10.和平締結、ダアト/後


ティアの言葉に、シンクとレインとアニスが動いた。
それを手を上げるだけで止めて、私を真っ直ぐと見ているティアと視線を絡ませあう。

「それを答える前に。
何故、その質問をしようと思いましたか?」

「……疑問は、いくつかあったわ。
まず一番最初に違和感を覚えたのはそう、タタル渓谷のことを思い出した時よ。
貴方は光の奔流に巻き込まれたと言っていたから、私はバチカルの人だとばかり思い込んでいた。
けど違った。それどころか、導師相談役なんて雲の上の人だった。それがきっかけ。

最初は、騙したのかって思ったわ。けど気付いたの。貴方は嘘は言ってない。
ただ誤解を招くような、相手が勝手に解釈して勘違いをするような言葉を使ってるだけだって」

「ええ、そうですよ。私はタタル渓谷以降、一度も嘘はついていません」

そう、嘘はついていない。
本当のことをさも今発覚した真実のように話したことは何度かあるし、相手に悟らせるためにわざとらしい会話をした事だって何度かあるが、嘘はついていない。

その時、地鳴りの音が響いた。
外郭大地降下が始まったのだ。

「……そして貴方は、本当は導師相談役なんかじゃない」

「ええ。そうです。私は自分がそうであると、自称したことは一度もありません。
イオンとレインが私をそう紹介することは何度かありましたがね。
さて、どこでおかしいと気づきましたか?」

地鳴りに合わせ、茶器がカタカタと音を立てる。
しかしティアは気にすることなく私を見つめ続けている。

「気付いてからも敵だとも思わなかったわ。貴方は何も知らない私に色々と教えてくれた。だから最初は感謝すらしていた。
どこでおかしいと思ったかは、国境よ。国境で貴方が導師と話しているのを見て、ようやくおかしいと気付いたの。
導師の言葉の選び方は、貴方を導師相談役としてすえた話し方ではなかったから。今思うと、遅すぎるわね。

それから先、私はできうる限り喋らず、貴方の行動を思い返し、貴方を観察し続けたわ。
ルークさまの護衛をしていたお陰で、貴方の言動を見続けるのは比較的たやすかった。

そして本気で恐ろしいと思ったのは、キムラスカの謁見の間での貴方と導師の会話の真意がわかったときよ。
貴方は、和平締結から外郭大地降下作戦の実行まで全て見越した上で、あの場で導師とあの発言をしていた。
下手をすれば、プラネットストーム停止も、ローレライ解放も、貴方と薔薇のディストの資料を元に、ルークさまの現状を加味して三ヵ国で決めたあの取り決めも、貴方が描いたシナリオ通り……っ!」


「ええ、そうですよ。よく気付きましたね」

強く手を握り締める彼女を見つつ、緩慢に拍手をしながら褒める。
まさかティアがそこまで気付くとは思っていなかったから、正直予想外だった。
けれど彼女がココまで頭を回転させるとは、予想外の中でも結構に嬉しい部類に入るものだ。

「……ルークさまも、ご存知なの?」

「ええ、私はルークとローレライに依頼され、このシナリオを描きましたから」

「っ!?」

「だからこそ、ルークは私を信頼していたのですよ。
私を、己の望みを叶えてくれる人間だと彼は知っていたんです。

それで、貴方の質問はそれだけですか?
これでは質問や話というより、答えあわせといったほうが正しい気がしますね」

ミルクティーを一口飲む。
揺れる水面は外郭大地が降下している証だ。
ティアは暫く唇を噛んで俯いていたが、はっとしかと思うと再度私を見た。

「待って、あなたまだ質問に答えてないじゃない」

「おや、気付きましたか」

「もう!茶化しているの!?」

「いいえ、貴方で遊んでるんです」

「ソレ一緒よね?」

「どうでしょう?今度辞書を引いて違いを調べてみると面白いかもしれませんね」

「それで、結局……貴方は何者なの?」

どう、と低い音が響いた。
反射的に全員が全員窓の外を見れば、遥か遠くで細い光の柱が立っている。
ローレライが解放されたのだ。ルークはどうやらうまく言ったらしい。
全員の視線が窓の外へ向けられている中、私はティアの疑問に答えるべく口を開く。

