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「……シンク」
「至急王宮に抗議の使者を立てます」
「頼みましたよ」

 はぁ、とため息をついた私の横で、シンクが深々と頭を下げた。
 私に書類を届けに来たローレライ教団バチカル支部の教団員達は、頭痛がする私とは裏腹にホッとした表情を浮かべている。
 無理もない。確かに彼らではどうしようもないだろう、これは。そう思いながら、私はもう一度彼等が持ち込んだ書類に目を落とした。

 簡潔に言うならば、それはナタリア王女からの命令書だった。
 しかも、新たなボランティア事業を開始するため、その人員を派遣して欲しいという何とも厄介な類の。

 ボランティアという言葉だけならば特に問題はなく聞こえるが、よくよく読まなくともその要求は無茶苦茶だった。
 重病患者が心穏やかに死を迎えるのを待つための施設。そこの患者の面倒を見るための人員をボランティアとしてよこして欲しいと言うのだが、なんとこれが二十四時間体制で一日八時間労働なのである。
 最早普通に労働である。一体ボランティアとはなんなのか。ちょっと定義を確認したくなった。

 どうやら晩餐会の席で話したとおり彼女は本当にボランティアだけでホスピスの運営をしようと考えているらしいが、物事には限度というものがある。
 大体ボランティアをしている人間はどうやって生計を立てろというのだ。みんな霞を食って生きているわけじゃないんだぞ。絶対あの王女様はそんな事わかって居ないに違いない。

 万が一ボランティアのみでホスピスをまわすとしてもだ。
 それは大量のボランティア人員がいることと参加日数が限定されていることを前提に、彼等を効率よく施設に配置する綿密なスケジュール管理と、時間をかけた研修の後に出来るものであり、そう簡単にほいほいとできるものではない。
 最低でも管理職である人間を二〜三人雇わなければ土台無理な話というものだろう。
 ちなみに私はそんな面倒なことをするくらいなら普通に人を雇う。そっちの方が明らかに手っ取り早いし、余計な軋轢も生まないだろうから。

 まぁそんな理由でナタリアの理由は却下一択だったのだが、ここで問題になったのはこの支部にいる人間だけでは身分が低すぎてろくに抗議も出来ないということだった。
 そんな事をすれば王族を馬鹿にしているのかと、即座に首を跳ねられる事態になるだろう。名目は要請だが王族からの直接の要請となれば最早命令に近い。これに抗議をする場合、私かモース、もしくはイオンでなければ不敬といわれること請負だ。

 故に目の前でホッとしている彼等を責めることは出来なかった。
 もし私がここに居なければ、彼等はボランティアという名の労働力を泣く泣く王家に献上する羽目になり、ローレライ教団本部に助力を請うたとしても最低でも二週間以上はボランティアに時間を拘束される。
 そうなれば明日の暮らしにも困ることは明白である。

「ダアトに帰還するのはこの件が落ち着いてからの方が良さそうですね」
「ありがとうございます」
「私達だけではどうしようもありませんでした。論師様がこうしてバチカルに滞在して下さったのも、ユリアとローレライの導きなのでしょう」

 深々と頭を下げる彼等に、そもそもナタリア殿下がこんな要請してきたのは私が挑発したせいですとは言えなかったので曖昧な笑みだけを浮かべておいた。
 ついでにファブレ公爵邸にお邪魔するためのアポイントメントを取ってくるように指示しておく。こうなればあの公爵にきっちりとナタリア殿下の手綱を握ってもらうしかない。
 あれ以上生え際を後退させるのは申し訳ないが、火の粉は降りかかる前に全力で払わせてもらおう。






「こんばんは。お忙しい中お時間を作っていただき、真にありがとうございます」
「私は忙しい。用向きがあるならば手短に話してくれ」

 アポを取ったその日の夜、私はファブレ公爵邸を訪れていた。
 通されたのは彼の書斎か何かなのだろう。重苦しい雰囲気のその部屋はいかめしい彼の雰囲気とよく合っている。つまり、非常に堅苦しそうなお部屋であった。
 そんな中、ソファを勧められることもなく疲れた様子のパパさんにそういわれてちょっとイラっとしたが、それを顔に出すことなくそれでは早速といって口を開かせてもらう。

