ラング・ド・シャ


日本人は基本的に短足だ。正確に言うならば、胴が長く、凹凸が少ない。
これは着物を着るにはとても適した体型で、現にウエストや腰が細い人は着物を着る際はタオルを巻いたりと調整が大変らしい。
しかしこれは飽くまでも着物を着る場合、現代の日本において和服を着る人はとても少ない。

そしてオールドラントならば、その機会は皆無であるといって良い。
何が言いたいかというと、日本人である私はどうあがいてもオールドラントにおいて寸胴代表である、ということである。
ただでさえ子供になってしまって胸も引っ込んでしまったというのに、更に立ちはだかった民族性という壁はとても高すぎた。
お陰で私の新しい衣装を作る、となるとデザイナーさんたちはいつも頭を悩ませている。
何に頭を悩ませるかって?決まってる、いかに美しく洋服を着こなせるようにするか、にだ。

シャッとかすかにメジャーが走る音がした。
ここは私の執務室。シンク以外の守護役は皆人払いがされ、唯一残されたシンクもまた私に背を向けている。
理由は簡単。デザイナーさんが私の体型をチェックするために、私が下着姿になっているからだ。
え?恥ずかしくないのか?こんな子供体型晒して恥ずかしいも糞もあるか。

「ちょっと痩せられました?」

「え、細くなってますか?」

「少しばかり。喜んじゃ駄目ですよ。論師はお若いですから、食べ過ぎるくらいがちょうどいいというのに。
このままでは肉がつきませんよ、主に胸とか」

「……もうちょっと食べるようにします」

「適度な運動もお忘れなく」

ウエストを計測していたメジャーが離れていく。紙に何かを書き込んだ後、今度は腰周りを測られる。
その瞳に色は乗っておらず、仕事に忠実なまなざしだ。だからこそ安心して身を任せられるのだが。

「やはり導師のように体型のわからないタイプの法衣が一番ですかねぇ」

「露出が激しくなければ別に構いませんよ」

「神託の盾の方のように、ですか?あの人たちは動きやすさ重視ですからね」

「私は動きやすさよりも過ごしやすさを重視していただけると嬉しいです」

「無駄に装飾が多いと気を張ってしまいますしね。論師の黒髪と白い肌が映える衣装を仕立てたいところですが」

「今のカラーリングも気に入ってるんですけどね」

「そうですね、悪くはないと思いますよ」

太もも、ふくらはぎ、そして足首。次々と測られては記録をとられていく。同時に肌質も見られる。
新しい肌着は問題なさそうですね。そうですね、痒くなったりもしません。やはり綿ですか。麻は涼しいんですけどどうしても肌が荒れてしまって。典型的な敏感肌ですね。ええ、まあ。
なんて会話をしながら今度は指のサイズを測られる。指輪は滅多につけないから、多分無駄な記録となるだろう。

「論師は瞳も黒ですから、ワインレッド以外の赤もよくお似合いになるでしょう。そちらの方面でデザインしてみても?」

「勿論です。お願いします」

他にもいくつかやり取りをしながら、更に式典用の衣装なども相談をする。
今の衣装もそれなりに気に入ってはいるのだがいかんせん私は成長期、着れなくなる日はおそらく近い。
私は女だからずっと同じ衣装よりも段々と大人っぽいものに変えていったほうがいいだろうとはデザイナー談。
もうちょっと凹凸が出たらもっとメリハリのある衣装にしましょうね、と言われたけど、リグレットとかあれくらいの凹凸は期待しないで欲しいと心の中だけでつぶやいた。

「それじゃあこの案でいくつか引っ張ってみますね。いくつか候補が決まったらまたお邪魔します」

「はい、お願いします」

いつものワンピースを着込み、面倒だったのでその上からカーディガンを着込んだ。
ダークグリーンのカーディガンは私のお気に入りだ。
前をいつものブローチで止め、シンクに声をかけてから守護役の一人に送迎を頼み、デザイナーさんを見送って今日の採寸は終了だ。
導師と論師のデザイナーを務めているあの人は淡々としているがダアトでは一番人気の方である。
それをローレライ教団の高官だからと特別に安くしてもらってるのだ、丁寧な待遇は必須であった。

「さて」

ふぅ、と一つ息をつく。
廊下を曲がって背中が見えなくなったのを確認した後、私は守護役の子達をねぎらってからシンクと共に執務室へと戻った。
途端、ぶすっとしたシンクに苦笑が漏れる。私の採寸のたびに、シンクはこうなる。子供か。いや、子供だった。