「私は『論師』と呼ばれています。もう一つのオールドラントからやってきました」

「……論師?」

「はい。私は力を持ちません、戦えません、私が出来るのは言葉を重ね諭すことだけ。
導師が人を導く者なら、私は言葉で人を諭す者」

「諭す……」

「要は、言葉遊びが好きな性格の悪い存在、ということですよ」

そう言って笑えば、ティアは少しだけ呆気に取られたような表情をしていた。
私の、イオンの身体を淡い光が包む。第七音素だろう。
ローレライが解放されたのだから、私達もまた元の世界に戻ることになる。

「戻る時間のようです。ティア、もし貴方が導師相談役として就任するなら、是非いつか論師を名乗ってください。
私のように、言葉だけで世界をたくみに翻弄するような、そんな存在になって下さい」

「む、無理よ!私、貴方みたいに頭よくないもの!」

「無理かどうかじゃありません、やるかやらないか、ですよ」

「それこそ言葉遊びじゃない!」

鈍い音と共に、シンクが倒れた。続けて、レインとアニスも倒れる。
意識を上書きされただけの彼らの方が、先に限界が来たのだろう。

「じゃあこうしましょう。私、実は24歳なんです。
だからティアも24歳まで、努力してみてください。
今すぐじゃなく、そこで決めてくれればいいですよ」

「え?ええぇええぇ!?」

最早どこから突っ込めば良いのか解らないのだろう。
パニックになるティアにくすりと笑い、立ち上がってから親愛を込めてその頬にそっと口付ける。

「未来の論師。貴方の未来は、貴方が決めなさい。
預言が無いとはそういうことです。全ての選択肢が、貴方の手の中にある。
というわけで手始めに、そこに居る子供達のお世話をお願いしますね」

「ちょっ、待っ――」

そこで、意識は途切れた。






 * * *






目が覚めると、そこは見慣れた自室の天井だった。
物音がしたことを察知して視界を動かせば、見慣れた緑のつんつん頭がそこにある。

「シンク?」

「あ、起きた?」

名前を呼べば、仮面をつけていない少年は駆け寄ってきたかと思うとベッドの端に腰かけ、私の頬をそっと撫でてくれた。

「おかえり。中々目覚めないから心配したよ。丸三日も寝てたんだけど、自覚ある?」

「……ない」

ぎしぎしと軋む身体を何とか動かし、上半身を起こす。
しかしくらりと襲ってきた眩暈に負け、私の頭はまた枕の上に逆戻りした。
仕方ないので目を瞑ったままシンクと会話をすることにする。

「ピクニックから何日経ってる?」

「三日だよ。僕達が意識を取り戻した時殆ど時間が経ってなかったからね。
ただ身体ごと平行世界に飛ばされてた君とオリジナルだけは、負担が大きすぎたみたい」

「そういうこと……ったく、あの意識集合体め、恩を仇で返しやがって」

「それはどうだろうね。多分これが礼だろうからさ」

そう言ってシンクは私の腹の上に本を一冊置いた。
目を開けばそこにはアルバムが一冊あって、思わず手にとって開いた私はおぉ、と感嘆の息を漏らす羽目になる。

「まったく、こんなの見せられたら僕等も頑張るしかないよね」

「あはは、ホントだね。倒れてる場合じゃないや」

「いや、君は少しは休んだ方が良いんだよ。消化にいいもの作ってくるから、せめてそのアルバムを見ている間くらい、休んでてよね」

そう言ってシンクは私の頭をぽんぽんと撫でると、キッチンの方へと行ってしまった。
確かに空腹感を覚えていたし、特に逆らう理由もないので私は大人しくアルバムを見る。
全く、ローレライも粋な計らいをしてくれたものだ。

論師の衣装を纏ったティアが、シンクやアニス達に囲まれて笑っている。
アッシュと一緒に映ったルークは、キムラスカ式の正装をして笑っている。
どうやら彼女達は無事、未来を掴み取ることができたようだ。







論師の危険なピクニック





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