08.5


※イオン視点

 第一印象は、胡散臭い。
 とにかくこの一言に尽きた。

 始祖ユリアと先祖が交わした契約を果たしに来たという彼女――シオリ。
 しかし異世界から来たという彼女の言葉を、調べれば調べるほど僕達は信じざるを得なくなった。

 まず預言が存在しない。これだけでも教団としてはびっくりだ。
 次に血中音素が存在しない。これには研究員たちが目を丸くしていた。
 そして第七譜石の内容を知っていた。詠師達には口を閉ざしていたが、ヴァンに確認したところ間違いないらしい。

 つまり、彼女は預言を覆す存在になりえる存在である。
 シオリが現れた際、とっさの機転で新しい地位を作り上げることを提案したが、今振り返っても間違いなかった判断だと思う。

 論師という地位に着いたシオリは、新しい企画を次々に打ち出した。オールドラントには無い"考え方"を元にした企画は、未だに多くが実施の域に達していない。
 驚きを覚え必要性は理解はしても、それを実行するには時間がかかるものだ。それでも確実に、教団には新しい風が吹き始めていた。

 そして同時に、シオリはとても賢い女性だった。
 聞けばヴァンの計画の穴を見抜き、たった数分で新たな計画を立ち上げたというではないか。
 人類をレプリカに挿げ替えることができないのは残念だが、新しい計画もそれなりに痛快だった。協力してもいいと思える程度には。

 シオリが現れて、僕の世界は劇的に変わったといっていい。
 彼女の価値観、考え方、企画力、発言、全てが目新しく、同時に本性を現し底意地の悪そうな笑みを浮かべるシオリと話すことは僕をワクワクさせてくれた。
 毒を盛られている事に気付いてくれた時は驚いたし、その後シオリが作った食事には腹を抱えて笑った。何でおにぎりが猫の形をしているんだ。

 だから同時に悲しかった。
 シオリもいずれ、レプリカに挿げ替えられた僕を見て、今の僕を忘れてしまうのだろうな、と。

 ねぇ、君が忘れられないって言ってくれて、僕は震えるほど嬉しかったんだ。
 最初は理解できなかったけれどレプリカは代理ではなく別人だという考え方が、これほど喜びを齎すとは思っていなかった。

 ベルケント行きを決め、思う。彼女は僕に生きて欲しいと、遠まわしではあるものの言ってくれた。それに気付けないほど、僕は馬鹿じゃない。
 僕を慮って、文通の約束とアリエッタの存在すら手を回してくれた。だから僕はそれに応えたいと思う。
 そのためにも、今は身体を治さなくちゃね。
 けれど、一つだけ心配なことがあった。嘴を模した仮面を着けた己の模造品が脳裏をよぎる。

「ねぇアリエッタ、一個お願いがあるんだけど」
「? なんですか?」

 幼い仕草で首を傾げる彼女。
 本当は教えるつもりなんてサラサラなかったけれど、シオリのお陰で僕はこうしてまたアリエッタと言葉を交わすことができる。

「僕のレプリカが、シオリの傍に居る」
「イオン様の、レプリカ?」
「そう。シンクって言ってね。論師の守護役としてシオリの傍に居るんだ。あ、レプリカって言っても僕とは全然似てない、全くの別人だからね。解った?」
「はい。レプリカは、別人」
「そう、よくできました。でまぁ、一つお願いがあるんだよ。聞いてくれるかい?」
「イオン様のお願い、アリエッタ……断りません」
「ふふ、そうだったね。アリエッタにはシンクを見ていて欲しいんだ」
「レプリカを?」
「そう。アイツは……信用ならないからね」

 そう断言して、僕は目を細める。腕を組み、僕を睨みつけているであろう、レプリカである彼を思い出す。
 あれは危うすぎる。精神的にも、肉体的にも。シオリだって気付いているだろうに、何故傍に置くのだろうか。

 今はシオリにも従順だが、いつ箍が外れるか解らない。
 もしそうなれば、シオリは普通に襲われるよりも酷い目に合うだろう。下手をすれば、女性として、酷い目にあわされる可能性だってある。

「だから、アリエッタにはシンクを見張っていて欲しいんだ。もしシオリを傷つけるようなら……止めて欲しい」
「シオリ様を?」
「そう。僕の友達だからね。だからアリエッタの友達にもなってくれると思うよ」
「ともだち……」
「頼めるかい?」

 友達という単語に胸を高鳴らせているアリエッタにくすくすと笑いながら再度たずねれば、アリエッタはこくりと頷いてくれた。シオリの言うところのホケンという奴だ。
 脳裏に仮面を外したシンクを思い浮かべる。
 鋭い視線を隠すことなく僕に向け、まるで親を取られるのを恐れる子供のようにシオリを隠していた。
 本人は自覚していないのだろうが、あの独占欲と依存具合は……。

「イオン様……?」

 そこまで考えて傍と気付く。
 アリエッタと同じだ、アリエッタが自分に独占欲を抱き依存しているように、シンクもまたシオリに依存し独占欲を抱き始めている。

「……ホント、危ういよね」

 自嘲気味に呟き、アリエッタの頭を撫でる。
 導師といい論師といい、ダアトに属する高位のものは危うい存在を傍に置くのが好きらしい。

 それが吉と出るか凶と出るか。
 ホケンは掛けておいた、後は……神のみぞ知る。

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