「本日殿下よりボランティア人員の要請が参りました。一日八時間の週三日、しかも二十四時間体制のボランティアです」
「……それはボランティアといってよいのか?」
「ええ、殿下の中ではボランティアだそうです。私には労働条件に聞こえますが、報酬は無しということですからやはりボランティアなのでしょう」

 ひく、と口元をひくつかせる彼はそれだけで私がここに何をしに来たのか悟ったようだ。
 うおっほん、と一つ咳払いをしてから、貴族院に提出されているであろう企画案をもう一度見直してみようと言ってくれた。

「そうしてくださると非常に助かります。それと、ボランティアはあくまでも善意の上で行われるものであり、生活の基盤が出来上がっているものが余裕のある時間のうちにするものであって日常のルーティンワークに組み込むことを強要するものではないということも、殿下にお伝えしてくだされば幸いです」
「そうだな。それもきちんと伝えておこう」
「彼女がこのような計画を立てたのは私も遠因に含まれているのでしょうが……その被害が信者達にかかるというのであれば話は別。私もまたローレライ教団員の一人です。余りにも度が過ぎるようであれば、それなりの対応策を取らせていただきますので、ご了承下さい」

 遠まわしな脅しではなくストレートな警告に公爵が僅かに眉根を寄せて私を見る。
 私もまた笑みを作るのをやめ、真っ直ぐに公爵を見上げてはっきりと断言した。

「随分と強気だな。寄付金を減らされても良いと見える」
「我が論師直下情報部、及び私の動かせる一部の神託の盾と信者だけならば、現在私が施行している事業のみで抱えることが可能ですので。むしろ寄付金を減らされて困るのは……大詠師殿でしょうね」

 余裕そうに見えるように、くすりと笑みを浮かべてやった。
 まぁ私が動かせる、もといシンクが抱える第五師団が一番の大所帯なので抱えるとしたらかなりヒィヒィ言うだろうが、その分傭兵団に頑張ってもらうしかないだろう。
 公爵は伝家の宝刀、寄付金減額が効かないことに更に眉を顰めて私を見下ろしている。しかもその宝刀を抜けば困るのは自陣営のモースのみのうえ、下手をすれば論師派の人間が教団を支配しかねない。歯噛みするのは当然といえば当然か。

「預言を実行するためにも、この先我がキムラスカの助力が必要であることに変わりはないだろう」

 おお、何か予想外にストレートに抉りこんできた!
 まさかそっちを持ち出すとは思わず、底が浅いのかそれとも私を揺さぶっているのか、はたまた悔し紛れなのかもしれない。意図が読みきれずにスッと目を細めて公爵を見る。
 後者だったのか、私の反応を見て知らされていないようだなと言って僅かに笑みを浮かべた公爵にため息をつきたくなる。
 もし私が本当に知らない人間だったならばヒントを与えてしまったことになるというのに、やはりこの男は根本的なところで私を侮っているらしい。

「大詠師の情報漏洩には困ったものですね。預言が何をしなくとも当たるというのであれば、わざわざあなた方に知らせる必要もない。しかしあなた方に知らせ実行させるということは、心の底で預言は当たるものではなく実行するものであると信じているという証拠。どうしようもない矛盾だと、そう思いませんか、ねぇファブレ公爵?」

 あまりに舐められっぱなしも宜しくない。論師の名に傷がつく。
 なので暗に私も知っているぞと言う、どころか、モースを本来に信用して良いと思っているのかと揺さぶりをかけてみた。
 緩く目を見開くが、私は凶悪な笑みを浮かべるだけだ。

「論師の名を、あまり舐めない方が宜しいと警告させて頂きますよ。クリムゾン・ヘァツォーク・フォン・ファブレ公爵。いえ、それとも息子を預言に売り渡した父、とでも呼びましょうか?」

 先に喧嘩を売ってきたのはそっちだ。私の言葉を聞いた公爵は、今度こそ間違いなく動揺の色を見せた。
 興が乗った。少しばかり遊んでやろうじゃないか。

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