を越えている筈だがどう見ても20代である彼らは女子高生からお茶の間の主婦まで総なめしている大人気アイドルグループである。
ちなみに私は同事務所出身で、ピンで活動しているアスランの方が好きだったりする。
「その三人も長いよねー」
「幼馴染らしいよ?アッシュが言ってた」
「あ、そう言えばアッシュはお家のつながりで実際に会ったことがあるんだっけ?」
「そそ。ほら、アッシュの双子の弟のルーク居るだろ。
双子でコンビ作って事務所に来ないかって誘われたんだってさ」
「おおう。マジか」
「断ったらしいけどね」
「まああの二人の家大きいもんなぁ。アイドルデビューなんてしたら面倒も多いだろうしね」
「あそこの父親は厳しいからね」
「クリムゾンさんでしょ?シュザンヌさんは凄い優しいのにねー」
アッシュとルークは赤毛の双子で、ファブレ財閥の御曹司でもある。
けど二人ともお金持ちであることを鼻にかけないし、シンクやフローリアン経由で私も友達づきあいをさせてもらっている。
何でもルークとレイン、それとアッシュとフローリアンが仲が良いらしい。
そんな風に雑談しながら出来上がったトンカツを昼ごはんにして、私とシンクは年末だというのにいつものようにグダグダ過ごした。
宿題は終わったかとか、冬休みが終わって欲しくないとか、どうでも良いことを話しながら二人で炬燵に収まる。
「そう言えばイオンが生徒会長候補になってるらしくてさ」
「お、似合いそう」
「レインも副会長に誘われてるし、フローリアンも書記にならないかって言われてるっぽい」
「え?生徒会を緑で埋め尽くす気?」
「かもね。僕も会計に誘われてるから」
肩を竦めながらアッサリといわれた言葉に頬が引きつった。
現生徒会長であるリスフレイ先輩と、副会長を務めているレイモンド先輩を思い出す。
あの二人は一体何がしたいのだろう?
「ふぅん。まあ頑張れ」
「でもイオンは生徒会長はシオリのが良いんじゃないかって先輩に言っててさ」
「はあ!?ちょっと、何で私を巻き込むのよ!?」
「でも先輩がそれも良いかもって言ってたから、もしかしなくともシオリも巻き込まれると思うよ?」
「嫌だよ!面倒臭い!」
「堂々という台詞じゃないよ、それ。
まあリグレット先生も乗り気だったから、諦めたほうが良いかもね」
「リグレット先生かー……あの人は私に期待しすぎなんだよ」
「アリエッタと仲も良いおかげで先輩達から睨まれてるわけでもないし、今もクラス委員長やってるんだから別に良いじゃん」
「えー……」
「それにシオリが生徒会長になるなら僕も会計やるよ。シオリとなら楽しそうだしね」
「いやいや、まだ私がやるとは決まってないからね」
みかんを剥きながら否定しておけば、シンクはまじまじと私を見ている。
何?と聞けば物凄く呆れたようにため息をつかれ、
「シオリってさ、ほんと鈍感だよね」
と、失礼なことを言われた。
何なんだよ。蕎麦食わせてやんねーぞ。
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