「シーンク」

「ご機嫌取りならいらないからさっさと仕事すれば?」

「えー?一緒に休憩してくれないの?」

「僕仕事中」

「美味しいラング・ド・シャ貰ったんだけど。シンクと一緒に食べようと思ってとっておいたんだけど」

「……」

「レインから美味しい紅茶の葉っぱ分けてもらったから一緒に飲もうって思ってたんだけどなぁ」

「……仕方ないから、一緒に休んであげる」

「うん、ありがとう」

ツンデレかな??
言葉を重ねるごとにとがっていたシンクの唇がどんどん引っ込んで、仮面の下から僅かに覗く頬が赤くなっていくのを見るのは何度体験しても楽しい。
いや、拗ねてるんだから楽しんじゃいけないんだけどさ。

きっちりとドアに鍵をかけた後、仮面を外したシンクがキッチンに紅茶を淹れにいく。
その間に私もラング・ド・シャを取り出してお皿に並べておく。淵が綺麗な狐色をしているこのお菓子は密かに私も気に入っている。
さくさくとしていて美味しいよね。昔よく食べた気がする。

少し経てば鼻腔を擽る紅茶の香りに、レインは随分といい茶葉を分けてくれたらしいと気付いた。
あの子は随分と私に甘い。その分私に甘えてくるから、もしかしたらその対価のつもりなのかもしれないけれど。
そんなことを考えながら紅茶をお盆に乗せたやってきたシンクを隣へと手招く。三人がけのソファに、二人で腰掛けた。
リーフ柄のティーコジーはシンクがよく使うお気に入りだ。少しは機嫌も上昇したかな、なんて考えながらありがとうとお礼を言っておく。

紅茶を蒸らしている少しの待ち時間の間、シンクの緑色の瞳が私を見た。
そして手袋を外し、私の頬をそっと撫でる。頬のラインを確かめるように細く逞しい少年の指がつい、と頬を滑り、首筋を撫でた。

「シンク?」

「……君の肌が白いのなんて、僕だって知ってる」

「? そうだね??」

「シルクみたいに綺麗な肌の上に君の真っ直ぐな黒い髪が散らばると、綺麗なんだ。
手触りだっていいし、黒曜石みたいに真っ黒な瞳は……僕が映っているだけなのに、ずっと見てると吸い込まれそうな心地になる。
落ち着いた赤色が凄く良く似合って、けど爪は……そうだね、できるなら桜色がいいな。
君の指は誰かを殺すためのものじゃない。誰かを救うための、小さくて、柔くて、それでいてインクで少し汚れてる……僕の大好きな掌だ」

そう言ってシンクがわたしの手を取り、その少し汚れた指先に小さく口付けた。
途端に頬に熱が集まる。何で突然の告白タイムになったのだろうか。
褒め殺しをされているようで落ち着かない。けれど手を振り払うこともできず、下唇をきゅっと噛んで、緩んでしまいそうな頬を何とか押さえた。

「だから……あんなたまにしか来ないデザイナーより、僕のほうが君を知ってる」

その言葉にようやくシンクが嫉妬していることに気付いた。
自分のほうが私を理解していると、私に必死にアピールしているのだ。

「それなのにあんなたまにしか来ない奴に君の肌を見せるなんて……」

「……嫉妬してたの?」

「違うから!僕のが君の事知ってるってだけだから!!」

思わず聞いてしまえば顔を真っ赤にしたシンクが必死に否定してきた。
可愛すぎかな??
ふふ、と笑いながらシンクの頭を撫でる。
子ども扱いしないでよ、とまた少しむくれたような顔をした。
それにごめんね、と言えばシンクはまだいささか不満そうにしながらもそろそろ頃合だろうとティーコジーを外して紅茶を淹れようとポットに手を伸ばす。
美しい花柄の描かれた底の浅い陶器のカップは、二人で紅茶を飲むときだけ使うカップでもある。

「万が一私に恋人とかできたらシンクは大変そうだね」

それは私にとっては軽い冗談のつもりだったのだけれど、シンクにとっては地雷だったのかもしれない。
カッチャンと音を立てて、カップがソーサーに落とされた。僅かに入っていた紅茶は、かろうじて零れていなかった。

「……できる予定でも?」

恐ろしいほどに冷えた声だった。しまった、と後悔してももう遅い。
改めて紅茶を淹れなおすシンクは笑顔だけれど目が笑っていない。
こぽこぽと良い香りのする紅茶はとても美味しそうなのに、空気が冷え切っているせいで例え飲んでも味などわからないだろう。

「まぁ、たとえシオリが恋人を作ったとしても僕にそれを咎める権利は無いしね。
僕がただの論師守護役でしかない以上、もっと言うなら嫉妬する権利もないわけだし。

でもね」

意味深に言葉を区切ったシンクは、紅茶の注がれたカップが丁寧にソーサーに置かれた。
そして固まっている私の肩を軽く押し、ソファへと押し倒す。覆いかぶさってくる、細身ながらも筋肉の付いたしっかりとしたシンクの身体。

「こうやって僕の前で無防備で居ていいの。
僕の前で気を許して、肌を晒け出されてもシオリは抵抗しない」

そう言ってブローチで止められているだけのカーディガンの胸元へと手を滑り込ませる。
手袋のされていない掌は少しだけかさついている。
もう片方の掌はカーディガンの袖口から肘に向かって五指を這わせ、私の腕をむき出しにしていった。

「……でもシンクは私が本気で嫌がることはしないでしょ?」

「そうだね。僕はシオリが本気で嫌がることはしないけど、逆を言うならシオリが本気で嫌がるまでは手を止めないんだよ。
だからね、シオリの言葉を借りて……そう、万が一恋人ができたとするよ。
その恋人とやらは、ある程度の接触を許す僕という存在を、許してくれると思う?
それとも、恋人とやらができたらシオリは僕とのふれあいを拒絶する?」

そう言って私を見下ろすシンクの萌黄色の瞳はぎらぎらとしていて、夜の闇にまぎれて光る肉食獣の瞳を連想させた。
自分と、その見知らぬ男どちらを取るのかと、私に問いかけてきている。
その深い眼差しに私は視線を逸らせなかった。
そしてその奥にある――……。

「んー……そのときになってみないと解らない、かな」

色に、気付かない、ふりをした。
そしてあえて間延びした声で、すっとぼけた答えを返す。
シンクもまた私の声に気が抜けたようだ。

「だってさ、シンクに対して不確定なことを断言できない。約束できないから。
私がシンクとのふれあいを拒否することを許容するくらい、誰かを愛する未来なんて想像できないし。
けどね、これだけは今言えるよ。
恋人ができたらなんて、軽い冗談のつもりだったの。不安にさせちゃってごめんね」

誠実な振りをした言葉でごまかし、シンクの頭を抱えるように腕を伸ばす。
軽く力をこめれば、シンクは簡単に私の腕の中に納まってくれた。

「……そんな冗句聞きたくない」

「うん、ごめん」

「……僕もごめん。最近、わがままが過ぎるね」

「いいのよ。可愛いものだもの」

「……シオリは僕のこと甘やかしすぎじゃない?」

「いいでしょ別に。私が好きでしてるんだから」

誤魔化されてくれたらしいシンクは嫉妬すら許容する私に甘えている自分が、嫉妬を抑えられない子供な自分が、嫌なのだろう。
少しだけむくれた彼が可愛くて、だから、それはどういう意味での嫉妬なの、という言葉は飲み込んだ。聞いてはいけない。気付いてはいけないから。
だって多分シンクも、きっと解ってない。私の問いかけで理解してしまうなんてことがあってはいけないのだ。
目を逸らす後ろめたさに緑色の髪を優しく撫でれば、シンクは少しだけ身じろいだ後に私の体に腕を巻きつける。

「たまには叱ってよ」

「シンクが悪いことしたらね」

そう言って抱きしめれば、シンクもまた私の胸に頬を擦り付ける。
紅茶の香りに包まれながらシンクの体温を感じるひと時に安堵を覚えるのもまた事実。
私は今を変えるのが怖いだけなのかもしれない。
飲み込んだ言葉は、ラング・ド・シャのようにほろほろと崩れて消えた。




友人のH氏(名前書いていいか確認してないのでアルファベットで失礼)の誕生日のお祝いとして捧げさせていただきます。
言論のシンクで嫉妬話、でした。
大変遅くなってごめんなさい……そしてなんか読み直したらちょっと違う気がする……ほんとごめん……。

こんなお話ですが、お誕生日祝に差し出させていただきます。
清花でした!!

栞を挟む

BACK

ALICE+